第2話 勇者(イレギュラー)の周りはイレギュラーが多い
「まあ、その……あれだ」
家に迎え入れた沙夜に、適当にお茶を出す。
色々と言うことがある。話したいこともある。ただ、気まずい沈黙を破れなかった。
それは、俺の一つの罪のせいと言っていいだろう。だから俺が、これを破らなければならない。
「あそこまで派手に別れたのに、普通に再会しちゃったのは流していただいて……」
「それは私も思いましたが……言わなければ何も話せそうにありませんでしたしね」
沙夜ははあとため息をついた。
あの約束はきっと今でも生きている。ただ、相当気分が乗ってたりする時じゃないと、とてもじゃないが何も言い出せない。
「まあ、あれからどうだ? 三ヶ月間何やってたんだ?」
とりあえず適当に話を振っておく。
「そうですね、大体は病院で時間を取られました。両親は大騒ぎしましたよ? 三年も消えた娘が突然帰ってきて、今まで何をしても治らなかった病気まで治ってるんですから」
「まあ、そりゃあそうなるな」
沙夜は少し、頬を膨らませる。
「もう、人事みたいに。雄二さんだって驚かれたんじゃないんですか?」
「いや、うちは例外だから」
そう、俺も家に帰ってから海外にいる親に電話してみた。
(え、お前行方不明になんてなってたの? ごめん、仕事に夢中で気がつかなかったわ)
その結果がこれだ。そんな親が嫌いなわけでもないが。実際俺のことを嫌ったりしているわけでもないしな。
「それはそれで大変ですね……」
「あれ、俺声に出してたか?」
「雄二さんたまに心の声もれますよ。気づいてないんですか?」
すいません、気づいてませんでした。
それからはしばらく適当に沙夜と雑談していた。まあ大半は沙夜のここ三ヶ月の事だったけど。
「そういえば、なんで言われた病院にいなかったんだ?」
「それは……ごめんなさい。親が心配だから一回会いにこい、というもので。」
「へえ……どこで働いてるんだ?」
「アメリカですね。今日ようやく帰ってきたんです。それで、調べた雄二さんの家に来たというわけです」
アメリカとは……道理でちょっと疲れてるように見えた訳だ。まあ、俺の親は……いや、どうでもいい事だな。あれ、ちょっと待て。
「今、俺の家調べたって言った? どうやってだ?」
沙夜は片目を瞑ってみせる。
「そこは親のコネというやつです」
沙夜のご両親は何者だというツッコミをしていいだろうか。
ん、インターホンが鳴った。
「そうだ、龍太との約束があったんだった。忘れてた……」
今開ける、と伝えようとしたが、あることに気づき体の動きを停止させる。そして、ゆっくりと沙夜の方を見る。
「まずいな……」
「何ですか、こっちを見て。何かありましたか?」
「ああ、120%ほどやばい」
「それ確率限界突破してますけど大丈夫ですか!?」
そう、この状況に龍太が来るのは非常にまずい。あまり早くない時間に沙夜と家に二人……龍太ならば持ち前の想像力を生かし、どんな状況と勘違いされるか分かったものではない。
「開けないならとりま入るぞー!」
おい、いまなんて言った?
「よう。何で開けねーんだよ」
「いや、それよりどうやって入った?」
ふ、と得意げに笑った龍太は懐から所々折れ曲がった針金を取り出した。
「好奇心旺盛な俺様はピッキングもマスターして……ん? 誰だその人?」
ああ、終わった。色々と終わった。もう……だめらしい。
「雄二……お前まさか……?」
もういっそトドメを刺してくれ!
