新魔王軍四天王第四位クラーク
リリシュの群に襲われて以来、誰かに妨害されることもなく、とうとう魔王の魔法陣が描かれている部屋まで辿り着いた。
結構、あっさり。クラーク出てこなかったし。
ホムンクルスに大打撃なシャイニングフラッシュに恐れをなしたのかもね!
「この部屋に刻まれた魔法陣が、魔王の魔法陣、か? すごいな。魔術に対する知識はあまりないが、それでも、これがすごいものだということがわかる」
そう感嘆の声をグイードが上げた。
その気持ち、分かるよ。
私も、最初これを見たときは感動した。
まあ、魔王の正体がこれだと知ったときは悲しくなったけどね。
「これをこのまま破壊すれば、魔王の復活はない、と考えて良いのか?」
と、部屋全体を見上げていたゴレアムが問うと、ユリウスが首を横に振った。
「いやその前に、一度、この魔法陣全体に溜まっている魔力を分散させないとならない。このまま魔法陣を壊してしまったら、ここに溜まっている膨大な量の魔力が暴走して、最悪アナアリア王国全体を巻き込む魔力障害が起こる可能性がある」
「魔力障害……?」
「そうだ。たとえば、魔術師は、感情の起伏などで自身の魔力が暴走し、強風が吹いたり、周りを凍りつかせたりといった現象を起こすのは知っているな? 大規模な魔法陣の場合も、中に溜めた魔力が暴走して大きな事故を起こすことがある。しかもこれだけの魔法陣だ。暴走した時に起こりうる被害は、尋常ではないだろう」
ユリウスの深刻な声に、私を含めたその他のパーティーは息を飲んだ。
「なるほど。では魔法陣が暴走しないように、一度溜まっている魔力を流すということだな?」
とグイード王子の確認の言葉にユリウスが頷く。
「そう言うことだ。それほど時間はかからない。私が、魔法陣の魔力を放出している間に見張りをお願いしても良いだろうか。この部屋の一番奥に、この魔法陣の中心となる陣がある。私はそこで……」
と、この部屋の奥に向かおうとしていたユリウスの動きが止まった。
私もユリウスの視線の先を見ると、嫌な奴が、ニタニタ笑いながら、その暗闇の部屋の中に佇んでいるのが見えた。
「クラーク!」
私がそう声を上げると、みんなに緊張が走った。
「おやおや、皆さんお揃いで。待ってましたよ。まあ、強いていうなら、僕はエルルさんとアエラさんだけが生きていて、ほかの皆さんは死んでくれた方がありがたかったんですけどね」
「目論見が崩れて、残念だったな。お前の思う通りに行くと思うなよ」
そう言ってグイードが、魔剣を抜き放った。
もちろん、隣にはゴレアムもいる。そして、その後ろにはアエラが怒りを瞳に宿して控えていた。
「ここで戦闘? 正気じゃないな。ここは、魔王の魔法陣のすぐそばだ。魔法陣を無闇に壊せば、魔力暴発が起こる」
ユリウスが警告するような口調でそう言うと、クラークがさらにニタリと笑みを浮かべた。
「ええ、そうですね。大きなリスクです。でも、実験にリスクはつきものですよ。さらなる魔術の発展のためならば、僕、結構、命は惜しまないタチなんです」
そう言うや否や、クラークが増えた。
いつの間にか、クラークが二人? いや、三人? 四人……??
どんどん増えてくんですけど!?
「ここには、ホムンクルスを作る魔法陣がありますから」
とクラークがこともなげに言ってのけるんだけど、いや、だからね、リリシュの時も思ったけれど、こう同じ顔がいっぱい並ぶのって、結構不気味だからね!
「私の魔剣の力で……!」
と前に出てきたグイード王子をユリウスが止めた。
「ダメだ。その力は強力だが、大き過ぎる。魔法陣に何かあれば、取り返しがつかない」
「くそ……!」
ユリウスの制止の声に、不満げにグイード王子が眉を寄せた。
「まさか、貴様、我らが存分に戦えないように、こうやってここで待ち構えていたのか! この下衆め!」
そう言ってゴレアムが剣を抜いて増えていくクラークに斬りかかった。
あっさりと切られたクラークのホムンクルスは倒れる。
それを前にゴレアムが剣を掲げた。
「だが、侮るなよ! 私は、ガイア王国の第三王子グイード様にお仕えする王族護衛騎士隊長ゴレアム! 元々派手な戦いはせぬ! その増えるホムンクルスを地道に削ってみせようぞ!」
やだ、ゴレアムさん、カッコいい!
元々魔法に縁のないゴレアムだけど、だからこそ、この魔法陣に囲まれた場所で安全に戦える!
私達も、援護をしつつ、このままゴレアムさんの剣の舞で、本体のクラークを叩ければ……!
「ああ、嫌ですね。僕、そういう熱血みたいなの嫌いなんですよ、暑苦しくって」
とクラークの飄々とした声が聞こえてきて、クラークのホムンクルス達の動きが変わった。
本体のクラークに向かって集まってきてる……?
「ゴレアム、後ろだ!」
グイード王子がそう叫ぶと、ゴレアムは咄嗟にステップを踏んでその場を避ける。
ゴレアムがいた場所には、先ほど切って捨てたはずのホムンクルスが、ゲル状の何かになりながらものすごい勢いで体当たりをかましていた。
いや、違う。
ゴレアムに体当たりしたわけじゃない。あのゲル状のホムンクルスもクラークの元に集まってきている。
なに、あれ……。
人の形をしていたものが溶けて、クラークの全身を覆って行く。
控えめに申し上げて、めちゃくちゃ気持ちが悪いんだけど、何をするつもり……?
「何をするつもりだ!?」
とグイード王子が叫ぶと、ホムンクルスが集まり過ぎて何が何だか分からないことになっているクラークから少しばかり笑い声が聞こえてきた。
「はは、何って、このホムンクルス達は、そうですね、防御用なんですよ」
「防御用?」
アエラの緊張した声が響いた。
「ええ、なにせ、私は今から、ここにアナアリア魔王国史上、最悪で災厄の魔力暴発を引き起こすつもりなんですからね」
「まさか!」
ユリウスが叫ぶ。
私はクラークの言うことが飲み込めないでいた。
でもよく分からない怪物のようになってしまったクラークが、すぐそばにある魔法陣に手のようなものを伸ばしたのを見た瞬間、やっと理解した。
まさか、クラークは、魔法陣を無理やり破壊して……!?
「ダメーーーーーーーーー!!!!」
と、私が叫んだ時にはもう遅かった。
魔法陣に触れたクラークの手元が、少しばかり光った。
「エルル……!!!!」
私の名を呼ぶユリウスの声が聞こえて、私は抱きしめられた。
「君の力の本質を、どうか見誤らないでくれ」
そう耳元でユリウスの声が聞こえた瞬間、目の前が、真っ白になった。








