現四天王第四位クラークの狂気
「綺麗なお姉さんに相手にされなかったからって拗ねないの、坊や」
ピリピリとしたムードの中で、セレニエールの妖艶な声が響いた。
「自分で綺麗なお姉さんなんて言って恥ずかしくないんですか? まあ、そんな恰好してて恥ずかしくない痴女なんですから、羞恥心がないのでしょう。レグリスさん、早くこの下品は女をどっかにやって、エルルの心臓を持ってきてください。ぼく、戦闘系は無理なんで。お荷物さんにお任せしますよ」
クラークが今度はレグリスにそう言うと、先程までずっと黙って腕を組んで成り行きを見守っていたレグリスが前に出て来た。
セレニエールが、一歩下がる。
どう考えても、セレニエールとレグリスだと相性が悪いというか、セレニエールは戦闘向きじゃないし……純粋な戦闘力を誇るレグリスを前にすれば、勝ち目がない。
……よし、どうやら私の出番のようだ。
「セレニエール、どいて! 私がやるわ! セレニエールのおかげで、魔法が使えるし!」
私は私を庇うように前にいるセレニエールの背中に向かってそう声を掛けたけれど、セレニエールは振り返らない。
「逃げなさい! あんたの下手な魔法じゃ、レグリスには敵わない! それに、あんたは血を流し過ぎてる。私が時間を稼げる間に、まっすぐ西へお行き!」
「でも!」
と言っていると厳しい顔でこちらを見るレグリスが、勝ち誇ったように笑みを浮かべるクラークとセレニエールの間に入って来た。
そして、その太い腕を振るって……。
「……ぐ!」
とクラークの口から苦しげな息が漏れた。
ええ!?
なんかレグリスが、クラークの首を掴んで持ち上げてるんですけど!
「お主、魔王様を、見たのか? あの、魔法陣を……知って、おったのか?」
クラークにそう尋ねるレグリスの声は小さく、少し震えていた。
その小さな声で呟かれた魔法陣と言う言葉に、私もどきりとした。
レグリス、魔王のこと、知ってたの?
すると、クラークが面白そうに眉を釣り上げる。そしてニヤリと言った感じで笑った。
「おやぁ? まさかお荷物さんも、魔王様のことを知ってるんですか? まあ、あそこのザルな警備はお荷物さんのお仕事でしたもんねぇ」
首を掴まれて、普通なら話すことさえできないほど苦しいはずなのに、クラークはそう平然とした様子で答える。
「魔法陣……?」
訝し気に呟くセレニエールの声が聞こえる。
どうやらセレニエールは、魔王の正体は知らないみたいだけど、あの会話の感じだと、クラークもレグリスも、魔王の正体……魔王が魔法陣だってこと、知っている?
「だが、なぜエルルの心臓を求める? 魔王様は、エルルの心臓で、何をしようとしておるのだ……?」
クラークの喉を掴む側のレグリスの方が苦しげな表情で、そうクラークに尋ねた。
「それ言ったら、この手を放してくれます?」
飄々とそう答えるクラークに、レグリスは迷うように視線を下に向けた。
「……この手を放すかどうかは、話を聞いてみんことには、分からん」
「はあ、なんですか、それ。面倒な人だなぁ。まあ、別に僕は隠してるわけじゃないんで、別に言ってもいいですけど」
と、面倒そうに答えるクラークが、奇妙過ぎて怖い。
だって、喉を掴まれて持ち上げられてるのはクラークの方なのに、なんであんなに余裕そうなんだ。
その気味の悪いクラークが、仕方ないなぁという感じでふうと軽く息を吐いてから、口を開いた。
「じゃあ、言いますけど、魔王様の目的は、エルルさんの心臓と、魔王様の血筋の特異な力を使って、ご自身の体を復活させることですよ。今まで誰も成し遂げたことがない奇跡を成そうとしているんです。それはもう素晴らしい奇跡ですよ。だから、邪魔しないでください。あなたは今までと同様に魔王様の従順な僕らしく、魔王様のためにさっさとエルルさんの心臓を取って来てください、お荷物さん」
クラークにそう言われて、目を見開くレグリス。
そして私もクラークの言葉に絶句した。
だって、魔王の復活なんて、そんなもの……!
「どう言うこと!? 魔王の復活!? なにそれ、そんなの、ありえない! だって魔王なんて、存在しないじゃない! 私、この目で見たもの! 魔王は、ただの魔法陣だった! ただただ、魔法に支配された国へと導くための魔法陣だった!」
私が思わずそう叫ぶように言うと、クラークが面白そうに私を見た。
「ハハハ、やっぱり魔王様の魔法陣をエルルさんも見たんですね? まさか、それで逃亡を? バカだなぁ! ぼくだったら、こんな奇跡の力の一部になれるのだとしたら、心臓ぐらいいくらでも差し出せるっていうのに!」
クラークが興奮したようにそう言って天を仰いで笑い始めた。
なにこの人こわい。
狂ってる。
私があまりのクラークの狂人ぶりに絶句していると、クラークが再び口を開いた。
「魔王様は復活しますよ。確かに、今はただの魔法陣です。でも、よく考えてください。魔法陣があるということは、あの偉大な陣を描き上げた天才がかつてこの世にいたということ! その天才こそが魔王様の正体です。魔王様は、後の世に自らが生き返るように調整に調整を重ねて、アナアリア王国を建国されたんです! 素晴らしいでしょう? 彼は自分の理想の世界を作るための礎となる魔法陣を作り、そしてその世界の神となるために自らの蘇生さえも視野に入れ、アナアリアという国を作ったんですよ! 素晴らし過ぎて僕は頭がおかしくなりそうです!」
と言って、まだレグリスに首を掴まれたままだっていうのに狂ったように笑うクラーク。
すでに、頭がおかしいと思うんだけど!
「な、なんで、あんたはそんなに、嬉しそうなのよ! 魔王っていうのが、あの気味の悪い魔法陣を作った人っていうのなら、魔王ってやつはイカレてるじゃない! だって、だって、私たちのことをただの魔法を発展させるための道具だと思ってる! いいように使える人形か何かだと思ってる! そんな奴が、復活したらどうなるの? あんたはあの魔法陣が描くような……人が魔法に支配された世界でいいって、思ってるの!?」
「魔法に支配された世界? はは、そんなのどうでもいいじゃないですか! 僕はねぇ、とってもゾクゾクしてるんです! 人体蘇生ですよ!? 僕がしているようなホムンクルスの作成なんかとはわけが違う! 僕は、その魔法の奇跡がこの目で見られればそれだけで満足なんですよ。それでこの国や世界がどうなろうと、どうでもいい!」
狂気の光をその目に宿したクラークがそう言い切った。








