閑話:現アナアリアの四天王第四位クラークの日常
いつもお読みいただき、感想に評価にブクマにとありがとうございます!
今回は、閑話ということで、視点がエルルじゃないです!
アナアリア側のお話しになります。
「うーん、一体先代四天王第四位のエルルさんは、何の研究をされていたんだろう」
床に描かれていた大規模魔法の魔法陣を見ながら、一人思わずつぶやいた。
突如として四天王の第一位のユリウスさんと第四位のエルルさんが、失踪してから早数ヶ月。
僕は元々四天王の第四位が司る魔術の研究機関の研究員の一員だったのだけど、このたび空いた四天王の枠を埋めるべく、魔王様から四天王の第四位の地位に就くように任命された。
多少は、他の人よりも優秀ではあるとは思っていたけれど、まさか四天王に選ばれるとは思わなかったなぁ。
そう思いながらズレ落ちたメガネを上げ直す。
まあ、四天王に上がったからといって、何か大きく変わることはないと思うけれど。
他の四天王が司る魔王軍や王国護衛軍という大きな団体と比べると、四天王の第四位が司る魔術の研究機関は小さいものだし、しかも個人個人がそれぞれに研究に励むような感じなので組織としてのまとまりなんてない。
ちょっと会議とかに顔を出さなくちゃいけないことはあるけれど、ほぼ今まで通り魔術の研究に明け暮れる毎日を続けてる。
今も、先代の四天王第四位のエルルさんの研究を引き継ごうかなと思っていたのだけど、うーん、どうしたものか。
先代のエルルさんが研究していたことが全くわからない。
座り込んで、エルルさんが描いたであろうその少しいびつな魔法陣に指を這わせる。
あまり綺麗な形をしていないその魔法陣が導き出す魔法は、爆裂魔法のように見える。
だけど、あまりにも燃費が悪い魔方陣だ。
これ、どちらかといえば、その使用者の魔力量を測る装置のようなものなんじゃないだろうか。
そう考えると、この燃費の悪さは辻褄が合うけれど、もしかしてエルルさんの研究って、自分の魔力量……?
「クラーク様、 四天王のお二人が、会議の間でお呼びです」
そう言って、僕の秘書的な仕事をしているグイード君が僕を呼びに来た。
四天王の1人になったので、一応部下ということらしい。
「あ、今日会議でした? あー忘れてたなぁ。……まあいつも意味のない会議だし
さ、それ行かなくちゃダメなんですか?」
「四天王の第二位と第三位の方々のお呼びでございます」
仏頂面のグイード君は、いいから早くしろとでも言いたげな空気を出してる。
あーやっぱり行かないとだめかぁ。
「あーはいはい。わかりました。行きます行きます」
面倒だな。毎回何の成果もない会議するぐらいだったら、ここでエルルさんの研究内容を分析してたほうがよほど有益のような気がするのに。
まあ仕方がない。
僕はメガネをクイっと掛け直して、会議の間に向かうことにした。
ーーーーーー
「遅いわよ! 新入り!」
ほとんど下着みたいな寒そうな格好をしている女性、四天王第二位のセレニエールさんが、僕が会議の間に入るなりイライラした声を出した。
それにしてもいつ見ても目のやり場に困る格好してる。
胸とかこぼれ落ちそうなんだけど。
「あーすみません。ちょっと色々忙しくて」
「私の方が忙しいわよ! ユリウスがいなくなって、代わりの四天王第一位はいないし、私が実質一人で魔王軍をまとめてんのよ!?」
そう言って、ウェーブのかかった亜麻色の髪を振り乱しながら、セレ二エールさんが僕に詰め寄った。
魔王軍の最高責任者は通常四天王第一位で、その補佐に四天王第二位が就く。しかし、四天王第一位が不在の現在は、セレニエールさん一人でまとめていることになる。
大変そうだな、とは思うけれど、僕には関係のないことですし。
「そうでしたねー。大変そうです」
荒ぶるセレニエールさんを適当な相槌で流すと、彼女は不満そうに眉を寄せてそっぽを向く。
なんだかセレニエールさん短気になった気がするなぁ。
前はもうちょっと大人の余裕を持つ魅惑の年増、じゃなくてお姉さんって感じだったのに。
ユリウスとエルルさんの失踪がそれほどショックだったのかな。
噂だと、セレニエールさんはユリウスさんのことを狙っていたとかなんとか聞いたことあるし。
「クラークや、どうだ? エルルの行方は掴めそうかのう?」
そう言って、白髪の男が、疲れた顔で僕に聞いてきた。
アナアリアにしては珍しく筋骨隆々な体を持つ剛腕のレグリスさんだ。四天王第三位で、国の防衛機関を司っている。
「あーすみません。僕も探知魔法を使ってはいるんですけれど、まったく引っかからないんですよね。僕より優秀な魔術師が探知に引っかからないように巧妙な魔法を使ってる可能性があります」
