これから先も、君の一番近くに
昔のことを思い出していた。
私は、落ちこぼれだった。
魔力の操作が苦手で、習う魔法全て、暴発させて失敗してしまうから。
でも、魔王様に褒めてもらいたかったから、私は一生懸命、影でこっそり練習したんだ。
そうしたら、おおざっぱな魔法なら、なんとか扱えるようになった。
その時に、少しばかりコツを掴んだ。
私は、自分の魔力をあまり使わない方が、うまく魔法を操れる。
私はその時から、きっと人とは少し違った魔法の使い方を学んでいったのだ。
自分の魔力が、少し異質かもしれないってこと、本当は、その時から知っていた。
でも魔王様にはそれを知って欲しくなかった。
だって、落ちこぼれだと思われたくなかったから。
みんなと同じようにできて、その中でもみんなよりいい子でいられたら、それで良かった。
そして、魔王も、私のことを知ろうとはしなかった。本当の私を。
だから、魔王は私の力に気づけなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
緑の、匂いがした。
それにつられて、ふと目を開けると、先程までの景色とは全く違うものが広がっていた。
壊れた建物はそのままだけど、さっきまで一面砂だった大地に、草がこれでもかというくらい生い茂っている。
そして、私のすぐそばで、誰かの息遣いが聞こえて、手を伸ばす。
きちんと血の通った顔をしたユリウスが、そこにはいた。
ユリウスの頬を両手で包む。暖かい。
彼の胸に耳を当てれば、心臓の音が聞こえた。
ユリウス……!
振り返ってアエラの方を見ると、アエラが力を使い切った様子で眠っている。
そのアエラのそばには、ユリウスと同じように、手も足も元通りになったグイードとゴレアムがいた。
3人とも、体が呼吸とともに微かに動いている。
みんな、生きてる!
と思って、思わず泣きそうになったところで、何者かに乱暴に両手首を掴まれた。
そこには、割れたメガネをかけて、満面の笑みを浮かべるクラークがいた。
「ああ! なんて素晴らしいのでしょう!! あなた方の力! 神にも等しい力ですよ! 僕もう震えましたよ! 全身ぶるっぶるです! 特に、エルルさんの特異な魔力には驚かされました! ああ、いけない、私としたことが、あなたの心臓を抉って取り返しのつかないことをしてしまうところでした! 力の本質を見極めるのは研究者の基本だというのに! 魔王様が言うのならそうなのだろうと、思い込んでしまった。思い込みなんて、研究者に有るまじき行為! 研究者として恥ずかしいです! 本当にごめんなさい。僕が悪かったです。謝ります。ですからね? エルルさん、もう行きましょう! あなたを研究させてください! 僕、あなたの全てが知りたいんです!」
いきなり手首を掴まれたと思ったら、クラークが、めちゃくちゃ血色のいい顔で、マシンガントークを始めた。
なにこいつキモ!
「ちょ、放しなさいよ! この変態!」
と言って、振りほどこうとしたけれど、なぜか力が入らない。
あれ、これって、私、魔力が欠乏してる……?
初めての感覚にちょっとばかりびっくりしている間も、クラークは私の手を引っ張ってどこかに連れ去ろうとしていて……マジでやめろ!
「やめろ」
と私の心の声とハモるかのように、誰かの声が聞こえた。
そして、さっきからベラベラベラベラ喋り捲っていたクラークが「グエっ」とカエルが潰れた時の鳴き声みたいな声を上げて、固まる。
さっきまでめちゃくちゃ血色がよかったクラークの顔色が、青白い。
そして、ピシピシと、音を立てながら、クラークの頭のてっぺんから霜がまとわりついてくる。
狂気の笑顔を貼り付けた顔が氷像のように固まり、私の手首を掴むクラークの手が氷のように冷たくなる。
これ、この力は……。
「ユリウス!」
さっきまでそばで倒れていたユリウスが、ゆっくりと起き上がった。
そして、凍りついたクラークにユリウスが触れると、パリンと音を立てて崩れてゆく。
「汚らわしい手でエルルに触るな」
そう言って、粉々になったクラークを、ユリウスは見下ろした。
「これは……」
とユリウスが小さく呟いたけれど、私の手首を掴むクラークの手が粉々になったことで、気の抜けた私は、ばたんと尻餅をついてしまった。痛い。
「エルル、大丈夫か!?」
ユリウスが私のそばにしゃがみこんでくれて、私の背を支えた。
「うん、大丈夫、ちょっとホッとしたら、なんか気が抜けて……」
私がそう言うと、ユリウスが「そうか」と言って優しく微笑んだ。
その笑顔を見たら、なんだか、胸がいっぱいになって、ついでに、目にも涙が溢れてきて……。
だって、だって、ユリウスだ!
