絶対零度の眼差しに震える
あのローランをエルル村に連れてきてから、エルル村の時間は慌ただしくも穏やかに過ぎていき、半年が経過した。
順調に畑で育てた作物も収穫できて、一部を街で売ったり、保存食にしたり、なかなか忙しい毎日。
色々と変化はあったけれど、一番驚いたのが……。
「エルル様、見てください。こんなに大きな大根が取れました! ほら、みずみずしくて美味しそうです!」
そう言って、私よりも頭一つ分ぐらい大きい背丈の少年が声をかけてくれた。
手には立派な大根を抱えている。
日焼けした健康的な肌に、豊かな黒い髪と黄色の意志の強そうな瞳を持つその人は、人懐っこい笑顔を浮かべている。
見た感じ、多少小柄だけれども、来た当初よりも随分成長したこの人こそ、あのローランである。
マリーの言う通り、半年ほどで、一気にここまで成長した。
当時は私よりも小さかったのに!!
お前、漫画じゃ合法ショタだったじゃないか! 私の合法ロリの仲間でしょ!?
どういう理論!? 魔法!? 魔法なの!?
天才魔術師様ともなれば身長も思いのままなの!?
くっ。
たやすく私の背丈を越えていったローランがなんだか勘に触る最近の私である。
そんな内心を悟られぬよう私は素知らぬ顔で、ローランに向き合った。
「そう、おいしそうな、大根ね」
「はい! すっごく立派です! あれ? エルル様、今なにを魔法で作ってるんですか?」
「……家具とか」
「俺も手伝いますよ! 魔法で作るんですよね? 任せてください!」
彼はそう言って、地面に魔方陣を描き始めた。
私が書く魔法陣よりも心なしか、綺麗で正確に見える。
そう、ローランは、もう魔法が使える。
私は教えていない。全くもって教えていない。
私を殺すかもしれない才能を秘めた彼だ。
自らの保身のために、ローランが天才魔術師だということは墓場まで持って行こうと誓った私だもの。
しかし、彼は勝手に魔法を覚えやがった。
あの時の衝撃は今でも覚えている。
私がいつも通り新しい住人のために農耕具を作ってあげていると、ローランがそれを興味深そうに見た後、『なんだかできそうな気がします』とか言って見様見真似でやろうとしたのだ。
その時、私も止めれば良かったんだけど、そんなまさかさすがに天才魔術師といったって、ちょっと見ただけで真似ることなんてできるわけないじゃない……とか内心高を括っていたら、彼はまんまとやり遂げてしまった。
私は驚きすぎて顎が外れるかと思った。
私だって魔王国アナアリアで、最年少四天王だったし、『天才だ! 才能の塊だ! 100年に一度の逸材だ!』だなんて言われたりしたこともあったけれど、さすがに他人の使った魔法を見ただけで再現できるほどの能力は持ち合わせていない。
あのユリウスでさえ、驚いていた。
だいたい魔術は、知識と技術の結晶なんだから、基礎知識がないと扱えないはずなのに……!
一体ローランの体はどうなってんだ!
憎らしい!
ローランの才能が憎い!
「あれ? エルル様、どうしたんですか? 魔素が漏れてますよ」
ローランが、そう言って無邪気な笑顔を向けてきた。
お前に嫉妬という負の感情を抱いたことで、魔素が発生しとんのじゃ! この天才め!
だいたい魔素が見えるなんてそんなチート設定がローランにあったなんて、前世の漫画を熟読していた私でも知らなかったよ!
そう、なんとローランは、本来なら見えないはずの魔素が、黒いものとして目に映るらしい。
その黒いものの動きを見て、他人が使った魔術を見ただけで再現する芸当が出来るようだった。
このコピー魔術師め!