「そうかぁ。だめかぁ。魔術研究機関のホープでも、むりかぁ。うちのもんも全然見つからんと嘆いとる。……あ、そうじゃ! こういう時は、ユリウスだ! ユリウスに頼んで、見つけてもらおう! あやつなら間違いなく探知を成功させてくれるはずじゃ!」
そうレグリスさんは暢気な声を上げると、セレニエールさんがキッとにらみつけた。
「だ、か、ら! そのユリウスも失踪してるから探してるんじゃない!!」
「あ、そうじゃった。あーユリウスがいないと不便じゃのう。ユリウスは何でもできたからのう」
そう言ってレグリスはしみじみとお茶を飲んだ。
レグリスさん、そのお茶、僕のお茶なんですけど……。まあいいか。
レグリスさんは、戦闘時とか緊急時以外は、いつもこんな感じでボケてる。
イライラしてる年増とボケはじめのようなおじさんに、研究以外はからきしの僕が四天王とか、この国ちょっと心配になるなぁ。
まあ、魔王様がいらっしゃる限りは、問題ないとは思うけれど。
「あーんもう、やになっちゃう! それに、魔王様も魔王様よ! 何を考えていらっしゃるのか全くわからない!」
セレニエールさんがそう言うと、レグリスさんの眉がピクリと動いた。
先ほどまでは気のいい初老という感じだったのに、顔を険しくしてセレニエールを睨み据える。
「セレニエール。その言動は不敬に当たるぞ。魔王様の御心を理解しようなどとは思わぬことだ」
口調まで変わってレグリスさんがそう言うと、セレニエールさんは少し狼狽えたように眉を寄せた。
「だ、だってあんな命令おかしいじゃない! 四天王の二人が失踪して、どうして片方だけしか捜索命令が出ないのよ!?」
「……それは我らが考えることではない。全ては魔王様の御心のままに我らは動くだけよ」
そう言って、レグリスさんは腕を組んで目を閉じた。
そう、二人の四天王の失踪に対して、魔王様から下された命令は、エルルさんを捕らえろという命令だけだった。
ユリウスさんに対しては捜索命令も捕縛命令も出ていない。
ユリウスさんは、アナアリア史上もっとも優秀な魔術師と言われ、誰もが認める国の軍事のトップだった。
おそらく僕の探知魔法が成功しないのもレグリスさんの配下の捜索が進まないのも、ユリウスさんが、魔法で巧妙に隠している可能性が高い。
四天王が三人集まっても、彼の魔法の技術を前にしてはなすすべがないということだ。
そんな彼の失踪には反応せず、エルルさんにのみ執着されているように思える魔王様の命令は、確かに、僕たちには理解できない何かを感じる。
それにその命令も……。
「レグリスはそれでいいっていうの!? あんな命令、あんなの、おかしいわよ! どうして、エルルだけ!? しかも、魔王様が求めていらっしゃるのは……!」
そこまで言って、セレニエールさんは、言葉を止めた。
その先の言葉を言うのが、嫌だったのかもしれない。
だから僕がその先を言ってあげることにした。
「魔王様が探しているのはエルルさんのみ。捕らえる際の生死は問わず。ただし、心臓は無傷で捧げよ、ですよね」
淡々と先を続けた僕をセレニエールさんが睨んできた。
僕は肩をすくめて、彼女の強い視線を流す。
言いづらそうにしていたから言ってあげたというのに、睨むだなんてひどい扱いじゃないか。
レグリスさんが、目を閉じたまま重い溜息を吐いた。
「我らは、全て魔王様の手であり足であり目であり耳である。だが、我らは、魔王様の御心にはなれない。心は魔王様のものである。魔王様のお考えに我らが口を挟んではならぬのだ」
レグリスさんの言葉にセレニエールさんが、悔しそうに唇を噛むと、そのまま会議の間を出て行った。
ああ、いつもどおりの何の進展もない会議だった。
まあ、会議はこれでお開きってことで、と思って僕はメガネをかけ直し、この部屋から出て行こうとしたけれど、レグリスさんがそんな僕はじっと見ている。
「な、何ですか? もう戻ってもいいですよね? セレニエールさん帰っちゃいましたし」
なんだかレグリスさんの目力がすごくて、目が離せない。
レグリスさんは、今では四天王第三位だけれど、全盛期は四天王の第一位を務めた経歴があるお方だ。
やはり、オーラがある。
じっとレグリスさんがなんと言うか待っていると、レグリスさんが首を傾げた。
「お昼ご飯はまだかのう?」
……。
「……レグリスさん、多分、もう15時なので、お昼ご飯は食べたと思いますよ」
僕がそう返すと、レグリスさんは「そうじゃったか」と言って、ゆったりと歩きながら会議の間から出ていった。
……。
どうしよう。
なんだか今後のアナアリアの行く末が、すごく不安になってきた。








