第7話 1日目の終わり
「んーでも。これで終わりか? なんか釈然としねえな。ボスの向こうには、お宝があるのがいつもの流れじゃねえのか?」
龍太が残念そうな声を上げる。ボスのいた場所をこえると、そこは行き止まりだった。確かに、「本当に」これだけなら物足りない。
「そんな事もありますよ、霧矢さん」
「いや、みんな少しだけ静かにしてくれ」
二人に怪訝な顔をされたが、俺には確信があるので静かにしてもらう。俺はただ、小さく地面を蹴る。
「この辺かな」
俺が一つに場所の壁を押すと、その部分の壁が外れて、小さな部屋につながった。
「すぐ宝があるって言うわけじゃないみたいだな」
「いやいや、なんで分かった? まさか音響の違いを聞き分けたなんてことは」
「そうだけど、何か問題あるか?」
いや、一番簡単な解き方ってこれじゃないのか。まあいいや。新しく発見した部屋へと入ってみる。そこは二メートルの立方体のような形をした部屋だった。奥には石板があり、読めない文字が書き込まれている。
「読めるか? 沙夜?」
「はい。己の強さを示し、伝える数値が三つの100を越えれば、道は開かれるであろう」
沙夜が目で解読する。己の強さを示しがステータスで、三つの100が三項目以上で100以上、になればいいってことか。謎解きにもなってないような簡単さだが、そもそも条件がクリアできない。俺ら三人ともそんなレベルあげてないしな。
「出直すか?」
「いや、考えがある。さっきと同じ方法で調べたけど、俺の予想だと出口はこの下だ」
「あーはい。雄二さんの考えは大体わかりました」
「いや、俺は全然わかんねんだけど」
そりゃあ、下に気になるものがあってもいけない時は、その障害をぶち壊すのが最善策だ。
「いや、待て。これ破壊可能なのか?」
「そんな事は知らん。まあ……やってみないと分からないだろ」
俺は《勇者の記憶》を起動し、一つのスキルを有効化した。使えるのは後3分。でも、ここを壊すだけなら十分だ。
「なんか寒そうで……寒くねえな」
「悪くない表現だな」
冷気は部屋中に広がった。広く、薄く。そして俺の右手に集まり始める。硬く、濃く。
やがて形をとった冷気は、斧のようであるが、先端に槍のような部分が付いている。いわゆるハルバードと呼ばれる形をして現れた。全体は海の水のような濃い青をしているが、ところどころが凍りついている。
これが俺の神装の一つ、【氷結連鎖】。勇者として戦っていた時も、その能力の万能性からよく使っていた。
だが、今はそれを破壊のためだけに使う。神装は装備したものの身体能力を飛躍的に向上させる。まあ俺しか装備できないけど。
「はあッ!」
全力で床へそれを叩きつけると、床は一旦は凍った。そして粉々に砕け散った。その後に体を襲ったのは浮遊感だった。
「あーやっぱそうきたか」
「そうきたかって、これどうすんだよ!」
「まあまあ。計算済みだから」
俺が軽く【氷結連鎖】を振って、空気を凍らせ、二人も着地できるよう足場を作った。そして、さらに氷で階段を作っていく。
「いや、すげえな。さすがだわ」
「まあ色々今は制限があるけどな」
「じゃあ昔は?」
「雄二さんは昔はあれをいつでも自由に使用できました。あの強さの武器を何種類も出せるとか反則としか言いようがありません」
え、俺そんな規格外だったかな?
「何種類もあるのかよ!?」
え、あるけど。
「お前なあ……」
なんか呆れられた。
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俺たちは下に到着したのだが。いや、正確にはしそうだった。地上に相当まずいものがいた。
「えっと、沙夜。間違い無いんだな?」
「はい。残念ですけど」
沙夜はその目で、他の生き物のレベルなどを見れるらしい。それによると地上にいるアレはLv79だそうだ。【氷結連鎖】の効果時間も切れたし、正直勝てる気がしない。
アレは人の形をしていた。しかし、あれから発する瘴気や気配は明らかに普通のものを逸していた。
「Lv79リッチ。それがアレですね。ちなみに周りの瘴気は50Lv未満の生き物を即死させるようです」
「もう今日は帰るに一票で」
「俺もー」
「賛成です……」
俺たちはアレが見える位置にまで降りてきたが、そこで帰ると言うことになり道を引き返した。ふう。ここまで来たけど、残念だ。さすがに周りにばら撒いている瘴気に触れただけでアウトはどうにもできない。
まあ、安全に帰れれば……やばいな。
リッチが明らかにこっちを見た。堂々と氷の階段を作っておいて見つからない、というのは虫が良すぎたか。
「全員、全力ダッシュを推奨」
「いやいやいや、マジで落ち着く余裕ねえな!」
リッチが少しずつ浮いて近づいて来ている。ただ、こいつを相手にするときは敗北条件がかなりきつい。近づいたらアウトだからな。走りながら考える。あれに対抗できる能力といえば……
「沙夜。《詠唱蓄積》はいくつ溜まってる?」
「ダメです。この程度の数ではあれはどうにも出来ません」
残念だ。それなら、やるしか無いな。リッチが飛んで直線でくるのに対して、俺たちは曲線を描いて螺旋状の階段を上る必要がある。何もしなければ、簡単に追いつかれる。そう、何かやらない限り。
「少しだけあれを足止めする。その内に走ってくれ」
「おいおい近づいたら即死だぞ!」
「ああ、分かってる!」
「どういう事ですか? 雄二さん」
三人一緒に行く必要はないのだ。まずは二人を行かせて俺が後で追いつけばいい。
「沙夜。俺の十八番を使う。多少の無茶は効くはずだ。龍太、ジェムを貸せ。時間がねえ」
そして、簡単に二人に俺の考えを話した。
「おい、死なない自信はあるんだな?」
「ああ。いける!」
「ならよし!」
そして、そう言った瞬間俺たちは二手に分かれた。俺は階段を下へ駆け下り、残りの二人は登らせる。リッチはどっちを追うか迷っている。
「光槍!」
龍太にもらったジェムを使用して、こちらへ注意をそらす。所詮はモンスターだ。こちらへ来るはず。まだだ。まだ降りないと!
