婚約者と会うけど婚約破棄したい
「エルル様、本日は、ユリウス=エルドラード=グリフス様との会食の日ですよ」
カンナは朗らかな笑顔でそう言った。
先日の騒動のあと、私の態度がなんだか温和になったことで、カンナも朗らかに接してくれるようになった。
あ、というか、ユリウスとの会食!?
「今日だった? ユリウスとの会食……?」
「さようでございますよ」
カンナの笑顔を見ながらユリウスのことを思い出した。
ユリウスとは、同じ四天王だというのに、直接言葉を交わしたことがない。
まあ、私が四天王になったのは最近なので、そのせいもあるけれど、ユリウスは魔王軍四天王のトップなので、そう易々と会えないのだ。
でも、ユリウスの存在はよく知ってる。
というかアナアリアに住む人はみんな彼のことは知っている。
だって、彼は、四天王最強の魔術師にして、そのお顔の美しさたるや神のごとき美青年と評判なのだ。
前世の記憶を得る前の私も、こっそりひそかに憧れていた。
もしかしたら、私の婚約者になってくれるかもと夢想もした。
そして実際婚約者には選ばれたけれども、その知らせを受けたと同時に、前世の記憶がよみがえった私は、もう彼に憧れを抱けない。
だって、あいつ、私が死んだら……
この四天王の面汚しが!
って言うんだよ!?
仮にも婚約者だった私に、だよ!?
まあ、確かにアナアリアに恋愛という概念はまったくなく、結婚するにしても、魔力の相性や強さで魔王様が相手を選んでくれる。
だから彼はエルルを全く愛していなかったのだろう。分かるけれども、当然といえば当然かもだけど。
許せん。
だいたい、ユリウスに、四天王の面汚しが! とか言われたくない、
だってユリウスは、前世で読んだ漫画の物語の後半で、主人公の聖女アエラに命を救われて、その時に一目惚れをしてしまう。
その時は命の恩人が聖女とは知らなかったけれど、そのうち聖女だと知っても、想い続けて、結局はガイア王国側に寝返るのだ。
そう、つまり裏切る。
どっちかというと、ユリウスの方が四天王の面汚しじゃない!?
エルルはちゃんと戦って散ったけれども、お前裏切るんやないかーい! って感じでしょ!?
お前の方が面汚しだよね!? そうだよね!?
「エ、エルル様、どうされましたか?」
心の底からふつふつと沸いてきた怒りに息を荒くしていると、カンナが心配そうに声をかけてくれた。
「ごめん、カンナ。ちょっと、興奮して、我を忘れてたわ」
「え!? 興奮!?」
カンナは私が言ったこととは違う想像をしたのか、顔を赤らめた。
いや、そういう興奮じゃない。
とりあえず。
「行くわよ。だって、魔王様が用意してくださった場なんですから」
そう言って私はお気に入りの赤いドレスを身に着けるべく、ベッドから出たのだった。
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そしてユリウスとの会食が始まった。
丸い四人掛けほどのテーブルに、私とユリウスが座る。
テーブルの上に広げられたアナアリア特有の薬みたいな匂いを放つまずい食事を食べつつ、こっそりとユリウスを盗み見る。
本当にきれいな顔をしている。
癖のない金の髪に、冷ややかなブルーの瞳。
肌は白くて、細身に見えるけれども、シャツ越しでもわかる男性らしい体つき。
22歳で、この国の最強の魔法使いの名をほしいままにする天才。
綺麗にナイフとフォークで食事をしていく彼からは、高貴なオーラを感じずにはいられない。
正直に認めよう。やっぱり、かっこいい。
私は目の前の美丈夫を前に、素直にその美しさを讃えた。
漫画でも、前世の私は結構、彼が好きだった。
敵国の聖女に初めての恋をしたユリウス。
その切ない彼の思いを応援もした。
でも、それは、前世の私の話。
「どうした? 何か言いたいことでもあるのか?」
こっそり盗み見ていた私の視線に気づいたらしいユリウスが、私のことを迷惑そうに見ながら声をかけてきた。
「べ、別に! き、綺麗に食べるなぁと思っただけよ!」
どもどもと、そう答えると、ユリウスは不思議そうに首を傾げてから、すぐに食事に戻った。
いけないいけない、さすがに見過ぎだったか。
私も慌てて、素知らぬ顔で食事に戻る。
この二人の食事会が始まる前に、少しだけユリウスと今後の私たちの話をした。
魔王様に決められた婚約者である私たちは、本来なら早急に子作りをしなくてはいけない。
より素晴らしい子供を作るために、魔王様が選んでくださったのだ。
でも、私も、ユリウスも、魔王軍の四天王の一人。
現在隣国のガイア王国との戦争中でもあるので、子作りをしている余裕はない。
だから、この戦争が落ち着いてから子作りをするということに話し合いの結果決まったのだ。
私は心底安堵した。
そりゃあ、ユリウスはかっこいい。
今までだって憧れていたし、前世では萌えていた。
でも、こいつは、裏切るし、私が死んでも、面汚し呼ばわりだ。
絶対に許せん。
こんな奴とは、結婚したくないっ!
