2話
「まぁ座ってコーヒーでも飲んでよ」
促されるままに座ってコーヒーに口をつける。
俺好みの豆を使っているな。
「君の好みに合わせてあるからね。口に合うはずだよ。
さて」
『彼』も俺と同じ様に腰掛けてコーヒーを口に含む。
「酸味の少なめなのが好みなんだね」
そんな事はどうでもいい
「そんな事はどうでもいい」
「声に出さなくてもわかるからわざわざ喋らなくてもいいよ」
そうは言ってもなぁ。
「まずは確認といこうか。斉藤大樹くん。26歳独身。両親とは死別。剣道2段。彼女なし」
それを言う必要があるのか?
「こういう雑談から信頼関係が出来上がるものだよ」
前置きなげーな。
結局何が目的なんだ?
「君には他の世界に行って欲しい」
いわゆる異世界って奴か。
「そういう事。行って特定の何かをして欲しいという要望はないよ」
何かをさせる為に行けって訳ではないという事か。では何の為に?
「簡単に言えば君には『凪いだ水面に投げ込まれた小石』になって欲しいんだ」
……
俺には特別な価値はないが、俺が動く事による影響を欲する……か
「理解が早くて有り難いね。僕にはバタフライエフェクトの蝶の羽ばたきが必要なんだ」
それなら誰でもいいんじゃないのか?
「僕にとっての好ましい変化でないと意味は無いよ。それが君を選んだ理由だ」
予想出来る変化には何の意味も無さそうだが。
「『予想出来る変化』ではなく『おおむね好ましい方向へと向かうであろう変化』だな。それには君が最適……というか君にしかおそらく無理だろうね」
何故?
「そこで君の本質が必要な訳だ」
俺の何が他の人と違うって言うんだ?
「君の本質は『悪』だ」
……
「自己の基準で動き、他人の常識など歯牙にも掛けない。自らの欲求にのみ忠実で、その為には他人を踏み付けても何の痛みも感じない。それはやはり『悪』だろうね」
そんな奴はいくらでもいるだろう。
「ところが君の場合そこに『優しさ』が加わる。それも普通なら人として生きていけないようなレベルの……ね」
それは『悪』とは相反するんじゃないのか?
「悪人にも優しさはあるよ。しかし普通はどちらか一方しか表に出てこない。でも君は『優しさ』を基準として『悪』のような動きをするんだ。本質が『悪』なのに動いた結果は『善』になる」
そりゃただ錯乱しているだけなんじゃないのか?
「人という存在自体矛盾を抱えている生物だけど、君はその辺人を超越しているんだ。そんな存在長く生きてる僕でも見た事がないよ。そこはいばっていいと思うよ」
なんかヤだなぁ。
「そして君は『鏡』でもある。善意には善意を。悪意には悪意を。その行動も人としてありえないくらい徹底しているんだ。しかも相手の善意や悪意がどういう理由で向けられているのかまで判断できる」
みんなできる事じゃなかったのか……
「君レベルでは無理だよ」
えぇ……みんなそうだと思ってたよ……
「そんな存在である君の行動は僕には全く読めない。しかしおおむね僕の望む方向に行ってくれるだろう。そういう君に世界を引っ掻き回して欲しいんだよ」
本当に俺がそういう存在なら……元の世界でも何らかの影響を世界に与えていたんじゃないのか?
「君は元の世界では普通なら抑え切れない程の生きにくさを感じていただろ?君は言うなれば『乱世の英雄』の資質も持っているんだよ」
どんどん俺が人間離れしてきてないか?
「しかし君の生きてきた時代には、瞬間的な観察力や、それを踏まえた直感的な判断力、命のやり取りに踏み込む決断力などの資質を持つ『乱世の英雄』は必要とされていなかった。でも君はその時代で生きていかなければいけない。結果自分を抑えつけて生きてきたという事だよ。つまり君は常に自分を抑圧し続けていた」
……
「その事が自分の本質すら抑圧し続ける事に繋がったんじゃないかと思うよ」
そんなもんかね。
「まぁそれはさておき」
置くんかい!
「僕は僕なりの理由があって君に異世界に行って欲しい。それによって君には今まで抑えつけてきたものを解放出来る。win-winってヤツだね。それに……正直行く気になっているんだろ?」
いいだろう。特に元の世界には未練も無いしな。
「あと俗に言うチートは無いよ。多少身体能力のかさ上げくらいはしてあげるけどね。その程度の身体能力を持つ人はけっこういるし。それから読み書き会話も出来るようにしとくよ」
そこは異世界無双じゃないんかい!?
「そんな事をしたら台無しじゃないか。それじゃ結局僕が世界に干渉したのと同じだし」
……まぁいいけどな。
今の俺の実力じゃ大した事はないだろうが……
「それとここの事は忘れてもらう。こうやって話すだけでも干渉とみなされる可能性があるんだ」
自分の事についてはとっくに自覚していた事だし問題ないな。
多分2度と会うこともないだろうし。
「では気が変わる前に」
再び世界が歪む感触。
「よい旅を」
その声と同時に視界が暗くなって……
今回は気が…遠……く…………
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「あの踏ん切りの良さ。やはり……」
独りつぶやく『彼』
「さて。
抑圧し続けていた心のリミッターも解除しておいたが……それを活かせるまで生き残れるか。是非とも次の段階まで生き残ってくれるといいのだがな」
先程までと違い、感情を喪失したような声で
「あの子と会えるかどうかが鍵だろう。楽しませて貰いたいものだ」