俺はそうして、一番下まで階段を降りた。リッチもすぐに到着しそうだ。まあ、あいつが俺に追いつくことはないが。俺は《勇者の記憶》で、一つのスキルを有効化する。
「身体能力強化」
現実でも使った魔法。ただ、その強化の度合いはさすがに桁が違う。
「この感覚ならいけるな」
リッチは少しずつ近づいて来る、が。
「近くを通らなければ、いいんだよな」
この巨大な穴の中央にいる、リッチを避けるように、壁を蹴って飛んで行く。リッチが段々と上昇していくのに対して、俺の移動は瞬発力がある。うまくリッチをいなして、距離を取って行く。
しかし、余裕だったか。ちょっとスリルが足りないのが残念だけど、沙夜とかに怒られそうだから戻っておこう。この身体能力強化にも制限がかかっているしな。この能力は1分も持たない。もうリッチも見えない所まで来たぞ。もうすぐ上にもつくはずだ。
「沙夜、龍太!」
「お疲れ様だな。さすがだぜ」
「やっぱり強いですね……」
沙夜と龍太に追いつき、最初の部屋へと戻った。
「ふう。そろそろ今日は一旦やめるか」
「そうだな。街へ戻ってログアウトしよう。このゲームはオートセーブだし」
「私も少し眠くなってきました……」
帰りはなぜか一回も魔物に遭遇しなかった。行きに狩り尽くしたからか?
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「いやー今日は楽しかったぜ! 時間も時間だから、もう帰るわ! また明日、あっちでな! ちょうど祝日だし」
現実世界では、もう日が落ちてから随分経った時間となっていた。
「ああ。また明日な」
そうして龍太を送り出した。そういえば、飯まだだったな。何か適当に作ろう。そうして台所に入る。
……ん? 誰かが、階段から降りて来る? 誰だ。泥棒か?
家に誰かがいると分かっても別世界での経験のせいか、特に危険を感じない。少し感覚が麻痺しているみたいだ。もう少し、危険に敏感になろう。
俺は、すぐ動ける構えで階段へと近づいて行く。しかし、その心配は無用だったらしい。なぜなら、そこに居たのはとてもよく知っている人だったからだ。
「なんでここにいるんだ? 沙夜?」
なぜか、ここに居た沙夜は、白いきれいなネグリジェを着て居た。とても綺麗でうなじだとか肩だとかが見えているので、あんまり直視できないのが本音だが、話すのに目をそらすのも不自然なので、とりあえず気合いで彼女を見る。
「えっとですね……」
沙夜はそう言って、両手の人差し指を合わせる。これは彼女の癖で、何か悪いことを隠しているときによくやる。悪いとも思っているということでもある。
「よし、白状しろ」
「……ふう。分かりました。しばらくの間でいいんですが、泊めてくれませんか?」
えーと。俺も眠いのかな。今幻聴が聞こえた気がする。
「ちょっともう一回言って」
「しばらくの間泊めてください……」
なるほど。現状を理解した。
「いや、ちょっと。泊まるってまさか」
「いえいえいえいえ違います! そういう変な意味じゃなくて!」
沙夜が慌てて手を振って否定した。顔も結構赤くなっている。案外沙夜ってすぐ赤くなるよな。
「いや、分かってるよ。冗談だって。理由があるんだろ?」
「……! もう! 父親の陰謀なんですよ、これは」
いや、どういうこと?
「親もアメリカにいて私の日本での居場所がないので、この近くに部屋を買ってもらう予定だったんですが……突然買えなくなったから、しばらく知り合いの家にでも泊まってくれと、VRゲームの機器が来ると同時にメールが届きまして……私は実際病院に前はずっといたので、知り合いは雄二さんくらいしかいませんし。父さんもそのことを知ってるはずなんですがね……」
「いや、無茶苦茶な」
「はい……迷惑なら、ホテルとか探しますね」
まあ策略じみた事ではあるが、沙夜にそう言いながら上目遣いをされれば断れない。断るつもりもないが。
「いや、別にいいけど。空き部屋あるし。っていうか俺がOKっていう前に泊まる気満々だよな!? 寝間着だし!」
「本当ですか!? ありがとうございます」
「聞け!」
いつも思うが、たまに彼女には敵わないと思うことがある。まあいいや。もう空き部屋は使ってるみたいだし、あとは。
「まあ、なんか作るよ。夕飯まだだろ?」
「はい。前から、料理は上手でしたね。楽しみです」
「沙夜は家事とか下手だったな」
「する機会もなかったんですからいいでしょう! 私だってやれば出来ます!」
「じゃあ、今度教えようか? 頑張ってやってみろ」
「むぅ……」
そうして、少しお返しをする。ゆっくりとで、いいんだ。もう会える。明日にも必ず会えるから。
食費の事など、考えなければならないことは増えたが、不思議と体は軽かった。