弱さに付け入る魔法
痛くない痛くない、私は泣かない痛くないし、それに私大人だし、大人は泣かないって聞いたことあるし……!
と私が、一生懸命涙を堪えていると。
先程まで心配そうに私の腕を見ていたユリウスが、悲壮な顔で私を見上げた。
「私が無事なら良いだと? こんな怪我をして、何も、良いことなどない!」
ちょちょぎれそうだった涙が、ユリウスの怒声で吹っ飛んだ。
な、なんか、めちゃくちゃユリウス怒ってる……!
ビックリして声が出ないでいると、ユリウスが私の肩を掴んだ。
目の前にユリウスの真剣な顔が。
「どうして私の言うことを聞いてくれないんだ! 聖女と呼ばれていた怪しいやつらを逃し、私をかばうような真似までして! エルル、君が狙われているんだぞ!」
「そ、そんなこと言ったって、アエラは……聖女は、悪い人じゃないし、それに、ユリウスだって、アエラや王子達のこと、ちょっと気に入ってたじゃない! それに、さっきだって、私が行かなかったら、ユリウスが危なかった!」
「私のことはどうでもいいんだ!」
「ど、どうでもいいことないでしょ!? あのまま私が動かなかったら、ユリウスが危なかったんだから!」
何言ってんのよユリウスと言う気持ちで、私も声を荒げた。
どうでもいいことなんて、全然ないんだから! あのままだったら、無防備なところにあの塊がぶつかってユリウスが大怪我してたじゃない! 最悪命だって……!
そう思って、ユリウスがいない世界を想像して胸が苦しくなった。
私、そんなの嫌だもん!
そんな、ユリウスがいない世界に比べたら、私の腕の1つや2つどうってことないし! それに腕はどうにかすれば治せるし! 多分!
「愚かな! 君は、なんでこんなバカみたいなことをするんだ! いいから、エルルは大人しく私に守られていればいいんだ!! ただ私の言う事を聞いていればいい! そうすれば安全なのになぜ分からない!?」
はあ!?
守られていればいい!? 私の言うことを聞けって……! そんなの! そんな言い方!
私がユリウスを心配して頑張ったことは、余計なことだって言いたいの!?
「何よ、それ! 私は、ユリウスに守られてばかりの存在じゃない! ユリウスに守られて、ユリウスの言いなりなんて……魔王に騙されていたあの時の私と一緒じゃない! 私はアナアリアにいた時のように、誰かの言いなりに動いて満足しているような人形じゃ無いんだから!」
私がなんだか無償に腹立たしく感じてそう言うと、ユリウスの目が見開いた。
私の言葉と、そして先程自分が私に言った言葉に驚いているようなそんな様子で、瞳を揺らす。
そんなに狼狽えたユリウスを見るのは初めてで、先ほどまでの憤りも忘れて私も驚いていると、突然ユリウスが私に覆いかぶさってきた。
え、ちょ、こ、こんなところで抱きつくなんて!? あと、腕痛い!
と思ったけれど、ユリウスの全体重をかけた抱きつきにそのまま私は押しつぶされた。
いや、これ、抱きついてきたんじゃ無い。
ユリウス、倒れてる!?
私がユリウスをどうにか横に倒して彼の顔を見る。
眠ってる? 息はしてるけれど、目をつむり意識が無い様子のユリウス。
これは一体?
「うふふ! やったわ!! まさか幻惑の魔法があのユリウスに効くなんて!!」
ユリウスの魔法で地面に縛り付けられていたはずのセレニエールの嬉しそうな声が聞こえた。
思わずセレニエールのいる方に振り返ると、ゆっくりと体を起こすセレニエールが見えた。
そして、再びユリウスに視線を戻す。ユリウスは、目をつむったまま動かない。
幻惑の魔法?
ユリウス、幻惑の魔法に掛かったの?
幻惑の魔法って、確か、漫画のローランが、セレニエールに掛けられた魔法だ。
強制的に眠らせて幻を見せる。眠っている間に見せられる幻惑に負ければ、セレニエールの望むままに動く生き人形になる魔法……。
どうして、ユリウスが?
幻惑の魔法は、心の弱さに付け入る魔法だ。
ユリウスほどの魔法使いなら、ほぼほぼ掛かることのない魔法だ。
だって、ユリウスは、四天王最強で、自信に満ちていて……。
幻惑の魔法は、心に弱さがないと効かないはずなのに!
ユリウスが意識を失ったタイミングで、先程セレニエール達に掛けられていた重力魔法が解かれたらしく、セレニエールを始め、残りの二人も立ち上がった。
「幻惑魔法に掛かるなんて! うふ、運がいいわ。エルルがケンカしてくれたお陰かしら? ユリウスに隙ができた! ありがとう、エルル」
そう言って、セレニエールが、腕を組んだ。
レグリスも、立ち上がって、腰を労るようにさすっている。
クラークも起き上がって、面白そうに私が焦土にした森を見ている。
「さ、家出の時間は終わり。エルル、帰るわよ。魔王様には私も一緒に謝ってあげるから、また四天王に戻らせてあげるわ」
セレニエールが勝ち誇ったような笑顔を浮かべた。








