招かれざる訪問者③
一悶着の末、ユリウスの屋敷で使者を中心にした一行とジャスパーさんとの向かい合っての話し合いが始まったわけだけど、さっきから、あの使者ときたらお茶を用意したりするカンナのお尻をニタニタ笑いながら目で追っている。
気持ち悪い。
こいつは気持ち悪い奴だと、私の本能が言っている!
その気持ちの悪い使者が、やっとカンナのお尻を追いかけるのをやめてジャスパーさんの方に向いた。
「勝手に村を作るのは困りますなぁ。そういうのはまず閣下にお話を通さないとだめですからねぇ。しかも、他の村から攫うようにして人を集めるのは、寛大な閣下もお怒りでしょうなぁ」
使者はなんだか粘っこい口調でそう言って、カンナが用意したお茶を飲んだ。
「勝手にこの領地に村を作ったことに関してはごもっともですが、村人は攫ったわけではありません。すでに村として機能しなくなっていた村の村人たちが、私共の呼びかけに応える形でついてきてくれたのです」
「呼びかけにねぇ。こーんな若くてかわいい娘さんも呼びかけに応えてくれたんですかねえ? 羨ましいですなぁ~」
と言って使者の奴が、ニヤニヤとカンナを見た。
完全に気持ちが悪い! 完全体の気持ち悪さだ!
カンナも眉を寄せて、嫌がっている!
前世の世界で言うところのセクハラだ!
こいつはセクハラ親父だ!
思わずあのセクハラハゲ頭を叩き落そうとしたとこで、誰かに肩を掴まれた。
掴んだ人を見るとユリウスだった。
渋い顔で首を横に振り、行くなと私に訴えかけている。
私も負けじと、あやつを成敗せねばなるまいと目で訴えるが、ユリウスの目力の方が凄すぎて……。
カンナの様子を改めて見ると、カンナも私の方を見てから、大丈夫ですとでも言いたげに、微笑んで首を横に振っている。
私とユリウスの姿は使者には見えないけれど、エルル村の住人には見える。
きっと荒ぶる私に気づいて、カンナは大丈夫ですよとアピールしてくれてるんだろう。
ユリウスとカンナに止められて、私は口を尖らせて今回は見逃すことにした。
でも、エルル村の誰かに何かしようものなら、私は我慢ならぬ!
「使者様もお暇ではありますまい。本題に入りましょう。今後の納める税についての話をしにいらっしゃったのでしょう?」
ジャスパーがそう言って切り出すと、使者の人は偉そうに頷いた。
「まあ、そういうことですねぇ。いやー先程見させてもらったところ、大変この村は大きく豊かでおられる。とりあえず、納める作物の量はこのくらいで……」
と言いながら使者の人が手元の紙に何かを殴り書いていく。
そして、その書きなぐった紙をジャスパーさんに渡した。
ジャスパーさんは紙を見るとさっと顔が青ざめた。
「こ、この量を納めろというのですか!? 無理です! 私どもが飢え死にしてしまう!」
はあ!?
なに、そんな量をふっかけてんの!?
どれどれ、という感じで私とユリウスの透明人間コンビは、ジャスパーの後ろに回って紙に書かれたものを覗き見た。
確かに、ジャスパーの言うように、かなりの量を納めるように言われている。
しかも、天候とかの問題で収穫できなかったりしたら……。
「なーに、これほどの村ですから、問題ないでしょう。それにだいたい他の村の年貢もこのようなものですよ」
と言ってはっはっはと笑う愚かなる使者。
そんな量の年貢を納めるようにいうから、ガイアの農村が潰れまくってるんだよ!
またふつふつと怒りが湧いてきた。
やはり殴ろう、と一歩踏み出したところで、またもやユリウスに止められた。
(落ち着けエルル)
脳内にユリウスの声が響く。
ユリウスが使った精神感応系の魔法で、口を使わずに脳内で会話できるようになる魔法だろう。
ユリウスったら、こんな魔法も使えるなんて。
精神感応系は、四天王の中だと、誘惑のセレニエールぐらいしか使えないのかと思ってた。
(おお、声が直接響いてきました! ユリウス殿のお力で?)
今度は、ジャスパーの声も聞こえてきた。
ユリウスは私とジャスパーの肩に手を触れている。
どうやらこの三人で脳内会話ができるようだ。
(止めないでよ、ユリウス! こんな横暴許せない! あいつは私がボコボコのボコでボコンボコンにしてやるんだから!)
