第8話 【創世の刻】
俺はその時、闇の中にいた。何も見えなくて、何も聞こえなくて。でも目の前にはもう一人の人がいて。彼は俺に懇願した。俺はそれに従い……
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夢……か。
昨日は夜遅かったからな。眠い。体を起こして、右手にスマホを取ると、早速龍太からリアルでの午前9時に集合な! とメールが来ていた。やれやれ。朝は適当に早めに済まそう。もう、8時30分だし。
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「今日はギルド入ってクエストを受けてみる、だったな」
「ああ、そうだ。あそこのダンジョンはとりあえず放置するしかないしな」
「うう……少し眠いです……」
沙夜はそう言って欠伸した。そういえば、沙夜が俺の家に泊まってるってことどう誤魔化そうか……いや、今は他に重要なことがある。
「この街、今日はちょっとおかしくないか?」
「人の動き方がどこか慌ただしいです。所々で騒ぎも起こっているようですし」
しかも、その人達の多くがギルドのある方角へ移動している。
「とりあえず、行ってみるしかなさそうだ」
「分かりました。私は行ったことないですけど……」
「龍太が場所覚えてるから大丈夫だ」
「俺頼りかよ!」
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それにしても……これは一体何が起きたんだ。ギルドの中では前のときよりはるかに多い人が集まり、大騒ぎになっていた。一般人だけでなく、兵士も出入りしている。
明らかに何かあったな。少し、情報収集でもしてみよう。
「エミネさん、ちょっといいか?」
「……ふう……! あ、雄二さん。何か御用なのです?」
エミネさんは疲れたように、息を吐いていて、最初俺が近づいたのも気づいていない様子だった。
「なぜこんなに騒がしいんだ?」
「実は……ある迷宮で、新区画が発見されたのです」
「ん? それって喜ぶ事じゃないのか? そうは見えないんだけど」
迷宮は街などをドロップアイテムなどで豊かにするそうだ。つまり、迷宮の新区画ともなれば新しいアイテムなども落ちるようになり、経済はさらに活性化される。普通ならば、恵みの知らせと言えるだろう。
「はい。でも、その新区画からある高レベル魔物が出て来てしまって……鑑定スキル持ちが鑑定したところ、Lvが79との結果が出たです。低レベルのものを即死させるらしく……ギルドとしても、ダンジョンが使えない状態で困っているのです。この街は迷宮や魔物の強さの関係上、高レベル冒険者があまりいないので……」
どっかで聞いた能力だな。
「ところで、その魔物の名前と出た迷宮は?」
「リッチ。そして、[王の墓標]なのです」
なるほど、俺のせいか。
「ちなみに、犠牲者は?」
「幸いにも最初に遭遇した人が、鑑定スキル持ちだったのです。その方が知らせてくれて、我々が迷宮を封鎖したので、まだ犠牲者はいないのです。ただ……ああいう特殊な魔物はたまに迷宮の外に出れる奴がいるのです。油断ならず、今対策を練ってるです」
「ありがとな。エミネさん」
ギルドの受付を離れて、龍太達のところへ戻り、事情を説明した。
「お前のせいじゃん!」
そこについては苦笑するしかない。別にわざとそうなるよう仕組んだ訳でもないからな。
「ただ、そいつは街に出てくる可能性もあるそうだ。もし、俺のせいで誰かが死ぬのであれば、ケジメはつけないと行けない。例え人が死んでも復活するとしても、だ。だから俺は……」
「行くのか。本当に俺たちレベル差のある戦いしかないよな」
「最初のはお前のせいだろ」
「私も行きます。割り切れないのが、一人だとは思わないでください」
……全く。これゲームだぞ?
