捕らわれのエルル
「ちょっとぉ! これどういうこと!? クラーク!!」
私の隣にいるセレニエールがそう金切り声を上げた。
なんだかとっても荒ぶるセレニエールだけど、気持ちは分かる。
四天王の奴らに捕まって、転移魔方陣でアナアリアに帰るのかと思ったら、転移先はなんの変哲もない森なんだもの。
アナアリアには全然見えないし、と言うか、若干この森見たことある気がする。
これ、エルル村の近くの森じゃない?
「やられた。僕が作った転移魔方陣がいつの間にか細工されてます。この魔力の痕跡はおそらくユリウスさんですね。本当に器用人だなぁ、ユリウスさんは。流石四天王第一位って感じ。これは転移魔方陣を編み直さないと……」
と言ってひ弱メガネがため息を吐いた。
お、ユリウスったら、いつの間にかあいつらの転移魔方陣にまで細工してたらしい。
やりおるではないか。流石は我がエルル村の住人よ。
「あやつは本当に便利なんじゃよ。なんでもできるしのう。流石は四天王の第一位、わしが認めた男だけはあるよのう」
「あの、お荷物さん、すみません、のんびりそんなこと言ってないで、この転移魔方陣の編み直し手伝ってもらってもいいですか?」
ひ弱メガネがメガネをくいっと上げてから、レグリスに向かってそう言った。
「まさか、お荷物さんってわしのことか!?」
「他に誰かいますか?」
と煽っていくクラークに衝撃を隠しきれない表情を浮かべたレグリスだったけれど、反論できなかったのか、とぼとぼと歩いて転移魔方陣の手伝いを始めた。
なんだか悲しき上下関係が誕生した瞬間を見たような……。
ま、まあいいわ。
あの二人が協力してアナアリア行きの転移魔方陣を組み直していくとしても、まだ少し時間が掛かるはず。
その間にどうにか逃げられないかな……。
と思いながら首に巻かれた銀色に光る鎖を見る。
これ、魔法使いが魔法を使えないようにする首輪だ。
肝心の魔法が封じられたのだ。
魔法が封じられた私。
魔法が使えない私なんて、ただの美少女じゃないか!
て言うか右腕がジンジン痛い。
謎の発光体を魔力の放出だけで防いだ後遺症が未だにまだ痛いのだ。
セレニエールが、なんかきれいな布を巻いて応急処置みたいなことはしてくれたっぽいけれど。
「エルルったら、そろそろその心臓にある物騒なナイフはしまいなさいよぉ」
転移魔方陣に勤しむ二人を私の隣で眺めていたセレニエールは、そう言ってこちらをちらりと見た。
セレニエールは私の見張り役らしい。
私は怪我していない左手で持ったナイフを改めて力強く握った。
四天王の三人が来た時、クラークが、私の心臓を傷つけないようにっていうことを言っていたので、私の心臓には価値があると踏んで、心臓を人質にエルル村には危害を加えないように約束してもらったのだ。
正直ちょっとした賭けだったけれど、私の心臓を人質に取られた三人の四天王は、私の要求を呑んだ。
私の心臓はそれほどに重要らしい。
いったい私の心臓がなんだというのだろう。
「ふん、そんな甘言に耳を貸す私じゃないんだからね!」
「ふーん。あなたも変わったわねぇ。あんなただのガイア人のために、そんなことまでするなんて。それに、腕まで犠牲にして」
セレニーエルにそう言われて私は改めて、布を巻かれた自分の右腕を見た。
血が滲んできている。
「ただのガイア人じゃないもの。みんなエルル村の村民だし、特別だもん。ユリウスだって……」
「特別? まさか魔王様一筋のあなたが魔王様以外の特別をつくるなんてねぇ。それよりその腕、本当に痛そうねぇ。早くアナアリアに戻って魔神官に治癒の魔法薬もらわないと」
そう言って、本当にセレニエールが心配そうにわたしの腕を見た。
なんかセレニエールが妙に優しい気がして調子が狂う。
アナアリアにいた時も、セレニエールって、何故かよく私に絡んでくることが多かった。
誰もが魔王様一番で、人間関係が希薄なアナアリアではそれってとっても珍しいことで……。
でも、確か漫画でも、エルルを気遣っていた四天王ってセレニエールぐらいなんだよね。
漫画のエルルが倒されたと聞いた時「バカなエルルがやられたようね」と言って、涼しげだったけれど、そのあと静かな怒りと共に聖女たちを追い詰めていた。
漫画のエルルを倒した功労者であるローランに幻惑の魔法を掛けて倒したのも、セレニエールだし……。
「すみません、お荷物さん、そこの魔方陣の書き換えはもういいです。これで完成ってことで」
私が、セレニエールのことを考えていると、クラークとかいうひ弱メガネの飄々とした声が聞こえた。
ええ!?
もう転移魔方陣の書き換え終わったの!? 早くない!?
「何を言っているんだ、クラーク。まだだろう? これでは一人分しかアナアリアに転移できんぞ」
レグリスがそう言うと、さも当然のようにクラークが頷いた。
「全員が一度に転移しなくてもいいんですよ。僕一人が、捕らえたエルルさんをアナアリアに運べばいいんですから。お二人は、後程自分で転移魔方陣を作って帰ってきてください」
そう言われたレグリスが、少し不満そうに眉を顰める。
そして、優雅に切り株に座っていたセレニエールが立ち上がった。
「クラーク、もしあなたが最初にエルルと一緒にアナアリアに帰るとして、そうなればエルルの分も含めて少なくとも二人分の容量は絶対に必要よ。でも、その転移魔法陣は、どう考えても、一人分しか転移できないように見えるのだけど?」
セレニエールの鋭い言葉に、クラークはニヤリと笑った。
「ああ、いいんですよ。一人分で。エルルさんの心臓を運ぶ人が、一人転移できればそれでいいんですから」
私の心臓を運ぶ人が一人転移転移できればいい?
それって、それってつまり……。
私の心臓がドクンと脈打った。
つまり、私を殺して心臓だけ、運ぶつもり?
心臓に当てたナイフを握る手にさらに力を込める。
一体、何に利用されるのか分からないけれど、悪い予感しかしない!
「い、い、い、言っとくけど! 私になんかしたら、その時点でこの手元のナイフで私の心臓なんてブスリなんだからね!」
私は慌ててそう言ってみるけれど、私になんかしたら私の心臓ブスリってなんかどっちにしろ私死ぬんですけど……。
私が自分で言ったことに絶望していると、セレニエールがクラークと私の間に入って来た。
「そんなことさせないわよ。エルルは、ちょっとバカをしたけれど、魔王様に謝って、元通り四天王の一人に戻してもらうんだから」
なんかセレニエールがかばってくれた!!
私を後ろにかばうセレニエールに眉を顰めるひ弱メガネ。
ピリッと四天王の間に緊張が訪れた。








