風化していく世界の中で
ざらり。
右手に、砂を触ったような感触がした。
さらさらと、砂の落ちる音が、聞こえる。
私が、恐る恐る目を開けると、そこには、私の知らない世界が広がっていた。
崩壊した建物、地面は一面白い砂で、そして私は、今、何かに抱きしめられていて……。
私がゆっくりと、上体を起こすと、私を抱きしめるように、守るようにあったそれは、さらりと崩れ落ちた。
まるで砂でできた城が、崩れたような感触。
私は崩れ落ちたそれに目を落とすと、予想通り白い砂の山がそこにはあって、その中に、私のよく知っている彼の顔を見つけて、手を伸ばした。
ユリ、ウス……。
ユリウスの青白い顔が砂の中に埋もれるようにそこにあった。
ユリウスの綺麗な髪の毛が風で、そよぐ。
安らかな表情で、瞳を閉じるその綺麗な顔。
その頬に指を添えれば、まだ柔らかくて、暖かさすら感じた。
でも、首から下がない……。
いや、正確に言えば、彼の首から下が、現在進行形で、砂になってきている。
サラサラと、徐々に、砂がユリウスを侵食していく。
このまま行けば、ユリウスのこの綺麗な安らかな顔さえも、砂に……。
おかしい。現実味がない。
だって、どうして、こんな、こんなことって……。
先程までのことを思い出す。魔王の作った魔法陣の魔力暴発。
ああこれは、風化の魔力の暴走だ。
「いやああああああああああああっっっ! グイード! ゴレアム! お願い目を開けて! お願い!」
そう悲痛な叫び声が聞こえてきて、私はとっさに後ろを向いた。
アエラが、顔を歪めて、足元に倒れているグイードと、ゴレアムを見つめている。
ゴレアムは下半身が砂になっている。王子もゴレアムと似たようなものだったけれど、両腕も失っている。
ふと顔を上げると、地面に一本の剣が刺さっていた。
その剣の柄には、両手が握られている。
剣の柄を握った手は、そのまま離すことなく握り続け、まるでその剣と1つであるかのように、そこにあった。
手首より先の、腕も、肩も、胴体も、その手に力を与えるものと、分断されているというのに、力強く握られていた。
あれは、あの剣は、王子の魔剣だ。
王子の魔剣にヒビが入っていた。
その姿を見て分かった。王子とゴレアムが必死でアエラを守ったのだ。
ユリウスが、私にしたように……。
セレニエールと、レグリスは無事だろうか。
いや、無事のはずない。
あれほどの魔法陣の暴走だった。
おそらくこの砂だらけになってしまった世界のどこかに、倒れている。
時間と共に砂になりながら……。
「さっっっっすがは、魔王様が、お作りになった魔法陣!! その魔力暴発!!! なんていう威力でしょう! 美しさすら感じましたよ! ねえ、エルルさんも、アエラさんもそう思いませんでしたか?」
この静かな砂の世界では不釣り合いなほどに、妙にテンションの高い、狂ったような声が聞こえて改めてそちらに顔を向けた。
「いやぁ、良かった! 本当に、うまくいって良かったです! これは賭けでした、本当に! でも信じて良かった! ユリウスさんがエルルさんを、グイードさんやゴレアムさんがアエラさんを守ってくれるって、僕信じていました! 信じる力って本当に素晴らしいですよね! いやなんか感動してきちゃいましたよ! 本当にありがとうございます!」
狂ったようにそう言って、ひび割れたメガネを光らせたクラークがゆらりと立ち上がった。
その姿形に違和感を覚えた。
だって、彼についているはずの右腕がない。
「おや? ああ、やっぱり、陣を壊した時に使った右手側はだめでしたね。魔力暴発を完全にはふせげませんでしたか。このありさまじゃあ、周辺にいた魔神官はもう一瞬で砂になっちゃったかなぁ」
そう大したことないように言ったクラークが、楽しそうに笑った。
耳障りなその笑い声に、私は、今までに感じたことのないほどの怒りを感じた。
「クラーク!!!!! なんで、なんでこんなことをしたのよ!? あんたの目的は、魔王の復活じゃないの!?」
魔神官が全員砂になったら、魔王復活の元になる魔王の体の一部、血がなくなったということだ! それに、万が一、魔神官が生きていたとしても、魔王の復活に必要な魔法陣をあんな風に壊したら、どう足掻こうと、もう魔王は復活しない!
「ん? 私そんなこと言いました? まあ、あの偉大な魔法陣を手がけた魔王様のことはもちろん尊敬していますけどね。でも、僕の目的は魔王の復活、じゃないんですよ。分かりますか? 僕は、単純に、蘇生魔法に興味があったんです。生と死を司る禁忌の魔法。私はただそれをこの目で見たいだけなんです」
「だからって、こんなっ!!」
と叫んだ私の周りに熱風が吹いた。
「ああ、ああ、ダメですよ、エルルさん。こんなに魔力を暴走させたら、ユリウスさん達の死体が痛みますよ?」
何が楽しいのかわからないけれど、クラークが笑いながらそう言って……。
私は唇を噛み締めた。
悔しいのか、怒りなのか、悲しみなのか、分からないけれど、もうおかしくなりそうで、でも、あの安らかなユリウスの顔を傷つけたくなくて、私は歯を食いしばって、どうにか魔力を落ち着かせた。
そして、クラークは、アエラの方に視線を向けた。
「さあ、アエラさん、エルルさんの心臓を贄に捧げて、治癒の祈りを。そうすれば、今あなたの手の中で風化し崩れようとしているお二人やユリウスさんを助けることができますよ」
「たす、ける……? でも、もう二人は、みんなは、死んでいる」
クラークの言葉に反応する、か細いアエラの声が聞こえた。
「いいえ、だから言ってるでしょう? あなたの治癒の力は、無限の魔力さえあれば、人体を蘇生するぐらいわけないんですよ」
そう楽しそうに話すクラークの言葉に、私は彼の目的がやっと分かった。
クラークの目的が、人体蘇生の瞬間が見たいだけなら、復活する相手は、魔王じゃなくて良かったんだ。
そうやって、多くのものを巻き込んで、アエラと私にそうせざるを得ない環境を作ることが、彼の目的だった。
「エルル、さん、わた、私……」
震えるアエラの声が聞こえる。アエラは、怯えたような目で私を見ていた。
優しいアエラは迷っている。
私の心臓を抜きとって、ほかの大事な多くの命を救うかどうかを。
「何を躊躇することがあるんですか? アエラさん。あなたなら、どちらが正しいかわかるでしょう? 一つの命よりも、百の命を、百の命よりも千の命を、あなたは選ぶ。だってあなたは聖女なんですから。私の放ったリリシュに、そう育てられた」
クラークのその言葉を受けて、アエラの目から大きな涙がこぼれて、うなだれた。
でもうなだれたのは、一瞬で、改めてアエラは、顔を上げて私を見た。
覚悟が決まったような顔。








