真実を知る話し合い2
セレニエールの暗い呟きに、私は微かに頷いた。
魔王は、アナアリアの国民のことなんて、愛してなんかいない。
ただの、駒だとしか、思っていない。私達は、あんなに魔王様のことを愛してたのに。
「魔素とは、なんだ?」
セレニエールの気持ちに思わず胸がズーンとしていると、ゴレアムが戸惑うようにそう聞いてきた。
あまり魔法文化が発展してないガイアでは『魔素』という単語は一般的ではないらしい。
ゴレアムの疑問にユリウスが口を開いた。
「人の負の感情から生まれる魔法の素のことだ。私のような一部の例外を除いて、魔素は目には見えないが、空気中に漂っている。これがなくては、魔法使いは魔法を行使できない。魔法陣も動かない。つまり魔王は、自身の魔法陣が動き続けるように魔素の絶えない国作りをしているということだ。……アナアリアとガイアの争いは、魔王の魔法陣を稼働させるためだけの争いだったということだ」
ユリウスの説明に、ガイア王国勢が、驚愕の表情で固まった。
信じられないとでも言いたそうなガイア勢に、私は頷いてユリウスが言ってることは正しいのだと肯定した。
「そういうこと。魔王は、戦争に決着をつけることよりも、ガイア王国をギリギリの辛い状況に陥れ続けることが目的だったのよ。魔王は、人間が魔法に支配された世界へと導くために、ガイア王国の人達を意図的に長く苦しむようにしていた。……言い訳を言うわけじゃないけれど、アナアリアの民は、その事実を知らないわ。だから、戦争だって、私達のためなんだと思っていたし、魔王のためなら死んでもいいと、魔王を心から敬愛しているアナアリアの民は、疑うこともなく戦争をしていた」
いつもいつも魔王様のことを考えていたあの頃の私を思い出す。
褒めてもらいたくて、ただそれだけのために生きていた、あの頃の自分を。魔王様の言う事が全て善で、絶対で、自分で何かを考えることを放棄していたあの頃の自分を……。
すると突然、ドンと勢いよくテーブルが叩かれる音が響いた。
音のした方を見ると、震える拳をテーブルに叩きつけるゴレアムの姿があった。
「魔法に支配された世界? 魔素とかいう、そんなもののために! 我々ガイアの民がずっと苦しめられていたというのか……!?」
そう愕然とした声を出して、ゴレアムが唇を噛んだ。唇を強く噛み過ぎて血が流れていて、怒りのためか、体が震えている。
ガイア王国にとっては、本当に、魔王の所業は最悪なことだろうね。
きっと、私たち以上に辛いかもしれない。
そんなゴレアムの肩に、王子が優しく手を置いた。
そして、王子は真っ直ぐ私の方を見て、「許せないな」と一言発した。
許せない相手は、私ではなく魔王に対して言っていることは分かるけど、その声の鋭さに思わず背筋がぞくりとした。
「ガイア王国の民だけではない。アナアリアの民ですら、自国の民ですら欺いている。魔王は、この世界に必死に生きる全ての人々を、騙し、裏切っている。それは、我々が人間である以上、到底許されるものではない」
その鋭い瞳で王子がそう言うと、私も頷いた。
「そうよ、私たちは、そんなの許しちゃいけないわ。私も許すつもりなんて、到底ないもの!」
王子の言葉に私も続いてそう言うと、セレニエールがふと心配そうに私の方を見た。
「なるほど……。それを知ったから、エルルはアナアリアを出たのね」
セレニエールの言葉に私は力なく頷く。
「あなたらしい判断だわ。あんなに敬愛していた魔王様を……魔王を突然裏切った時は、ユリウスに唆されたんだと思ったけれど……」
セレニエールがそう言うと、ユリウスが不満そうに鼻を鳴らした。
そしてセレニエールは改めて鋭い視線をレグリスに向けた。
「でも、レグリス、あなたも魔王の正体を知っていたのでしょう? どうして、私たちに黙っていたの?」
責めるような、きつい口調だった。
なんだかんだといつも妖艶な笑みを絶やさないセレニエールが、顔を青白くさせて強張っている。
レグリスはセレニエールの視線を受け止め、そして視線を下げた。
「……それについては、面目のしようもない。ただ一つ、言い訳になるかもしれんが、魔法陣の中身について、わしは知らなんだ。当然戦争の意味も知っておらんかった。私は、魔法陣の深い構造までは読み解かなかったんじゃ。魔王宮に入り、中に魔法陣しかないと気付いて、魔王様という存在がもしかしたらおらんかもしれんと、思って、それを確かめることができずに私は逃げるようにその場を去って、二度とそこには、近づかんくなった。……わしは、臆したのじゃ。事実を受け止めることをの」
そう、顔のシワを深くさせて悲痛そうに話すレグリスの目尻が少しばかり濡れている。
「あまり自分を責めるな、レグリス。それを言うのなら、私は、魔法陣の示す意味をある程度理解していた上で、しばらく魔王に従っていた」
今度はユリウスまで、暗い声でそう言うものだから思わず顔を上げると、ちょうどユリウスと目が合った。
「エルルに出会う前の私もまた、ただ、逃げているだけだった。しかし、今はもう違う。私はエルルと出会えた。もう逃げない」
となんだか優し気なまなざしでユリウスが言うものだから、なんとなく恥ずかしくなってすぐに顔を逸らした。
ほんと、ユリウスってすぐ魔法使っちゃうほど意外と喧嘩っ早いんだけど顔だけはいいんだから、顔だけは!