(やめろ。このようなことで目立ちたくない。ジャスパー、この話は受けていい。元々、勝手に村を作ったことでこちらにも非がある。おそらく、今まで未納の分も含まれているのだろう。もう少し法外な量をふっかけてくる可能性も考えていた。このぐらいなら目をつむれる。それにこれから畑を増やしていけば、私たちの食料も確保できるはずだ)
(そうですね……。かしこまりました。では、このまま使者の方のお話を受け入れます)
ジャスパーさんの脳内の声がそう言うと、彼は背筋を正して愚かなる使者に向き直った。
「わかりました。正直厳しいところではありますが、なんとかこの量を納められるように尽力いたしましょう」
ジャスパーさんが神妙な顔でそう答えると、使者のアホが嬉しそうにニタニタ笑った。
「おお! なかなかあなたは優秀ですなぁ! 話が早い。それでは、年貢についてはこちらでご納得ということで。あとは、今迄未納だった分の請求の件ですが……」
「これ以上のものをまだ納めよというのですか!?」
ジャスパーさんが思わずと言う感じで声を荒げた。
あれ以上のものを要求するつもり!?
あの年貢の量は、てっきり今迄未納だった分とかも含めたものだと思っていたのだけど!?
ユリウスだってそのつもりでオッケー出したっぽいこと言ってたし。
ユリウスの方を見れば、顔を険しくさせている。
「当然ですねぇ。こーんな風に勝手に村を作って、近くの村人を攫って、こそこそ過ごしていたなんてねぇ。閣下が寛大じゃなかったら焼き払われていてもおかしくないですよ?」
「だから、無理やり攫ったわけでは!」
「とりあえずはこの量の食料を来月末までに用意してください」
荒ぶるジャスパーさんを無視してヤツがまた紙を無理やり見せてきた。
紙に書かれた内容を覗き見る。
これからエルル村が納めなくてはならない物量が書かれていた。
どう考えても、来月までなんてスパンで用意できるようなものじゃない。
「ご冗談でしょう?こんなのは横暴です。どう考えても、無理ではないですか!」
ジャスパーさんがそう言うと、セクハラ男はわざとらしい感じで心配そうな顔をした。
「そうですか……? しかし無理というのなら、この村、焼き払われてしまいますけど、よろしいんですかねぇ?」
よろしいわけがない!
あまりのことに呆然とする。その気持ちはジャスパーさんも一緒のようで、思わず立ち上がって使者に詰め寄った。
「正気ですか!? こんなのはおかしい! 無理なものは無理だ……!」
「まあ、そこまで言うのなら……他に手がありますが。なに、難しい話じゃありませんから気楽にしてください。あと、お茶をもう一杯くれるかね?」
そう言ってヤツは今までにないほど気持ち悪ーいニタニタ笑顔をカンナに見せてきた。
ジャスパーさんはゴホンと咳をして、カンナへの嫌な使者の視線を自分に移してから、口を開いた。
「他の手、ですか?」
ジャスパーさんが話を振ると、ニタニタ使者は、ニタニタ笑いながら頷いた。
「ええ、ええ。そうです。簡単なことですよぉ。村の女を私に回してくれるなら、私の権限で来月までに納める物量を半分にいたしましょう。なかなかこの村は器量良しが多いですからねぇ」
と言って、なんとニタニタは、カンナのお尻を触った。
カンナがびっくりして「キャ!」と声を上げると、愚かなるニタニタがエロ顏でニタリと笑った。
頭がカッとなった。
許せない! 私のエルル村でこんな横暴を働くなんて!
さっきフードの人たちに怒っていた時、豹変したように見えたのは、カンナを自分のものにする計画を思いついたからか!?
このセクハラ親父!
こいつをボコボコのボコのボコンボコンにするために一歩踏み出すと、またもやユリウスに止められた。
(何で止めるのよ!?)
仏の顔も三度までって言葉が前世にはあってね! さすがにもう……!
あれ? 三度までって、三度目も仏って許すの?
……。
いや、私は仏じゃないもの! 許せない!
私は止めるユリウスをキッと睨む。
(ここで魔法を使えば、アナアリアの魔術師がこの村にいることが分かってしまう。そうなればそのうちアナアリアにも伝わる可能性がある)
(だから何よ!?それが伝わってどうなるっていうの!?)
(アナアリアにこの場所がばれれば、追手が来る)
(追手が来たって守って見せるわよ! この村のみんなは私が守る!)
(そうではない、危険なのはエルルなんだ!)
分からずやのユリウスの手を振り払った。
(私はね、アナアリアにはない自由が欲しくてこのエルル村を作った。私はこれからも自由に生きたいし、エルル村の人も自由に生きて欲しい。魔王が恐くて、アナアリアが怖くて、何もできないようなら、そんなのは私の求めている自由とは違う!)
そう脳内で伝えて、思い切り睨みつけると、ユリウスが戸惑うようにして私の肩を掴んでいた手を緩めた。
とうとう愚かなる使者が次の話で退場の予感がします!








