魔王様の目的
セレニエールの言葉に不機嫌そうに眉を顰めたクラークが口を開いた。
「それって、魔王様の命令にありました? 魔王様は、エルルさんの心臓を傷つけずに持ち帰れと言ったんです。つまり、心臓さえ綺麗な状態で手に入れば、別に生かしておく必要はないんですよ」
「……でも、殺せとは言ってないわ。長年魔王様にお仕えしている、この四天王第二位の私も口添えするのだもの。魔王様も許してくださるわ」
セレニエールがそう言うと、クラークの目が見開いた。
そして、右手を自分の口元に持って行くと、顔を下に向けて肩を震わせた。
「くっ、くく……」
肩を震わせたクラークから、そんな噛み殺すような笑い声が聞こえたかと思うと、「はは、ははは!」とそれはどんどん大きな声になって、クラークも顔を上げて、目に溜まった涙を拭うような仕草をした。
「ハハ! だめだ、堪えられない。面白過ぎて! セレニーエルさん、まだそんなこと言ってるんですかぁ? ハハハ、本当に四天王の方々ってバカが多いんですねぇ!」
そう言って、クラークが狂ったように笑い始めて、思わずあっけに取られて彼を見た。
なにこの人、怖い。
そう言えば、漫画のクラークってこんな感じだった。目的のためなら手段を選ばないようなやつで……。たまに、ひいひい笑い始める感じで。
「そのうざったい笑い声をすぐに止めなさい!」
セレニエールがそう言うと、クラークは笑い声を止めて、私を見た。
セレニエールじゃなくて、私を。
「魔王様の崇高な目的がまだ分からないんですか? 生きたままエルルさんを連れ帰ったとしても、どうせその場で殺され、心臓を取られるだけですよ! だって、必要なのはその、魔力を無限に生み出すエルルさんの心臓だけなんですからね!」
「魔力を無限に……!?」
そう言って、セレニエールが、振り返って私を見る。
私は、ユリウスの言葉を思い出していた。
ユリウスは、私の魔力が尽きない体質について、魔力の永久機関だと言って、魔王にばれれば、連れ戻されるかもしれないと言った。
そして多分、魔王は、すでに私が特異な体質であることを知っている
だって、私、魔王に言われて変な実験をさせられてた。
四天王第4位、魔術の研究機関のトップになった私に命じられた仕事は、ただただ自分の魔力を使い続けることだった。
私の魔力をずっと放出させるだけの実験。
あの実験は、私の心臓が、魔力の永久回路であるかどうかの確認作業だったんだ。
魔王は、本当にちっとも私のことなんて愛していなかった。
私は魔王にとって、ただの実験体かなんかだったんだ。
まあ、そうだよね。
だって、魔王って言うのは、魔法が支配する世界にするための最適解を出すただの魔方陣にすぎないんだから。
分かっていたことなのに、もう十分分かっていたことなのに、何度も思い出しては悲しくなる。
「いやー、先程森を一部焦土にしたエルルさんの力を見て、思わず興奮して震えてしまいましたよ! ただの魔力の圧だけで、ぼくのホムンクルスの捨て身の一撃を止めるんですからね。エルルさん、おとなしく魔王様のためにその心臓を捧げてください」
クラークがメガネを光らせて、そう言った。
表情が読めなくて、怖くて、思わず一歩下がる。
「……魔王は、エルルの心臓をどうするつもりなの?」
セレニエールの口から硬い声が漏れた。
問いかけられたクラークはニヤリと笑う。
「無限の魔力と、魔王の血筋の特異な力が手に入れば、絶対に不可能と呼ばれた魔法の奇跡を起こすことができるんですよ」
「絶対に不可能な魔法……?」
「さあ、もういいでしょう? 魔王様の目的は、そういうことなんで、心臓さえあればいいんです。セレニエールさん、エルルの心臓を抉ってください。綺麗にね」
クラークにそう言われたセレニエールが、びくりと肩を揺らした。
そして、ゆっくりと振り返って私を見た。
まっすぐ私を見ているセレニエールと目が合う。
どうしよう。逃げなきゃ。
私、死にたくないし、それに死んだ後に、自分の心臓がよくわからないことに使われるのもいやだし……!
そんなことを考えながらセレニーエルの目を見ていたら、ゾクっとした。
そして、そのゾクっとした瞬間にまた別の不快感に包まれる。
体が、動かない。
これ、まさか、セレニエールの魔法?
セレニエールの指先に小さな魔方陣が描かれていた。
動かなきゃと思うのに、声すらも出なくて、そしてセレニエールがどんどん近づいてくる、
そして、セレニエールは私の首にはめられている魔封じの首輪にそっと手をおいて、そしてそのまま、その首輪に指を這わせた。
ーーージャラ。
え?
私の魔法を使えなくしていた鎖が、ジャラジャラと音を立てて、地面に転がる。
そして、突然軽くなる体。
体に感じる魔力の流れ。
もしかして、私、魔封じの鎖を外された?
何が何だか分からなくて、顔を上げると、セレニエールがその形のいい唇を開く。
「エルル、逃げなさい」
「へ?」
思ってもみない言葉が聞こえて、思わず変な声が漏れた。
しかしセレニエールは、そんな私に構わずに再び私に背を向ける。
「無限の魔力を生み出す心臓に、魔王様の目的? クラーク、アンタの話は、よく分からないけど、分かったわ。……でも、悪いけど、エルルを殺すっていうのなら、アナアリアには連れて行かない」
毅然とした声でセレニエールがそう言うと、私を守るように両手を広げた。
な、な、な、なんでセレニエールがそんなことまでしてくれるの!?
「セレニエール、な、なんで……!」
私は思わずそう呟いたけれど、セレニエールは何も答えなかった。
「セレニエールさん、あなたって、バカだったんですね。残念です」
眉を寄せたクラークが、煩わしそうにそう言った。