婚約なんぞ破棄だ!
……でも、この婚約を破棄するってことは、つまり、魔王様を裏切ることになる。
婚約者は魔王様が、お決めになったことだから。
婚約を破棄なんて、その魔王様の決定に逆らうということ。
敬愛する魔王様に逆らうということ......。
私は未だに、魔王様を、やっぱり、愛している。
だって、そういう風に育てられた。
施設の中で、毎日魔王様に祈りを捧げて、魔王様に感謝して、魔王様に愛されていると思って生きてきた。
前世の、記憶を得て、魔王様が私に、いや、この国の住民全てに、洗脳のようなものを施しているのだなってことはわかっている。
多分、魔王様は、私のことを愛してくれていない。だいたい、会ったこともない。
本当に愛しているのだとしたら、私の眼の前に現れて、頭を撫ででくれるものじゃないだろうか。
よくやった。お前の四天王としての働きを期待している、とかそういう風に直接声をかけてくれたっていいのではないか。
もしかしたら、魔王様は、本当はいないのかもしれない。
魔王様が、本当に存在しているのかどうかすら怪しい。
魔王様とやり取りができるのは、魔神官様方のみ。
魔神官様方が、代弁者として、魔王様の決定事項を国民に伝えてくれる。
その言葉を魔王様の言葉だと信じて、生きてきた。
私はずっと、その言葉のために、魔王様のために生きてきた。
四天王になるために行った血の滲むような努力も、すべて魔王様にもっと、もっと、愛されるために……。
「話で聞いていた感じと違うな。噂では、うるさい女だと聞いていたが……。体調でも悪いのか?」
ユリウスが、食事の手を止める私に気遣わしげに声をかけてきた。
へえ、こんな風に気遣うことができるのか。
ユリウスは将来有望な四天王の面汚しだけど、悪い人ではないのかもしれない。
「ユリウスは、魔王様にお会いしたことがある?」
「お会いしたことはない。お会いできるのは魔神官様のみ。……なぜそのようなことを問う」
そう言った、ユリウスの目には、不信の色が見えた。
それもそうだ。魔王様にお会いしたことがあるかどうかなんて、そんなことを聞くなんておかしい。私たちはそんな大それたことを考えてはいけないんだ。
そういう風に教育されて生きてきた。なんの疑問も持つことなく、魔王様が造られた秩序の中で生きていくように育てられた。
「なんとなく、よ」
私はそう答えて食事に戻った。
訝しげに私を見るユリウスの視線を感じる。
それでも。
私は魔王様に会いに行くことを決めた。
ブクマ&評価&読んでくださってありがとうございます!
ココでお知らせなのですが、実は第一話で転生前の描写を軽く書こうと用意していたのに、
載せるのを忘れてて…転生前の時の描写を冒頭に加筆してます。
すみません! 載せ忘れるなんて、なんてそそっかしいんだ!
気を付けます……。
今後もよろしくお願いします!