暴走するユリウス
アナアリアのセレニエールと剛腕のレグリスが見えて、思わず呟いた私の一言は、後ろにいた聖女一行にも届いて、彼らをざわつかせた。
「誘惑のセレニエール? 魔王軍の副官だった女か……!?」
そうゴレアムが言うと、彼も窓から外を覗き見る。
そして、セレニエールの姿を確認すると、「私は以前、戦場で彼女の姿を見たことがある。あれは間違いなくセレニエール……!」と唸るように呟いた。
ええ、おっしゃる通り、あれはセレニエール。それにレグリスもいる。あともう一人のひ弱そうなメガネは知らないけど。いや、どこかで見たことがあるような……うーん、思い出せない。
でも、なんで、セレニエール達がここに?
何しに来たの? 私たちを追って? どうして、場所が分かったの……?
「ははーん、分かったわ! あんた達! 私たちをはめようとしたのね! アエラ! あいつらの言うことなんて信じちゃだめよ! こうやって、人を集めて私たちを殺すつもりなんだわ!」
そう甲高い声が聞こえて、思わず振り返った。
妖精のリリシュが、頬を膨らませつつ腕を組んで、私たちを睨んでいる。
え、まさか私とユリウス、疑われてるの……?
ユリウスが、警戒するように、私と聖女たちご一行の間に入った。
私はそんなユリウスの背中の横からひょいと顔を出す。
「な、なに言ってるのよ! あいつらは私達と関係ないわよ! 私だって、なんでここにあの二人が来てるのか分かってないのに……!」
「ふーんだ、そんなこと言っても信じられるものですか! 実際、ここにアナアリアの四天王全員が集まってるじゃない!」
リリシュの言葉に、聖女ご一行の皆の顔色が悪くなる。
「そんなことないはずです! 彼らからは悪い感じはしない!」
聖女はそう言ってくれているけれども、他のメンバーの険しい顔は変わらない。
「……今までのやり取りは、罠だったのか?」
王子が、ユリウスを見つめてそう問いかけた。
「だから、こんなの知らないって言ってるじゃない! ほら、ユリウスもなんか言ってよ! あの人達、私たちのこと疑って……って、ちょっと、ユリウス?」
ユリウス、なんて顔してんの。
今までに見たことないような憎悪に満ちたような瞳で、ユリウスは聖女たちを見ていた。
思わず背筋が凍るようだった。
それほどの怒りを感じた。
「お前たち、アナアリアとつながっていたのか……! よくも、我らの居場所を……!」
そうユリウスが怒りをにじませて低く吐き捨てるように言うと、ユリウスの体から魔力の風を感じた。
あのユリウスが、怒りのあまり自分の魔力を暴走させてる……?
「ユ、ユリウス、落ち着いて……」
そう言って、ユリウスの腕を取ろうと、手を伸ばしたけれど、暴走したユリウスの魔力の圧のせいで、ユリウスに触れられない。
「お前たちは、全員、殺してやる……」
ユリウスから、ものすっごい不穏な言葉が漏れたのと同時に、ユリウスの体の周りに漏れていた魔力の風が、ものすごい圧力を伴って、吹き荒れた。
踏ん張らないと立ってられないぐらいの圧。
料理長自慢の料理の数々も、テーブルクロスと一緒に飛んで行った。
ユリウス! 食べ物を粗末にするなんて!
と言うか、このままだと、本当にアエラ達、殺されちゃう!
なんかユリウスは、アエラ達のことを疑っているみたいだけど、アエラ達はそんな子じゃない。
ここで、死んじゃいけないんだ。
私は、吹雪に耐えるように構える聖女たちを見て、「逃げて! 早く!」と声を張り上げた。
どう考えても、この状態のユリウスを倒せるほど、聖女たちはまだ強くない。
風の圧に耐える聖女ご一行の中で、一人だけすっと前に舞い飛んできた。
妖精のリリシュだ。
軽そうな彼女はすぐにでも飛ばされそうだけど、もともと妖精族であるリリシュには、どうやら魔力の流れで生まれる圧の影響がないみたい。
リリシュは、アエラの前に出て、まるで守るように両手を広げて、ユリウスを睨んだ。
「アエラ! ここは私が引き受けてあげる! 皆と逃げて!」
「で、でも、リリシュ一人になんて!」
リリシュの言葉に、アエラがそう声を掛けるけれど、リリシュは振り向かずにユリウスを睨んだまま首を振った。
「だめ。あんたは、私が選んだ聖女だもの。こんなところで殺させない。グイード! ゴレアム! 早くアエラを連れて逃げて!」
必死のリリシュの言葉に、少し戸惑うように瞳を揺らしたグイードは、アエラとユリウスの顔を見て頷いた。
「すまない、リリシュ。……アエラは、これからのガイアに必要な存在だ。ここで殺されるわけにはいかない」
そう言って、グイードはアエラを抱き込んで、扉に向かって走っていく。
「待って、グイード殿下! リリシュが! リリシュが!」
そう叫ぶ聖女だったけれども、グイードは聖女を抱き抱えたまま扉に手を掛ける。
「させるか!」
ユリウスが、右手をかざした。
そこから何か、高熱を伴う何かが生み出され、聖女と王子に向かって放たれたけれど、二人にぶつかる前にリリシュが結界を張って食い止めた。
「あんたの相手は、私だって言ったでしょ?」
ニヤリと笑ってリリシュが言い放った。








