1話
クーが逝って一週間。
未だに立ち直れない日々が続いていた。
「斉藤くん」
先輩の筒井さんに呼びかけられて反射的に振り向く。
「只でさえ不機嫌そうな顔が近寄り難いレベルまでイッちゃってるわよ?ちょっとこっち来なさい」
ネクタイを掴まれて喫煙スペースへ引っ張りこまれる。
「はい。これ飲んで」
持っていた缶コーヒーを俺に渡して、タバコに火をつける筒井さん。
美味そうに煙を吐き出しつつ
「長年一緒だったワンコ亡くしてキツいのも分かるんだけど……
ぼちぼち気持ちを切り替えないとね。クーちゃんも安心して眠れないよ?」
「そうなんですけど……そうそう簡単に割りきれないって言うか」
内心軽く反発を覚えながらも極力明るく返事を返す。
「割り切りなさい。新人の子も怖くて近付けないって言ってるのよ?……って上司の立場じゃそう言わなきゃいけないんだけど」
微苦笑を浮かべて、深くタバコを吸い込む筒井さん。
紫煙を吐き出しながら
「もう今日はいいから帰りなさい。週末休み使って月曜には少しはマシな顔して出て来なさい。上司としての命令よ?」
「マシな顔ってのは無理ではないかと思いますが」
「整形してこいとは言わないけどね」
「ひどい」
「いいから帰った帰った。残りの仕事は月曜でいいから」
「そこは私がやっとくからじゃないんですか?あと微妙におっさんくさいっすよ」
「仕事増やされたいワケね?」
「ごめんなさい」
という愚にもつかないやり取りを交わしつつ、先輩の言葉に甘えて帰ることにする。
「月曜の顔つきに期待してるわよ」
挨拶を済ませ、背中に飛んできたそんな言葉に軽く手を挙げて喫煙スペースを後にする。
「そう言われてもなぁ……」
家に帰る気にもなれず、会社近くの公園のベンチで空を見上げる。
頭に浮かぶのはクーの事ばかり。
クーの手触り。
クーの匂い。
クーの鳴き声。
「我ながら重症だなこりゃ」
冗談めかした独り言すらどこか空回りしている感じがして、背もたれに深く背を預け、目を閉じる。
その時。
世界が歪んだような感触と共に、目の前が暗くなる。
目を開けても暗さは変わらないどころか、周りの風景がどんどん闇に塗りつぶされていく。それと同時に街の喧騒も遠ざかってゆき、遂には音もない闇の中に独り。
自分がどういう体勢なのかもわからない中、遠くに白い点が見えた。と思う間もなく、その白い点へと身体が引っ張られて行く。
そして周りは白一色の世界へといつの間にか変化して―
白い。
ただただ白い。
「これじゃ闇の中と変わらんな」
そう。
色が違うだけで、方向感覚もおかしいままだし……
遠近感も全く掴めないまま。
つまり状況は何も変わらず。
「いったいなんだこの状況は」
そうつぶやく自分の声すらどこか現実味がない。
感覚剥奪室ってのがこんな感じらしいが……
この環境が変化するのが先か
俺が発狂するのが先か……
「やぁ」
声が聞こえると同時に周りに変化が現れた。
椅子。
テーブル。
その上のほんのり湯気の立つコーヒーカップ。
それらがいつの間にかそこにあった。
周りを見回すと、白いのには変わりないが、調度品があるおかげか、なんとなく遠近感もあるような……
って誰だ!?
声のした方を見ると……
白い髪に黒い瞳。肌の色も白い。
トーガのような服を着た年齢不詳の男が立っていた。
第一印象はとにかく白いとしか。
「軽くおかしくなりかけてたようだね。まぁもう大丈夫だと思うよ」
そう長い間あの状態だったとは思えないが……
「君の知る時間に換算すると大体26時間程あの状態だったんだよ。こちらの都合で呼びつけておいて悪いんだけど、試させてもらった」
いつの間にそんな時間が!?
それに呼びつけただぁ!?
というか……こっちの考えが読まれてる!?
「全てを読んでる訳ではないよ。君の心の表層に浮かぶ所だけ読ませてもらってる。プライバシーは大事だからね」
だ か ら だ れ だ お ま え は
「君達の概念で言えば『神』かな。
正確には君と会話しやすいように人間側に存在を振ってるアバターと言った方がいいだろう」
……
俺が何をしたってんだよ
「何も」
はぁ!?
「この件に関してはあくまでこちらの都合で君をここに連れてきた。だから君には何の落ち度もない」
元の世界に戻
「戻りたいのかい?本当に?」
……
確かに。
驚き、錯乱してもおかしくない状況で俺は。
「そう。それが僕が必要としている資質なんだよ」
……
「まずは話を聞いてみないかい?」