決戦前夜 後編
確かに、かつての自分は、魔王のことが大好きでいつも魔王に褒めてもらえることだけを考えていた。
魔王は、人間で、私が活躍すれば、その手で撫でてくれるのだと思っていた。
優しい言葉をかけてくれる。愛してくれる……そう思って、生きてきた。
だから、魔王の正体が魔法陣だと知って、ショックだった。
魔王が魔法陣なら、私のことなんか愛してなんかもくれないし、むしろ愛どころか、がっかりしたり悲しんだり、怒ったりそんな風に、何か私に対して思ったりしないのだ。
そして、魔法陣の描く未来を見て、魔王が私達のことなんか本当に何も考えてなくて、ただ、魔法に支配される世界を築くための道具のような私達を求めているだけだと分かった。
だから、国を出た。
でも、もし、魔王が復活したら?
あの魔法陣を作った魔法使いが復活して、そしたら、そうしたら、私が求めていたように、頭を撫でてくれたりするのだろうか。
私がいいことをすれば褒めてくれて、危ないことをしたら怒ってくれて、それで……。
そこまで考えて、昔はそれをどうしょうもなく求めていたというのに、今はなんというかそれほどでもないって感じがした。
なんていうか、ピンとこないというか……だって、私には、もうエルル村のみんながいる。
……ユリウスがいてくれる。
私が喜んでいたら、一緒になって喜んでくれるし、悲しい時は一緒に悲しんでくれて、私が自己紹介したくなった時は、楽しそうに聞いてくれるし、お腹が空いたら、一緒にご飯を食べてくれる。
私には、もう、そういう人がいてくれる。
「ふん! ユリウス、このエルル村の村長であるエルル様を甘く見ないでよね! 私はもうとっくに魔王なんて卒業してるの! それに、魔王の魔法陣が思い描く未来に、私は生きたくない! 私はエルル村のみんなと今までみたいに楽しく暮らしたいんだから!」
私がそう言うとユリウスはやっと笑顔を見せてくれた。
「そうか、それを聞いて安心した」
「ふん! 大体ね、ユリウス、あんたこそ、どうなのよ。あんただって、もと魔王に仕える四天王じゃない! アナアリアの人間はみんな魔王様を愛してた。あなただって、そうでしょう? 大丈夫なの?」
「私は問題ない。私には、もう他に、愛する人がいる。もう魔王が入り込む余地はないようだ」
ユリウスのその言葉に心臓が痛いほど飛び跳ねた。
だって、愛する人って……。
前世で見た漫画のシーンを思い出す。
アエラに命を救われて、国を捨ててアエラのために動くユリウスの姿が……。
「……愛する人って、アエラのこと?」
ふてくされたような響きで、そんな言葉が私の口から漏れた。
やばい、こんな風に聞くつもりじゃなかったのに……。
でももう出てしまった言葉は引っ込めない。
「アエラ? どうしてそこでアエラの名前が出るんだ」
ユリウスが、まるでアエラなんて好きじゃないとでも言いげに、面食らったようにそう言うけれど、だって、私は知ってるんだから!
「だ、だって、ユリウス、アエラのこと……好き、でしょ?」
私がそう言うと、ユリウスがなぜか呆れたように大きなため息を吐いた。
しかもなんかバカを見るような目で見ている気がする!
「そんなわけないだろう。先日会っただけの女にそんなこと思うわけがない」
「い、今はそうかもしれないけど、ユリウスは、アエラのことを知れば、きっと好きになるよ」
「ならん」
「なる!」
「ならん」
「なる!」
私知ってるもん!
「はあ、なんでそんな思い込みをしてるんだ」
思い込みっていうか、漫画で知ってるのもあるけれど、だってユリウス、あの時笑ってた……。
私はあの時のユリウスの顔を思い出して、口を開いた。
「だ、だって、ユリウス、エルル村以外の人に、笑顔なんて見せないのに、アエラが私の傷を直してくれた時、ものすごい笑顔を見せたじゃない!」
「それは、彼女が君の怪我を治してくれたからだろう!?」
「でもしばらく見つめ合っていた気もする。こう、ジーッと!」
「それは君の思い込みだ。まあ、あの特殊な力に驚いたのもあるし、多少見ていたかもしれないが……」
「ああ! ほらやっぱり! 舐め回すように見てたんじゃない!」
「舐め回すように!? 何故そんな風な表現になる。……まさか、エルル、嫉妬してるのか?」
そう言ったユリウスの目が見開いた。何故か少しばかり嬉しそうだ。
え、嫉妬って、嫉妬って、嫉妬って!!
「し、し、嫉妬なわけないでしょ!? ば、ば、ば、ば、ば、馬鹿も休み休み言いなさいよ! バカユリ……!?」
私が馬鹿ユリウスお前の母ちゃんでべそ! って言ってやろうとしたら、突然胸の中に抱き込まれた。
「エルル」
ユリウスがなんだか切なげに私の名を呼ぶ。
私はユリウスの腕の中で、心臓がばくばく言っていて何も言えないでいると、ユリウスが更に私を抱きしめる腕の力を強めた。
「明日無事に、魔法陣を壊すことに成功したら、君に伝えたいことがある。聞いてくれるだろうか?」
ユリウスの腕の中で、私の耳の近くでささやかれたそのユリウスの言葉に、私はやっと、自分の気持ちに気づいた。
いや、元々前から気づいていたんだ。でも、認めたくなくて……。
気恥ずかしさで、声が出なかった私は、ただ黙ってユリウスに抱かれながら頷いた。








