第1話 再会までがプロローグ
今、俺はあの場所に立っていた。最初にここへきたのはいつのことだっただろうか。3年は経っただろうけどけど詳しい日にちは思い出せそうにない。
だが、はっきりと覚えている事もある。この世界へ初めて来て、変な魔法陣に囲まれた場所に突然いて、驚いていたあの時。自分は何も知らなかった。自分がそれから勇者として戦うという事、それはとても辛いという事。
「この世界で、色々なことがありましたね」
そして、ある誰かのことがたまらないほど、好きという感情。
「ああ、そうだな」
俺と同じ場所に立っている『彼女』と向き合う。
『彼女』は俺より少し背の小さい少女で、俺と同い年だ。透き通るような白くて長い髪とピンク色の瞳が初めて見た人は珍しい、と思うかもしれない。だが、それらは彼女の顔の可愛らしさを引き立てていた。『彼女』は今白のワンピースの上に上着を着た、あまり派手ではない格好をしていた。でも、『彼女』には余り派手な服装や化粧は必要ない、とまで思う。それらは、きっと邪魔になるだけだから。
「何をジロジロ見てるんです? この服……何か変ですか?」
『彼女』にそう言われ、ハッと我に帰る。
「いや、ごめん。本当に色々あったな……と」
「そうですね」
『彼女』はちょっと悲しそうな顔をした。
「でも、やっぱり戦いの日々が多いのは……少しだけ、残念です」
「まあな。でも、それだけじゃない。楽しい思い出もいっぱいあった。最後の三ヶ月は最高だったろ?」
「ええ。好きに旅して、観光して」
そう、勇者としての役目だとか、戦いだとかそう言ったものを気にせずに、この世界を歩くのはとても楽しいことだった。
「まあ三ヶ月しかなかったから、移動時間は地獄だったけどな」
「私は飛べましたけど、雄二さんは走りでしたもんね」
「俺は身体能力強化しか魔法使えないんだ、察してくれ……」
『彼女』は優しく微笑む。そう、本当に楽しかったのだ。しかし、元の世界に帰らないといけないときはくる。そのリミットが今日だった。
また、会えるのかどうかは……正直言ってわからない。彼女と俺が同じ世界からきたとは限らないから。だから、今日は伝えないといけない。
「なあ……」
「いいんです。分かっていますから。でも、それを言ってはダメです。それで、もし会えなかったらきっと辛すぎるだろうから」
俺が言おうとしたことを察したのか、『彼女』は俺の言葉を遮る。
「だから、一つだけ約束をしましょう」
『彼女』は俺に一枚の紙を手渡した。そこには病院の名前らしきものが書いてあった。多分、これは……『彼女』のいる病院だ。『彼女』は生まれつき体が極端に弱く、殆ど病院で暮らしていたと言っていた。
「だから……あなたの言葉の続きを元の世界で聞かせて」
『彼女』がもう一度微笑む。
「約束です」
その笑顔は少し眩しかったが、しっかりと目に焼き付ける。必ず、探しだせるように。
「ああ、約束だ」
そして、意識は光で満ちていき……やがて、消えた。
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朝か。
俺がそう思い、意識を覚醒させるのは大体5機目の目覚ましがなってからだ。
目覚ましを止め、体を起こす。顔を洗い、朝食を食べ、歯磨きをし、学校へ行く鞄を持つ。
そして、今日もその時に初めて気づいた。
「ああ……時間やばいな」
俺はこの世界に戻ってから三ヶ月がたった。俺はあちらの世界に行っていた時、行方不明となっていたらしい。そして俺があちらの世界へ行ったのは中二の頃。
それから三年と少し経った為、俺は見事に受験期を逃し、高校へなど行けないと思っていた。
実際近くで特例として、受け入れてくれた高校があったのは本当にありがたいことだとは思う。しかし、俺は授業を理解するのも大変だ。なにせ人より三年分勉強してないのだから。
よって俺にとって学校へ行く日、それも月曜日はとても憂鬱なのだ。
「今日もやるか……しんどいからやだな。早起きしよう、今度から」
ああ分かってる。どうせできないオチだ。気にしてはいない。
ちなみに学校へは自転車で15分かかるところ、あと3分でつく必要がある。
