私たちが敬愛する魔王様は
先を歩くユリウスを追いかけて、隣に並ぶ。
「ユリウスは、どうして、その、会わせてくれるの? ユリウスは会ったことがあるの?」
恐る恐るそう声をかけてみるも、ユリウスは、ちらりと私を見て、またすぐに前を向いた。
「時間がない。話は後だ」
有無を言わせないその口調に、思わず口をつぐんだ。
ちょ、ちょっとぐらい、話してくれたっていいじゃない。
まだ、私だって、混乱してるんだから……。
冷たくあしらわれて、ショボンと口を閉ざしてユリウスの後をついていくと、大きな扉に突き当たった。
この向こうに魔王様がいるってすぐにわかる。
それほどの魔力を感じる。
ゴクリと唾を飲み込むと、ユリウスが慣れた様子で、その扉に掛かっていた魔法を解除していく。
なんという手際の良さ。
ユリウスは何度かここにきたことがあるのだろうか……。
ユリウスは流れる動作で、扉に掛かった強力な魔法を解除していき、そして、扉が重たい音を響かせて開いていく。
早過ぎる。やっぱり、ユリウスがここに来たのは、初めてじゃない。
そう考えて、そしてすぐにその思考を止めた。
だって、扉を開けた先に見えたものに心を奪われた。
思わず駆けだすようにして、その部屋に入って、その部屋の壁や天井を全て見渡す。
その部屋に隙間なく施された素晴らしい魔法の奇跡に感動した。
すごい、壁一面に見たこともないような魔方陣がびっしりと刻み込まれている
淡い光を放つその大小様々な魔方陣。
刻み込まれた魔方陣の数は、数百、いや、数千に及ぶかもしれない。
それほど緻密でいて、繊細。芸術的とも言えるほどの絶妙なバランスで組み込まれた魔方陣。
四天王の私でさえも、その魔方陣の意味をあまり理解できないほどだった。
「すごい……」
思わずため息とともに賞賛の声がこぼれた。
壁に張り巡らされた魔方陣の光の一部に指を沿わせる。
この魔方陣の式は、未来予測演算の一部だろうか?
すごい、到底、普通の人間では成しえないほどの演算能力をこの魔方陣は有している。
さすが、魔王様がいらっしゃるお部屋。
魔王様が編まれた魔方陣? すごい、やっぱり、魔王様は素晴らしいお方なんだ。
こんなすごいものを編み描く魔王様はちゃんと存在している!
私たちが愛した魔王様はちゃんといらっしゃるんだ!
あれ?
でも、そういえば、ここが魔王様のお部屋だとしたら、どうして、魔王様がいないのだろう……?
ハッと気づいて、改めて部屋の中を見渡した。
部屋にいるのは、私と、ユリウスだけだ。
「ユリウス、魔王様はどこにいらっしゃるの?」
「……ここにあるだろう」
ユリウスが、彼にしては珍しく、弱気な声でつぶやいた。
「え?」
ここにある? ユリウスの言いたいことが分からなくて、改めて部屋の中を見渡したけれど、魔王様の姿は見えない。
「いらっしゃらないわよ」
私がそう言うと、ユリウスは、部屋の中でも、ひときわ大きく複雑に描かれた魔方陣を見つめて、ゆっくりと口を開いた。
「この部屋に描かれた魔方陣、それ自体が、私たちが魔王と崇めていたものの正体だ」
え?
何?
なにを言ってるの?
戸惑う私が、それ以上の回答を求めてユリウスを見ると、彼は視線を逸らした。
「魔王などというものは存在しない。あるのは、魔術の発展を促すための、最適解を導くこの魔方陣だけだ」
「さいてきかいを、みちびく、まほうじん?」
自分の口から虚な声が漏れる。
うまく思考がまとまらない。
「この国は、ずっと、魔方陣に支配されていたにすぎない。魔方陣が望む国へと導く最適解を、我々に提示し、我々はそれを実行に移す。魔神官は、ただこの魔方陣を発動させるための贄の血だ。この国に生きるすべての者は、魔術を発展させるための駒だ」
は、え……?
な、なにを言って……!
そ、そんなの!
「そんなの信じられない! だって、魔方陣は、私たち魔法使いが生み出し、力を与え、使役するものだ! その魔方陣に支配……? そんな馬鹿な! 変なこと言わないでよ! ねえ、早く魔王様に会わせて! 私の愛した魔王様に会わせてよ!」
思考がまとまらず混乱したまま、思ったことを口にすると、ユリウスが痛ましそうに私のことを見た。労わるような雰囲気すら感じる。
何、その顔。
そんな顔、しないでよ。
そんな顔されたら、まるで、さっきからユリウスが言ってるバカみたいなことが、真実みたいじゃないか。
「エルル、お前が愛した、いや、私たちが慕っていた魔王という者は、いないんだ」
魔王様は存在しない?
目の前が真っ暗になりそうだ。
むしろこのまま意識を失って倒れた方が、楽かもしれない。
もしかしたらと、考えてはいた。
魔王様なんて本当はいなくて、私たちは、ずっといない人のことを愛していたんじゃないかって。
でも、心の底では、魔王様の存在を求めていた。
確かな存在としてそばにいてくれて、私たちの努力や行いを見てくれているって、そう信じて……。
なのに、魔方陣?
「ガイアとの戦争も、戦争によって、魔法文明が発展するという解を導き出したこの魔方陣の答えにすぎない」
そう言って、ユリウスが、天井の中心に一番光り輝く魔方陣を指した。
他の複雑な術式を織り込む魔方陣と違って簡易的なもの。
むしろもう魔方陣とは言えないかもしれない。
それは落書きのようなものだ。
落書きのような魔方陣を読み解くと、魔法によって人々が便利に暮らしている世界が見える。
でも、その便利さは、魔法によって与えられた物で、その世界に暮らす人々は、魔法に支配されている。
魔法の法則の中で、魔法の発展のために、血を贄にし、感情もなく、ただただ、魔術の発展を促すための装置と化した人々だ。
「魔王様がいないのだとしたら、私はずっとなんのために、魔術を極めていたの? 魔法陣に操られる人形になるため……?」
呆然とそう呟く。
おもむろに顔を上げると、ユリウスと目が合った。
ユリウスは、戸惑っているような表情をしていた。
しばらくお互い答えを求めるように、視線を絡ませていたけれど、不意にユリウスが視線を逸らして、口を開いた。
「……エルル、もう時間がない。戻ろう」
ユリウスがそう言って、まだ混乱している私の腕を取って、歩かせようとしてきた。
私はそれを腕を振って引き離す。
「だってこんなの! こんなのってないじゃない! ユリウス、あなたは知っていたの? 知っていて、黙っていたの? こんなの、こんなのって……」
そう泣き叫んで、膝から崩れ落ちる。
目に何かの液体が溜まって何も見えない。
ぎゅっと目をつむる、目から何かが落ちてきて、それが涙だとわかった。
そして私は、物心ついてからというもの、泣いたことがなかったことに気づいた。
「私が施した無効化の魔法ももう切れる。泣きわめくのは後だ。行くぞ」
頭上からユリウスのそう言う声が聞こえたかと思うと、私の意識が曖昧になった。
瞼が重い。眠い。
ユリウスの魔法?
顔を見上げてユリウスの表情を見ようと思ったけれど、涙のせいで滲んで見えなかった。
いつも評価にブクマ、ありがとうございます!
おかげさまで日間ランキングにのってました!
ビックリしました!
総合ランキングで9位、ジャンル別では1位みたいです!
嬉しいです!応援ありがとうございます!
今後もよろしくおねがいします!