聖女アエラの力
腕の傷を治す……?
そう声を掛けてくれた方に視線だけ向けると、心配そうな顔をしたアエラがいた。
あ、そうだ。アエラなら、治せる。
ていうか、むしろこの場ですぐに治せるの、アエラしかいない。
あわよくば、この腕の火傷みたいな傷も綺麗さっぱり治る。
「おね、がい」
ユリウスにもたれながら、私がそう言うとアエラが笑顔でこちらに一歩進む。
そしてそれに合わせて、私は一歩下がった。
というか、後ろに引っ張られた。ユリウスに!
「まだ目的の読めないお前を信用することはできない」
なんで一歩下がってしまうん? と思って弱々しくユリウスを見上げると、ユリウスがそう言った。
どうやら、アエラのことを信用できてないから、私を預けられないということらしい……。
確かに、ユリウスがアエラを疑う気持ちも分かるけれども!
できればこのままアエラに腕治してもらいたい!
貧血で倒れそうなところをなんとか気力だけで意識保ってるけど、それって、かつて四天王の一人だった私だからできるすごい芸当なんだからね!
もうね、本当だったら、この腕の痛みに、気絶もんだよ! さっきからずっと痛いのに、頑張ってるエルルなんだよ!
私は力なく、けれどもなんとかユリウスの服をちょっと掴んで引っ張った。
「ユリウス、だい、じょうぶ。アエラは大丈夫な、子だから」
私がそう言うと、ユリウスは訝しげに眉を寄せた。
前世での事情を知らないユリウスには、分からないかもしれないし、今は説明する時間もゆとりもないけれど。
もう私の体は限界なの!
もう本当に今辛いんで!
という気持ちと共に最後の力を振り絞る勢いで一歩進み、アエラに近づく。
強情な私を見て、少し戸惑ったような表情をしたけれど、ユリウスは止めることなくアエラの方へ向かう私を支えてくれた。
「ひどい怪我。大丈夫です。すぐに治りますよ。さあ、顔を上げてください」
私の傷を痛ましそうに見ていたアエラにそう言われて、顔を上げると、目の前にアエラの可愛い顔があって、おでことおでこでコツンとされた。
すると途端に体中の血という血が巡るような感覚がして、痛かったはずの腕に暖かさが伝わってくる。
こ、これがアエラの治癒魔法!
しばらく心地良いぐらいの暖かさに身を委ねていると、すっとその暖かさが離れていくのが分かった。
アエラがおでことおでこのこっつんこをやめたのだ。
なんだかもっとこっつんこしたいなぁとかいう気持ちもありつつ、そう言えばと、包帯でぐるぐる巻きの自分の腕を見る。
あ! 腕になんの痛みも感じない!
信じられなくて、巻いていた布を取り外すけれど、傷ひとつない綺麗な腕。
手をグーパーしてみてもなんの違和感もなく動く。
「すごい」
思わず呟いた。
だって、こんなの目の当りにしたら、呟かずにはいられない。
「あれほどの傷をこの一瞬で……」
私のすぐそばでユリウスもそう言って、アエラを驚きの表情と共に見る。
そして、ユリウスが今までエルル村にいる時みたいな、人にはいつも見せないような、柔らかな表情で微笑んだ。
あのユリウスが、あたたかな微笑みを、アエラに向けた……。
「感謝する。本当に、ありがとう」
そう言葉にするユリウスのような美貌の貴公子に微笑まれて、顔を赤くしない女性なんていない。
アエラもうっすらと頬に紅を差した。
無言で見つめ合う二人に、なんだか耐えきれそうになくて私は咄嗟に下を向いた。
そして治った腕の具合を確かめている風で、右手をグーパーする。
も、も、も、もしかして、ここで二人は恋に落ちちゃったりするんだろうか……。
そう言えば、漫画でユリウスがアエラに興味を持ったきっかけは、アエラに自分の傷を癒してもらった時、治癒魔法を見た時だ。
治癒魔法と言う稀有な魔法を見て、ユリウスはアエラに興味を持ち始め、やがてそれが愛に変わって……。
なんでだろう。もやもやする。どうして、私、こんな気持ちに……。
「あ、あの、すまないが、お、お嬢さん、わ、わしの腕も……」
私がなんだかもやもやしていると、虫の息みたいな感じでそんな声が聞こえてきたので、そちらに顔を向けるとレグリスが倒れていた。
あ、忘れてた。そう言えばレグリスの腕、吹っ飛んでたんだ。
「す、すみません、今行きますね!」
アエラが慌ててそう言うと、レグリスのそばに駆け寄った。
そして、レグリスの腕の傷を見て、「この傷は、先程の……」と小さく呟くと、悲しそうに眉を下げた。
「ね、ねえ、これも治るの? ちゃんと治る?」
と心配そうにセレニエールがレグリスを支えながらそう言うと、アエラはハッとしたように顔を上げた。
「は、はい、大丈夫、だと思います。今ある私の魔力を全部使えば、治ると、と思います。それでは、失礼しますね」
そう言って、アエラがレグリスのおでこに自分のおでこをこっつんこさせた。
するとみるみるレグリスの腕が生えてきて……。
ええ!? 腕こんな感じで生えて来るの!? アエラすごくない!? ていうか、このにょきにょき生える腕、ちょっとグロイ!
こんな魔法……。これってどこまでの欠損を治せるんだろう?
もし魔力が無限にあったら、結構大きな人体の欠損も治せるんだろうか……?
魔神官からもらえる治癒魔法薬も結構治せるけど、ここまでは……。
そう思って、気づいた。
私は、気づいてしまった。
魔神官の力と、アエラの力は、似ている。
いや、アエラの力は、魔神官の力の上位互換ともいうべき力だ。
そして、あの感情のない人形のような魔神官は、魔王の血で作られていると聞いたことがある。
パズルのピースが噛み合うように、クラークの言葉が脳裏によぎった。
『魔王様の目的は、エルルさんの心臓と、魔王様の血筋の特異な力を使って、ご自身を復活させることですよ』
ああ、どうして今更気づいたんだろう。
漫画で読んで知っていたことなのに、どうして私という馬鹿は今更気づいたんだろう。
聖女アエラ。漫画でも、実際に今この国においても、治癒魔法を使える魔術師なんて、彼女の他にいない。だからこそ、彼女は聖女と呼ばれていたんだ。
そして、漫画のアエラが聖女の力を得たきっかけは、リリシュだ。
妖精の国からやってきたリリシュが、神の力と称して、アエラに何か液体を飲ませて……。
私が、アエラの魔法を見て思いついたとある仮説に呆然としていると、少し離れたところの繁みが揺れた。
「アエラ、ここにいるのか!? 勝手に行動するなと、あれほど……!」
と言いながら、茂みから二人程の人影が現れた。