「ユリウス……!」
私は、思わずユリウスに抱きついて、その体温を、心臓の鼓動を確かめた。
あったかい!
動いてる!
生きてる!
「エルル……よく、頑張ったな」
頭上から、ユリウスの優しげな言葉が聞こえてきて、私を抱きしめた。
私はユリウスの腕の中でウンウンと頷く。
「ユリウスの、おかげ。ユリウスが気づいてくれたから。私のこと、見ててくれたから……」
「ああ、そうだな。私は、君と出会ってからというもの、エルル、君ばかりを見てきた。君の笑顔も、怒った顔も泣き顔も、全てが愛しくて、目が離せなかった」
ユリウスが、少しばかり掠れた声でそんな、そんなことを言うものだから、私は、ゆっくりと顔を上げた。
ユリウスが、柔らかな目で私を見ていた。
ユリウスの瞳に私が映っている。
「以前、アナアリアにいた頃は自分がこんな風になるとは思ってもいなかった。こんなに欲深いとは、知らなかった」
ユリウスが突然そんなことを言ってきたので、私は首を傾げた。
「ユリウスが、欲深い……?」
「ああ、したいことばかり。欲しいものばかりだよ、エルル」
「……? したいこと?」
「これから先、どんな時も、君の一番近くで、君の笑顔を見たいと思っている。君が悲しい時は私の胸の中で泣いてほしいと思っている。そして、君の瞳に映るのがいつも、私だけであればいいのにと思っている。……欲深いだろう? 人と言うのは、愛する人ができると、こんなにも欲深くなれるのだな」
そうなんだかさっぱりした顔でユリウスが放った言葉に、ドキリとした。
「愛する、人……」
「エルル、愛してる。君を愛してる。全てが終わった後に、この気持ちを伝えたかった。伝えられて良かった。ありがとう、エルル」
ユリウスが恥ずかしげもなくそんなことを言ってきて、私がなんだか恥ずかしくなって、でも、嬉しくて、私はさっきやっと引っ込めたばかりの涙がまた溢れ出してきた。
急いで、ユリウスの胸の中に顔を埋める。
言わなくちゃ! 私も、私の素直な気持ちを! 私も、大好きだって……!
私は、キッと睨むようにしてユリウスを見上げた。
「わ、私も、ユリウスのこと、なんていうか、その……!」
その先を言おうとして、言葉に詰まった。
だって、ユリウスがめちゃめちゃ私のことを見てるんだもの!
でも言う! 言うわ! 言ってやる!
だって、私は、エルル村の村長だもの! 愛してるって言ってやる!
「ユ、ユユ、ユリウス、わた、私、私も……」
あーーーーー!
愛してるって恥ずかしくて言えない!
アナアリアにいた時は魔王様を愛し愛された存在!
とか当然のように毎日誰かに自己紹介していたこの私がーーーー!!!
なんて意気地なしなの!
言え! 言いなさい! 私!
エルル村の村長の意地を見せるのよ!
「ユ、ユ、ユ、ユ、ユリウスがそう言う気持ちなら、べ、べ、べ、べ、べ、別に、この、この偉大なるエルル村村長である、私の! お、お、お、お、お、夫にしてあげてもいいんだからね!」
やめて! 夫にしてあげてもいいって、何様なの私!?
は、そうだ、私はエルル村の偉大なるエルル様だった! 偉大だからしょうがない!
ていうか、夫にしてあげるとか、気が早くない!?
まずは恋人からとか、そう言う順序をすっ飛ばし過ぎじゃない!?
落ち着いてよ、私!!!
脳内で大混乱している私は、恐る恐るユリウスの反応を待つ。
ユリウスは目を見開いて驚いていた。
しかし、すぐにその顔は甘い微笑みに変わる。
「ふ、まさか、エルルの方からプロポーズをしてくれるとは思わなかった。嬉しいよ。私の可愛いエルル」
ユリウスはそう言って、顔を近づけた。
そして唇に柔らかい感触が触れたのだった。