普通なら間に合わないだろう……普通なら。
「世界を創る力よ、世界を守る力よ、世界を救う力よ、我が体に宿り、その力を示せ」
完全に痛い人だ。分かってるから小さい声でやってるんだ。
「身体能力強化」
途端に視野が広くなる。時間がないので急いで走り出す。人混みを全力で走り抜け、道路を走る車を飛び越え、ただ走る。
ちなみに、今の速度は自転車の比ではない。自転車の5倍の速度で走っているのだ。
これ以上も出そうと思えばだせるが……すぐに魔力が切れる。この世界では魔法にはどうしても制限がかかる。あちらの世界と比べて、魔力が薄すぎるのだ。
よって魔法も短時間しか使用できないし、俺はこうして息を切らしながら教室へ入ることとなる。
「よう、遅れて到着か?」
「うるせえ。俺が何分でここについたと思ってるんだ」
「3分」
そう即答している黒髪の彼は俺の同級生であり、親友の霧矢龍太だった。こいつはとても人の面倒見が良く、気がいいのでクラスの中でもかなりの人気を誇る。こいつがいなければ俺はクラスに溶け込めず、学校はさらに憂鬱なものとなっていただろう。残念ながら彼には女子からとかそんな繋がりは一切ないようだが。
「なあ、雄二やろうってば。新しいVRオンラインゲームのOBT!せっかく二人ぶん当たったんだし」
「ああ、それか。どうするかな」
その理由はここにあった。龍太は生粋のゲームオタクだった。まあ、俺とかは特にゲームも好きだし、別に何かを思ったりはしないが、女子は違うらしい。
ちなみに、彼のゲームへのこだわり具合は割とすごい。例えば……気になったゲームのOBTがあれば俺の名前でも勝手に応募したりするほどに。
「人探しは終わったんじゃないのか?」
「ん……ああ……それなんだけどな……」
俺は歯切れの悪い言葉で返した。結論から言うと『彼女』はまだ見つかっていなかった。彼女に渡された紙に書かれた病院へ行って見たが、もうそこにはいなかった。
それが、昨日のこと。
俺は……彼女を見つけられるのだろうか。
そんな不安が頭をよぎる。
「そうか……上手くいかなかったのか……」
「……ああ」
「じゃあ、ゲームしよう」
……は?
「ほら、気晴らしにもなるしとりあえずやろう! な!?」
龍太にはこうして少し自分勝手なところもあるが、何故か明るい気分にもさせられる。巻き込まれるのも悪くない……か。
「分かった。やってみるよ」
「マジか! じゃあ、お前の塾が終わったあとお前の家にVRの機器持っていくぜ!」
龍太は底抜けに明るくて、ちょっと笑ってしまった。
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帰り道、俺は吐息をついた。学校、塾と立て続けに勉強しなければならないのは中々辛い。あと龍太とゲームする約束もしたんだった。あとあいつに食事も作ってくれなんて言われてたな……買い物もしてから帰ろう。
龍太は割と大食らいなので、多めに買っておく。俺はさらに重くなった荷物を持って歩きながら考える。
「アナザー・ライフ・オンライン……か」
俺がいない間にこの世界のVR技術は格段に進歩していたらしい。脳に直接情報を送り込む技術ができ、それを使ったゲームはまさに、別の世界へ行くようなものらしい。
まあ、他の世界へはもう行ったことあるんだけどな!
そして、龍太が当て、VR機器も無料で入手したOBTのVRMMOが【アナザー・ライフ・オンライン】。
龍太が言うには、とにかくリアルな体験をさせてくれるそうだ。痛みあり、スキルあり、ファンタジーの世界、魔法あり、レベルあり難易度超絶ハードと噂。
その全部の要素が面白そうだろ! と龍太は話していた。彼は別の世界へ飛ばされても楽しみそうだ。そう思ってまた、少し笑ってしまった。
そんなこと考えてる内に家の通りへ着いた。両親が海外で働いている俺の家には人気がなく、その周辺にも普段からあまり人はいなかった。
でも、その時は扉の前に立っていた。
流れるような白い長髪をした、女の子が月の光で照らされていた。
「……沙夜?」
彼女は……沙夜ははっと振り向いて、そして笑った。前と同じ笑顔で。月のせいでもなく、はっきりとその笑顔は輝いていた。