「いいこと、ローラン! 私よりもちょーっと、魔法で細かい芸当が出来るからって、決して私よりも上の魔術師だと思わないことよ! 私を弱いと思って、倒そうとしたり、殺そうとしたり、亡き者にしようとしたりしたら、許さないから! 私の大魔法でボコボコのボコボコのボコになるってこと、心に刻むのよ!」
私は高らかに宣言した。
実際、ローランと私とじゃ、体内の魔力の量が全然違う。
まあ、ユリウスが言うには、魔力の許容量の問題じゃないらしいのだけど。
とりあえず、魔力の量が足りないために、ローランは真似したくても私が使うような大魔法は打てないのだ。
ふーんだ! 所詮、ローランは器用貧乏よ。
「わかってますよ。というか、エルル様、よく俺に倒そうとするなとか、殺そうとするなとか言いますけど、そんなことするわけないじゃないですか。エルル様は、俺の、俺の村の恩人なんですし、それに、その、俺にとって、エルル様は……」
と言ってもじもじし始めたローランをキッと睨んだ。
だって、漫画のローランは私を殺すんだもの!
まあ、今のローランなら、私を殺そうとは……しないと、思いたいけれども。
実際犬みたいに私に懐いてるし。
それに漫画のローランと性格が違う。
漫画のローランは、ちょっと影があるキャラだった。
漫画では住んでいた村が全滅してたから、もしかしたらそういうところで何か関係してるのかもしれない。
とは言っても私よりも魔術師として才能を秘めている様子のローランが、いつ謀反を起こすかは分からない!
私は油断をしない女! それが私エルル!
「そう、私はあなたの命の恩人。その気持ち忘れないでね! 絶対に倒そうとかしないでよね! 約束だからね! 破ったら針千本飲ますからね!」
念には念を押してローランにそう説き伏せていると、ぞぞッと寒気がしてきた。
あ、この感じは……。
私は恐る恐る振り返る。
振り返った先には、氷の貴公子ユリウスが冷酷な眼差しで私を見ていた。
「エルル、君は、私の言ったことを理解しているのか?」
口から冷気でも発するような冷ややかな声がユリウスから放たれた。
「な、な、な、な、な、なんのこと!?」
私はそう言いながら、ローランの後ろに隠れた。だってこわい。
「今更とぼけるな。わたしは、目立つような行動は取るなと言っていたはずだが」
「だ、だいじょーぶ。そ、そんなに目立ってないと思う。辺境の村の住人をちょろーっと攫っただけ! いつものことよ!」
私がローランの背中に隠れながら、必死に弁明してみてもユリウスの氷の眼差しはビクともしない。
こわい。
私が以前、魔力を魔力で増やしているという謎の理論を持ち出してきたユリウスは、それからなんだか神経質だ。
私が、いつも通り幸薄そうな村の人達を、勢いで攫ってきたりすると、ものすっごく怒るようになった。
目立つ行動はよせということらしいけれど、でも、だって、気になるし、ほっとけないし……。
ということで、現在のエルル村の総人口は半年で100名を超える立派な村になりました。
「ローラン、私はお前にエルルから目を離すなと言っているはずだ。それに目立つような行為をしようとしたら止めろとも伝えたな?」
今度はユリウスはローランに向かって、冷たい眼差しを向けた。
凄まじい凍てつく波動を感じる。
「その、すみません、ユリウス師匠。俺はエルル様の優しさに救われた立場なのもあって、その、なかなか止められなくて……」
あ、ローランがシュンと背中を丸めた。
ローランは魔術師としてユリウスと師弟関係を結んでいる。
いつもは結構仲はいいのだけど……。
「ユリウス、ローランを責めないでよ。ローランは何も悪いことしてないわ。私の我儘に付き合ってもらってるだけなのだし」
私が、そういうとユリウスがその冷たい眼差しをさらに細めて冷気を発してきた。
な、なんでそんなに怒るの!?
「……ローランをかばうのも気に入らない」
「だ、だって、ローランは悪くないもの」
私がそういうと、ユリウスは諦めたようにため息を吐いた。
「過ぎたことはもういい。だが、エルル、こんなことをいつまでも続けていたら……」
と言ってユリウスが途中で言葉を止めた。
顔を上げてすこし遠くを睨むように見る。
どうしたんだろうと思っていると、ユリウスはその端正な顔を少ししかめた。
「とうとう誰かにこの村の存在を勘付かれた」
「え? どういうこと?」
そう言って、ユリウスの視線の先を確認する。
綺麗な青空、だけど、ユリウスの張った結界が微妙に揺らめいている?
「何者かが、この村に向かってやってきているようだ」
ユリウスが忌々しそうにそう言った。