「ああ、ありがとう。安心してくれ」
でも、だからこそ。
本気になろう。
「勝算はある!」
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俺たちは、ギルドの監視をくぐり抜けて、迷宮に入ると、リッチはすぐに見つかった。
「しっかし、本当にうまく行くのか?」
「ダメだったら負けるだけだ。まあ、その時はギルドの人に任せる」
さあ、戦いを始めようか。
「作戦通り頼む」
「ああ」
「了解です」
俺は《勇者の記憶》を使用する。
「来い……【氷結連鎖】!」
氷のハルバードを出現させ、俺は迷わず、突っ込んだ。瘴気の効果範囲へと突入する。よし、何も起きない。
「GUEEEEEEEE!?」
へえ、リッチも驚く声をあげるんだな。俺は【氷結連鎖】凍るという概念を操作できる。
俺の「生」を凍らせて固定したのだ。何かを凍らせてる間は、ほかのものを凍らせられないので、能力は使えなくなったが、俺は【氷結連鎖】をしまわない限り、死なない。
「チッ! やっぱあんまダメージは通らないか!」
【氷結連鎖】は武器の性能が神装の中でもそこまで高くはない。しかも聖属性があるわけでもないので、リッチにはあまり効果がなかった。腕を切っても、瞬時に新しい腕を生やしてくる。化け物じみた再生能力だな。その辺の雑魚とは比べ物にならない。違う武器が必要だが、片手で刀とハルバードを使うのは無理だ。それに、【氷結連鎖】をしまってしまえば、能力がとけ、俺はその瞬間に死んでしまう。
しかし、ただでさえ火力が足りないのだ。できることはやっておく必要がある。
ハルバードをリッチに投げると同時に浄牙を取り出し、抜刀術の構えを取る。
「抜刀術|光迅」
浄牙によって放つ抜刀術は一時的に、光の速度で動くことができるため、それを利用する。【氷結連鎖】の落ちる先に移動しつつ、浄牙によって、聖属性を加えるとようやく多少ダメージが入った。
まずは一撃。【氷結連鎖】をなげても能力が解けないのはこの世界では検証したことがなかったため、正直賭けだったが。
攻撃を受け、少し怯んだ隙をつき、リッチを床へ蹴り飛ばしつつ、その反動でリッチと距離をとる。瘴気の効果範囲外に出たことを確認した瞬間、【氷結連鎖】の能力の対象を切り替える。
一瞬で巨大な氷の棘が形成し、リッチを突き刺す。それによってできた大きな傷に、抜刀術を放ち、再生を封じる。これは、かなり大きなダメージのはず。だが。
「もう……時間か」
【氷結連鎖】の制限時間。それがもう来てしまうのだ。あまりに短すぎると思った。まだ大して手応えもないというのに。
仕方ないので、作戦の最後の段階に移る。俺は【氷結連鎖】の能力の矛先をもう一度変えた。リッチを氷で一気に固定する。あれだけの高レベルモンスターなら、すぐに破壊することもできるだろう。ただ、それで十分。
「《詠唱蓄積》光弾。68回。蓄積完了」
沙夜の声が響く。《詠唱蓄積》ストックは詠唱を蓄積するスキルだ。そして、今回は何回も同じ魔法をの詠唱を蓄積することで、威力を上げるスキルを使う。あれの威力は、通常のその魔法の詠唱した回数を2倍。
つまり、今回は136倍だ。
「全力解放!」
圧倒的な質量の光の玉が出現する。小さな太陽とも言えるそれは、リッチに確かに当たり、絶大な威力の光の衝撃波を放った。
これでもまだ……足りないのか。
「GIIIIIIIIIIII!」
奴は生きていた。所々が焼け、欠損し、再生していない。それでもなお、リッチは魔法で破壊された氷から脱出し、こちらへ向かってくる。【氷結連鎖】も制限時間切れ。《詠唱蓄積》も当分、溜まらないだろう。あと少し、あと少し足りなかった。
「嘘だろ!」
龍太が悲鳴をあげる。ああ、まずいよな。普通ならここまでだ。でも……でもな。
「こんな事で諦めるつもりはねえんだよ!」
そうだ。このゲームは常に勝利の可能性をくれた。レベル差があっても弱点をつけば敵は倒せた。ステータスによる制限の仕掛けもこじ開けた。今回は制限をくぐり抜ける手段はもう使った。弱点もわからない。でも、今、この時にも、必ず光の可能性があるはずだ。
「闇だけなんてありえない。必ず可能性はある」
そう、現実だってそうなのだから、ゲームでそうじゃないわけがない。
「だから、その可能性を掴むために!」
右手に光が集まる。本当なら起動できないはずだ。スキルポイントも尽きている。そもそもこれは《勇者の記憶》では呼び出せなかった。それでも。
勇者の誓いも思いもまだ、俺には残っている。
何もない虚空に手を伸ばし、あるはずのない剣を掴み取る。
「力を貸せ! 【創世の刻】!」
その剣は何も知らない人が見れば、ただの騎士剣に見えるだろう。余計な装飾もなく、飾り気のない銀色の刃と柄。
かつて、世界を救うために使った剣。勇者としての、本当の装備。全てを斬り裂き、全てを救う。小さな光を太陽へと変える。
眩しき原初の光を放つ。それが俺の【創世の刻】だ。
リッチは光に怯えず、距離を詰めて、瘴気の効果範囲に俺を捉えた。
「無駄だ。今の俺に瘴気なんて効かない」
この剣を装備した俺はあらゆる闇を退ける。そして、その斬撃は全てのものを原初の光へと還す。
リッチへと斬撃を放つ。斬撃は当たった箇所からリッチを光へと変えていく。あいつは苦しいだろうな、などと想像する。自らの体が自らが最も嫌がる、光へとなっていっているのだから。
いや、体を光に変わって嫌じゃないやつなんていないな、うん。
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リッチを倒した!
レベルが32に上がった!
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【創世の刻】が消えると同時にリッチも光に還っていった。