聖女ご一行との話し合い③
ユリウスの魔王を倒してもらいたい発言に皆びっくりしていると、そのままユリウスは話を続けた。
「本来ならば、私一人で魔王を滅ぼしたいところだが、あれを滅ぼすには一筋縄ではいかない事情がある。街に行くたびに聖女と呼ばれる者の噂を耳にした。先ほども聖女と呼ばれる存在の力を見させてもらったが、彼女の力は本物だ。あなた方の力があれば、魔王を壊せるかもしれない」
そうユリウスが答えると、聖女の肩で優雅に座っていた妖精のリリシュが甲高い声を上げた。
「ま、魔王を壊すって、それって、本気で言っているの? 四天王の貴方が?」
「……本気だ。もう私は魔王軍の四天王でもなければ、魔王の僕でもない。この辺境の村での暮らしを愛するただの男だ」
ユリウスがそう言うと、王子が不思議そうな顔をした。
「どういう意図だ? 貴方の王位の簒奪を手伝えということか? 今の魔王を廃して、自らが魔王国アナアリアの王になるつもりか?」
「そのつもりもない。魔王を倒したら、私はこの村で穏やかに暮らしたいだけだ。私はこの穏やかな暮らしを守りたい」
ユリウスが静かにそう言うと、王子は心底驚いたと言うように、目を見開いた。
でもすぐに、目元を緩めてユリウスを見る。
「穏やかに、か……。まさかあなたからそのような言葉を聞くとはね」
そう言った王子は、今までと違って穏やかな口調だった。
ユリウスに対する王子の態度は少しトゲが抜けてきている気がする。
でもやっぱりゴレアムはまだまだしかめっ面だ。
「あの冷酷無慈悲と言われたお前のような男がそのようなことを言うなど、信じられるものか! 騙されてはなりませんよ、殿下。こやつは何か謀を行っているのです」
ゴレアムの言葉に耳を傾けつつ、王子は二度三度と頷いた。
その隣で、聖女が「彼の言葉はすべて真実です。嘘偽りのない本物の言葉。私は彼を信じます」と言うと、聖女の言葉にも頷いた王子は、にやりといたずらっ子のような笑みを浮かべてから再び口を開いた。
「すまない、ゴレアム。どうやら、私は結構彼を気に入ってしまったようだ。……穏やかな暮らしのために魔王を倒す? ハハ、あのユリウスがだぞ! こんな面白いことはあるだろうか!」
そう言って、本当に楽しそうに笑う王子に、「協力してくれるということでいいのか?」と、ユリウスが再度確認すると、王子は頷いた。
「もちろんだとも。それに、貴方は少し勘違いをしている。魔王を倒すことは、我々の悲願だ。あなたに言われずとも、その目的に変わりはないのだよ」
あ、言われてみればそうである。
漫画の知識がある私は、この聖女ご一行がどういう目的で旅をしているのかも知っている。
今はガイア王国救済の旅だけど、そのうち魔王国に潜入して、魔王城を目指すのだ。魔王を倒すために。
王子の決定に、聖女は嬉しそうに微笑んでいるけれども、やっぱりゴレアムは不満顔。
「確かに魔王打倒は我々の悲願ですが、奴と手を結ぶのはどうかと思いますぞ……!」
ゴレアムの言葉に、王子は申し訳なさそうに微笑んだ。
「ゴレアム、お前の気持ちも分かるがな。……ガイア王国の兵士たちの多くは、魔王軍に殺されている。だが、逆に言えば、我らガイア王国軍も、魔王国アナアリアの魔術師を殺している。そう、私たちは殺し合っているのだ。戦争とはそういうものだ。ガイア王国の方が確かに殺された数は多いだろう。だが、殺した数が多いから悪なのか? 殺した数の問題なのか? それに、魔王国はガイア王国と比べて、人口が少ない。しかも軍に配属されるのは、ガイア王国のように王に忠誠を誓っている兵士や志願している者達ではないと聞く。今まで戦いとは無縁の魔術師が魔王に指名されて唐突に戦地に行くという話だ。ほとんど一般市民のようなものではないか」
王子にそう諭されると、ゴレアムは低く唸って黙した。
完全に納得いっているわけでもなさそうだけど、王子の決定に従うようで、息を吐き出して深く腰を下ろした。
おお、やっぱりグイード王子は懐が広くて、かっこいい!
流石、漫画のメインヒーローの一人。
それにゴレアムだって、漫画に出てきた人物通りで、かっこいい。
ゴレアムがこんな風に、ユリウスに攻撃的なのだって、王子やアエラのことを心配するが故だ。仲間思いなんだよね。
なんだか、漫画に出てきた憧れの人物を前に、ちょっと感動してきた。
私がそう思って王子たちを見ていると、横から視線を感じてそちらを見上げる。
何故か不満そうな顔をするユリウスがいた。
なんでそんな顔してるんだ。
私と目が合うと、ユリウスはふいっと目を逸らして、再び王子と向き合った。
「アナアリアの民に対する気遣い、感謝する。だが、魔王国アナアリアの民は、魔王のために死ぬことに何も疑問を抱かないような者達ばかりだ。貴方の言う通り、特に戦闘訓練などを受けていない魔術師が軍に突然配属されることもあるが、恐怖などは感じていないだろう」
「そうか……。なら尚のこと、何も覚悟を持っていない者を私たちは戦争という形で殺していたということだ。ハハ、なんだか、改めて魔王を憎らしく思ったよ。あれは自国の民のことすら何も思っていないのだろうな。きっと、魔王にとって、民はただの便利な操り人形のようなもの。……だが、あなた方は違うようだね。魔王の操り人形ならば、魔王を倒そうとは思わないはずだ」
そう言って王子はユリウスを見た。
その顔はどこか晴れやかで、最初のような緊張と警戒に満ちたような顔ではない。
空気もどことなく穏やかだ。
そんなことを思っていると、王子と目が合った。
「と言うことで、そろそろ、そちらの可愛らしいお嬢さんの紹介をしてもらいたいな。村の人がエルル様と呼んでいたのは聞こえたが、何者なのだろうか?」
あ! 来た! とうとう私の自己紹介タイムがやってきた!








