氷の貴公子
この国や世界がどうなろうとどうでもいい?
そう言い切ったクラークが、あまりにも自分と違う生き物過ぎて、なんて言えばいいのか分からない。
クラークって奴と、話が出来るように思えない。
私が呆然としていると、クラークの首を掴んでいたレグリスがため息を吐いた。
「……クラーク、おぬしは、ちと頭のネジが飛んでおるのぉ。悪いが、わしはそれほどネジが緩んでおらんようじゃ。……魔王様には、今までお世話になったがの。もう潮時じゃ……。わしも、アナアリアを離反する。お主を殺しての」
レグリスが何か吹っ切れたようにそう言うと、クラークを掴んでない方の手に拳を作って魔法陣を展開したのが見えた。
あの拳をクラークに叩きつけて、殺すつもりなのかもしれない。
それに気づいたクラークが眉間に皺を寄せた。
「四天王ってみんな使えない人たちの集まりなんですね。よく、分かりました」
そう言うと、クラークが着ていたローブの中から、妖精のようなものが飛び出して、クラークの胸ぐらを掴むレグリスの肩に抱きつく。
あれは……!
間違いない! エルル村でユリウスに襲いかかってきた発光体だ……! たぶん、あれは、クラークの作ったホムンクルス!
「レグリス! あぶない!」
私がそう叫んだのと、妖精のような姿をしたホムンクルスが光を発したのはほぼ同時だった。
かりそめの命を自ら燃やすその光の強さに思わず目を閉じる。
そして耳に爆音が響いた。
爆音が鳴りやみ、私は片手を目の辺りに当てて、爆風から目を守りつつ前を向くと、そこには腕を失ったレグリスが跪いていた。
「レグリス!!」
セレニエールの悲痛な叫び声が聞こえてくる。
「あーあ、ほんと乱暴なことはよしてください。僕は戦闘向きじゃないんで。せっかく作った僕のホムンクルスが今日は3体もだめになったじゃないですか」
そう言って、割れたメガネを光らせた軽薄そうな笑みを浮かべるクラークが立っている。
あの爆発で、自分の肌も焼けたらしく、顔の半分が赤く爛れていた。
それなのに、笑みを浮かべるあの様子が、本当に気味が悪くて……。
「リリシュ……?」
突然、場違いな程に澄んだ声が聞こえてきた。
そちらに視線を向けると茂みの中から、黒髪の少女が呆然とした様子で出てきた。
アエラだ……。
なぜ、アエラが、ここに?
あの時エルル村から逃がしたはず……!
まさか、運悪くこのエルル村の近くの森で、また遭遇してしまったということ?
突然部外者がやって来て、しかもそれがアエラで、頭が混乱しながらも、クラークの方を見た。
クラークにとっても想定外なのか、先程までの余裕そうな顔をやめて、アエラを見ている。
クラークが、戸惑ってる……?
今が、チャンスだと思った。
爆炎魔法をぶっ放すチャンス!
セレニエールもレグリスも、もしかしたらアエラも巻き込んじゃうかもしれないけれど、彼らは強いし、このままクラークのペースに任せたままの方が恐ろしい!
私は、印を結ぶとクラークを取り囲むように炎の牢獄を築きあげる。
でもそこで、世界が二重に見えた。そして、吐き気。
あ、これ、あれだ。
貧血……。血を流し過ぎた。
一歩前に進んでよろける。
やばい、倒れる。
くらくらして、でも、せめて、クラークに魔法を一発だけでも……!
でも、だめだ、制御が……。炎、が……。
視界の端に私が築き上げた炎が消えゆくのが見えた。
なんで、なんで……この、タイミングで……!
と思って体が大きく傾いたところで、誰かに優しく抱きとめられた。
そしてひんやりとした空気が辺りを包む。
顔をどうにか上げると、クラークの足元が氷で覆われていくのが見えた。
クラークが余裕の笑みを止めて青ざめている。
そして、クラークの体がどんどん静かに白く染まっていく。
霜だ。
突然肌寒くなる気温に、私は希望を見つけて、私を支えてくれている人へと目を向けた。
「ユ、ユリウス……!」
「エルル、すまない。遅くなった」
そう言ったユリウスは、私を支えながらも、クラークを鋭く睨んでいた。
ユリウスだ!
セレニエールの魔法を破って来たの?
それでここまで来てくれたの?
「ユリウスさん、邪魔を、しないでくださいよ」
弱弱しい声でそう言うクラークの声が聞こえて私もクラークに視線を向けた。
クラークが、下半身を凍り漬けにされながら、青白い顔で奇妙な程の笑顔を顔に貼り付けていた。
「ユリウスさんは魔王様の魔法陣を見たのでしょう? なら、あなた程の人なら分かるはずです。魔王様の素晴らしさに。大人しくエルルさんが心臓を捧げてくれれば、その魔王様の素晴らしい力の片鱗を見ることが出来る。魔術を愛したあなたなら、僕の気持ちも分かるでしょう? 僕たちは、魔術の探究者です。そこに未知のものがあるなら、見たいと思うでしょう?」
そう言ったクラークの声は震えていた。
おそらく寒さからくる生理的な震えだろう。
すでにクラークの腰より上が氷に覆われている。
「勝手に私をお前の同志扱いするな」
ユリウスが冷たく返す。
その言葉にクラークの表情が固まる。
でも、辛うじて口角を上げて、あの薄気味悪い笑みを浮かべた。
「ハハ、残念ですよ。本当に……」
そうクラークが小さく呟くと、氷がクラークの顔の辺りまで覆って、そして全身氷漬けになった。
そんな氷像のようなクラークにユリウスが軽く手で触れると、クラークを覆った氷塊は、クラークごと綺麗に砕け散った。
「ク、クラーク、死んだの?」
戦争にも出たこともなく、目の前で誰かが死ぬ瞬間を見るのが前世含めて初めてだったわたしは思わずそう聞いてしまった。
「いや、あれは人ではなかった。クラークとやらはおそらく擬似生物を作る魔法を使う魔術師なのだろう。先程わたしが壊したのは、奴の魔法で作った擬似生物に違いない。本物は、おそらく魔王城にいる」
ええ!? あれもホムンクルスだったの!?
「それよりもエルル、君は人の心配をしている場合ではない。血を流し過ぎている」
ユリウスにそう言われて、顔を上げる。
目の前にユリウスの端正な顔があった。
心配そうにわたしの腕を見ていて、なんだか妙に恥ずかしくなった。
「べ、べべべ、べつにこんなの大したこと……」
ないんだからね!
と言おうとしたら、再び眩暈におそわれた。
足に力が入らず、ほぼユリウスの腕に支えられているような感じだ。
どうしよう。
力が、出ない……。
「あの、よろしければ、その腕の傷、私が治しましょうか?」
視界がぐるぐる回り始めて、これは意識を失う5秒前、とか思っていると、恐る恐るという様子で、そう声を掛けてくれる人がいた。








