無断で侵入したのがばれたようです
私が、魔神殿に忍び込もうとしたのが、ばれた!?
全然、気配感じなかったんだけど、今、私の後ろに誰かいる……。
見られたらしょうがない。
やるしかない。
私は、これでも四天王の一人。
見てしまったからには、申し訳ないけど、しばらく動けないように……と思って振り返り、絶望した。
だって、そこにいたのは。
「ユ、ユリウス……!?」
私を呼び止めたのは、ユリウスだった。
四天王最強の魔術師。
なんで、ユリウスがここに!?
どうしよう。どうする!?
見られたからには、口封じとかいう悪役みたいなことをしようと思ったけれど、私がユリウスをどうにかできる、とは思えない。
なんで、ユリウスがここにいるの!? 私が、侵入したことがバレたの!?
よりにもよってユリウスに!
落ち着け私。まだどうにか、道はあるはず。
まだ、私は、奥の扉には、入っていない。魔神殿には、入っていない。
何かそれっぽい理由を言ってやり過ごす?
例えば、侵入者の気配がしたから、見回りとか言って……うまくやり過ごせないだろうか?
いや、さすがに厳しいよね。
もう私はここまで来てしまっている。あの、入ってはいけない扉の開錠をして、ここまで来てしまった!
調べられたら、遅延魔法のことだって、気づかれる。
それに何より、ここで、ユリウスに適当な理由を言って、万が一しのげたとしても……もう次はないだろう。
もう今日この日を置いて、私が魔王様に会いに行ける日は当分来ない。
手に汗が滲んだ。
無言で、ユリウスを見ていると、ユリウスが再び口を開いた。
「何をしようとしているのかと、聞いている」
以前会食であった時よりも、低い声。
顔の表情はいつもの冷ややかな表情で、何を考えているのか読めない。
「その、奥に、侵入者が……」
と、汗をだらだら垂らしながら答える。
ユリウスは不審そうに眉をしかめた。
「侵入者? この地下には、お前以外の気配を感じないが」
やばい。どうしよう。どうしよう。
いっその事、ここまできたら、一か八かで、戦う?
私の最大の爆炎魔法なら、ユリウスだって無事では済まないはず。
よし、ここは、そのうち隣国の聖女に恋をして四天王の面汚しになるユリウスを諌めるためにも、私の攻撃魔法を……!
って無理だ!
この狭いところでそんな大規模魔法打てるわけないじゃないか!
魔王城ごと倒壊して、私も死ぬわ!
だからと言って、私の得意とする大技なくして戦っていては、ユリウスには、絶対に敵わない。
私は細かい魔法な苦手だし、それにあいつは、やっぱり四天王最強の魔法使い。
正直、自分の苦手なフィールドで、私が敵う相手じゃないのは、その体から漏れ出すユリウスの魔力のオーラで歴然だ。
嫌な汗が、止まらない。
でも、ここで引き下がるわけにもいかない。
もう、ここまで来たんだもの。
「……お願い。見逃して。私、どうしても、魔王様に会いたいの」
私が、そう言うと、ユリウスは眉をピクリと動かした。
ユリウスには敵わない。敵わないなら、説得するしかない。
ガイアから連れて来た屋敷のみんなは、かわいいは正義だって、言ってたし、私一応婚約者だし、見逃してくれたり……。
と思って、ちょっと上目遣いをして可愛い子ぶってみたけれど、ユリウスの厳しい表情は変わらない。
いや、うん、だめだよね……。
私が死んでも、『この四天王の面汚しが!』って言う彼だもの。
やっぱり、やるしかない。一か八かでも。だって、私は、どうしても魔王様に会って、確かめたい。
私は、ジリジリと後ろに下がりながら、両手を背中に隠して、印を結ぶ。
少しだけでいい。少しだけでユリウスの動きを止めることができたら、その間にこのまま通路を突っ切って、魔神殿に入れるかもしれない! そしたら魔王様に会えるんだ!
「魔王様に、お会いしてどうするつもりだ?」
じりじりと後退する私を冷ややかに見ながら、ユリウスがそう言った。
私の背の後ろで、手の印を使って作った魔法が完成する。
勢いよく、両手をユリウスに向けて突き出した。
「確かめたいだけ、よ!」
そう言って、光魔法を発動させた。ユリウスの目の前で、強烈な光が発生する。
無詠唱だから、持続時間も一瞬だけど、でも、ユリウスの目の前で炸裂させたし、しばらく視力を奪うぐらいならできたはず。
この隙に、魔王様のところに!
私は改めて奥の部屋に続く通路を走り抜けようと、振り返った。
大きく足を踏み込んだ、その瞬間。
目の前に、ユリウスがいた。
いつもの冷ややかな瞳で私を見ている。
なんで目の前にいるの!?
さっきまで、だって、向こうにいたじゃない……!
光魔法を食らってたじゃないか!
「残像だ」
ざ、残像……!?
こいつ、そんな悪役四天王がよく使いそうなコテコテの技を使いやがって!
走ろうと思って力んだ足に急に力が抜けて、その場に尻餅をついた。
涼しげな顔で私を見下ろすユリウス。
光魔法も効いてない……。
なんで、なんで、こんなことに……!
だいたいユリウスは、どうして、私が侵入したことに気づいたの!?
く、せめて、せめて、魔王様に一目だけでも……。
でも、恐怖で、足に力が入らない。
そんな私に構わず、ユリウスは私に歩み寄ってくる。
終わった。
いや、魔王様のところに忍び込むと決めた時から、命は捨てたも同然の気持ちだった。
どちらにしろ、法を破った私は、罰せられる。
でも、それでも魔王様に会いたかった。
その正体を、私が愛してきた全てを確かめたかった。
そのためだけに後の死を覚悟で、ここまで来たのに、会うことさえできないの?
震える私の前で、ユリウスが足を止める。
そして口を開いた。
「……ついてこい。魔王と呼ばれているものに、会わせてやる」
「え?」
予想外の言葉に、思考がちょっと止まった。
ついてこい? 会わせてやる?
そう考えている間にも、ユリウスは通路の奥へとどんどん進んでいってしまう。
捕まえないの? 殺されないの?
ついてこいって言ったし、会わせてやるって言った。
ついていけばいいの?
それとも騙されてる……?
いや、わざわざ騙す意味もわからない。
「早くしろ。……会いたくないのか?」
少し先に進んでいたユリウスが、振り返って、困惑した私に向かってそう声をかけた。
その声にびっくりして、でも、だんだんと状況を飲み込み始めた私は、立ち上がった。
「い、いく! 会いたい! お会いしたい!」
私がそう言うと、心なしか、ユリウスは満足そうに頷いて、また先に進んでいった。
そして、スタスタ進むユリウスの後を、私も小走りで追いかけたのだった。