ま、まあ、性格も別に悪くはないと思うけどね、意外と素直だし、真面目なところもあって、それに、前に可愛いとかなんとか言ってくれたり……じゃなくて!
ユリウスのことを考えてる場合じゃない!
私は気を取り直すためにゲフンと大きく咳払いしてから立ち上がった。
「も、もういいのよ! なにが悪かったとかそんなのどうでもいい。私だって、魔王の正体を知って逃げた。逃げることしかしなかった! でも、もうこれからは違う! 私、魔王を倒す! 魔王を倒せば、その魔法陣を壊せば、戦争だって終わるし、私はエルル村でゆっくり暮らせるもの! それになにより、魔王ってやつは、なんか私の心臓を狙ってるみたいだし、実際、私の偉大なるエルル村に被害が出てるし! このまま、放って置けない!」
私が力拳を作って力説すると、グイード王子が「その意見には同感だ。魔王をこのまま放置はできない」と答えてくれた。
よし、ガイア王国勢は、力を貸してくれそうだ。というか、元々魔王とは敵対してる団体だしね。
あとは、と思ってセレニエールとレグリスの方を見る。
「私も、異論はないわ。人間が魔法に支配された世界……? くだらないわ。だいたい、魔王というのが、魔法陣というのだけで、もう無理ってものよ。私は、ずっと魔王様はイケメン高身長高スペック魔術師だと思ってたから命令を聞いていたのよ!」
とセレニエールが何とも残念な理由で、抗議の声を上げた。
そんなセレニエールをレグリスが呆れたような目で見たけれど、ハアとため息を吐いて「わしも、魔王のやり方は気に入らんな。このおいぼれの力も貸そう」と言ってくれた。
セレニエールの理由は、まああれだったけれど、どうやらアナアリア四天王勢も共闘の意志が固まったようだ。
「今なら急に四天王の殆どが抜けた状態。攻めるなら今じゃのう」
「ここで最大の敵になるのは、まちがいなくクラークよ」
レグリスとセレニエールの言葉に、先程氷となって砕け散ったクラークの気味の悪い笑い顔を思い出す。
そうか、クラーク。アイツは、魔王の魔法陣の意味を知っても尚、アナアリアに属してる。
彼との争いはきっと避けられない。
「それにしても、この村に私たちと一緒に来たクラーク、あれ自体もホムンクルスだったってことでしょう? あんな精巧なホムンクルスを作れるような奴だったなんて、思わなかったわ」
セレニエールの疑問にユリウスが口を開いた。
「多分、あれは、魔神官の製法をまねたのだろう。魔神官は魔王が作ったホムンクルスだ。そして、魔王宮にある魔法陣の中に、過去生きていた時の魔王が、魔神官を作った時に使ったであろう魔法陣が描かれている。あの魔法陣を使えば、かなり精巧にホムンクルスを錬成することができる。おそらくクラークはそれを見て、利用したのだ」
なるほどね。
確かに、あんな精巧なホムンクルスの作り方なんて、知らなかった。あれは魔王が隠してた、ロストテクノロジーってことか。
「そのホムンクルスについて聞きたいのだが、エルル君は、あの場で、リリシュはクラークのホムンクルスだと言っていたね? あれはどうい意味なのだろうか?」
グイードがもっともな質問を投げてくれて、私は、ハッとした。
あ、そうよね、そのことについても説明しなくちゃいけないんだった……。
でも、言いづらいな。な、なんて言おう。
と思って、こっそりアエラを覗き見る。
この話をしたら、アエラは、多分、とっても傷つくんじゃないだろうか……。