「妹がいたのかあああああああ!?」
「そっちかよおおおおおお!?」
発想が斜め上すぎて予想不可能でした。
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「なるほど。彼女が例の女の子ってわけか。まあ見つかって良かったじゃねえか」
「ああ、まあ色々と良かった」
龍太もそんな騒がないでくれたしな。ほんと色々と良かった。
沙夜が、つんつんと指で突っついて来た。少し可愛い。
「ちょっといいですか」
沙夜は少し離れたところで聞いてきた。
「雄二さん……あの人は……?」
「霧矢龍太だよ。俺の学校の友達の」
「そうですか。それより、例のって彼は知ってるんですか?」
「あーそれか」
それについては色々あったのだ。行方不明のことが知られた時、あいつは何をしていたか俺に聞いた。俺は最初覚えていない、と言っておいた。まず、異世界に行ったなどと言っても信じてもらえないどころか、頭がおかしくなったと言われ、病院送りにされるのがオチだと思ったからである。
けれど、あいつは聞いてきたのだ。それでうっかり冗談に見せて異世界に行って勇者やってました、などと言ってしまった。それで龍太がなぜか信じてしまったのが、最初である。龍太とよく話すようになったのはそれからだ。俺が向こうでやった事などを色々と話した。龍太はとても楽しそうに聞いてくれるので、こっちも楽しかったのである。
「……以上が今までの話だ。大体いいか?」
「大体は把握しましたけど……何で彼はそんな事信じたんですか?」
「それはだな、雄二のお仲間の勇者様?」
いつの間に。ひとつ言っておくが俺は、身体能力は全盛期より下がったし、魔法も使えないが、周囲の察知ぐらいは今でもできる。その後ろを簡単にとれるのは龍太ならではだ。彼にはこういうイレギュラーさがあるから面白い。
「俺はな、現実的に考えただけだ」
「ちょ、いきなり……で、どうして現実的なんですか?」
驚きながらも沙夜が続けて聞く。というか、沙夜も気づかなかったのか。やっぱなんか特殊なのだろうか。
「だってよ、まず三年もいなくなってたんだぜ? 何もないと考えるのはおかしい。でも本人は何も覚えてないという。だったら覚えてないという振りをしていると考えるのが正しいはず。何故そうしてるのか? 話したら何か不都合がある事なんじゃないか? そこであいつが異世界に行っていたと冗談を言った。でもよ、もしそれなら全てが矛盾なく通るんだ。信じて当然だろ?」
龍太は得意げに語った。
「沙夜、ひとつ言っとくけどな」
驚いた顔をしている沙夜にいう。
「イレギュラーな存在っていうのはどこにだって居るもんなのさ」
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「そういえば、雄二さんと霧矢さんは約束をしていたんですね。何かする予定があったんですか?」
「ああ、VRゲームをな。【アナザー・ライフ・オンライン】っていうやつだ。中世の世界だ。少し、思い出さないか?」
「なるほど……VRはとてもリアルですからね。楽しめると思いますよ?」
そう沙夜と会話したが、少しその言い方が気になった。
「その言い方だと使ったことあるのか?」
「ええ、父関係で何度か。ああ、霧矢さんなら何故かわかると思いますよ。詳しいんでしょう?
龍太は首をかしげる。
「まあVR関係のことはめっちゃ調べてるけど……それが何で繋がる?」
「遅れましたが……私の名前は、辻崎沙夜と言います。分かりますよね?」
龍太は、それを聞いてとても驚いた。ん、嘘だろ。あいつ俺が異世界行ったって言ってもあんな驚いてなかったぞ。
「まさか……あの辻崎か!?」
「はい。辻崎斗真……VR機器の開発責任者は私の父親です」
沙夜はお返しをしてやったと言わんばかりにニヤリと笑った。
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「ええと、じゃあ沙夜もやるでいいんだよな。VRゲーム」
「ええ。私も興味ありましたし、父にもやってみてくれと頼まれていましたから。雄二さんもやるならなおさらやれば楽しそうです」
そう言って沙夜が笑ってくれたのが嬉しくて、少し顔が緩んだが、龍太にニヤニヤされたのでやめよう。
「じゃあ30分ごろたったら、機器も用意できるので、行きますね。夢中で遊んだりしないで、迎えに来てくださいよ?」
「ああ、大丈夫だって。行こうぜ、龍太」
俺たちは俺の寝室に行っていた。VRを使っている最中は、意識がないので寝れる場所の方が都合が良いとのことで、床に布団を敷いて、龍太がそこで横になっている。俺は自分のベッドだ。
そして、地味に龍太はもう既に頭に被るような形のVRの機材をかぶり、電源を入れていた。
ただ、本当に意識ないんだな。俺も、少し楽しみになって来た。
「雄二さん楽しんで来てください」
「ああ、後で合流な」
そして、俺も装置をつけて、スイッチをつけた。
さあ、期待してるぜVR。楽しませてくれよ?
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--30分後。
俺は、草原の広がる、もう一つの世界へと降り立った。