エルルの魔力
あの少年が、私を倒す天才魔術師ローラン。
まさかそんな存在が我が手中に……。
はっ! いけないいけない。
我が手中とか、まるで悪役四天王みたいなこと思ってしまった。
別に、何か悪いことを起こすつもりはないし、漫画のエルルみたいになるつもりは毛頭ないんだけど、でもやっぱり、ユリウスにローランに私にって、漫画の世界の登場人物がこうも揃ってくるとやっぱり聖女もいるのだろうなって思えてきて……。
なんだか、すごく、怖い。
もう四天王の一人ではないし、漫画で描かれたままの私じゃない。
聖女に倒されるような未来にはならないって思うけど、でも、怖い。
私、死ぬのが、怖いんだ。
最初に前世の記憶を思い出した時、私は聖女に殺されるかもしれないことより、ユリウス達他の四天王に最弱とか面汚し呼ばわりされたことが悔しくて悔しくてしょうがなかった。
魔王様のためならいつでも命なんて投げ出す覚悟だったから、私は死ぬということをどちらかと言えば軽く見ていたのだと思う。
でも今は違う。
死ぬのが、怖い。
だって、死んだら、もうエルル村のみんなに会えない。
今育ててる畑の作物がちゃんと実るのか見られないし、もうみんなとおいしいものを食べることだってできないし、くだらないことで笑ったりも、できない。
私、もっと、みんなとエルル村で自由に気ままに生きたい……。
死ぬのは、怖い。
改めて、自分の死について考えて、背筋がゾワっとした。
それに、そろそろだ。
そろそろただの村娘だったアエラが、聖女として国に呼ばれて、荒れるガイア王国を救うための旅が始まる。いや、もう始まっているかもしれない。
もしかしたら、もう近くに……。
「エルル、こんなところにいたのか。探した」
「ギャ!」
突然誰かに話しかけられて、びっくりしつつ奇声を上げて横を向くとユリウスがいた。
「な、な、な、ユリウス!?」
「どうした、驚き過ぎだろう?」
だってついさっきまで忍び寄る聖女の影に怯えてたところだったんだもん!!
ああ、もう急に話しかけてくるから、動悸息切れが……。
そんな私を見て、ユリウスは不思議そうな顔をしながら、改めて口を開いた。
「話がある。少し時間はあるか?」
私は、動悸息切れをどうにか落ち着かせて、改めてユリウスの顔を見た。
あれ、何だろう。ユリウスの顔が嫌に真剣だ。
そう言えば、私がローランの村で魔法を使ってからというもの、ユリウスはずっと難しい顔をしていたような気がする……。
「時間はあるけど……どうしたの?」
私がそう聞くと、ユリウスはなんだか怖い顔で私を見た。
「エルル、君が、あの村で使った魔法は、どういう仕組みなんだ?」
「え、どういうって、だから、魔方陣に魔力を注ぎ込んで霧を発生させて……」
「違う、それじゃない。エルルは、魔神官が液体に施した治癒能力を持つ魔力を増幅させていた。あれは、いつから出来るようになったんだ?」
「いつからって、別に、普通に気づいたら出来るようになったけど? ユリウスだって使えるでしょう? ほら、水の魔法を使うとき、水の体積を増やしているじゃない。あれと一緒でしょ?」
「全然違う。あれは、魔力で物質の体積を増やしている。水を増やす分、その水を操る分、魔力を消費している。君がやったこととは違う。君は、少量の自分の魔力を使って、膨大な量の魔力、しかも他人の魔力を増やしていた。そうじゃないとあの現象は説明がつかない。魔神官が魔法を使って液体に留めた治癒効力を発揮する魔力を、君は増やしていたんだ」
ん? よく分からない。
「え? どういうことなの? 別にそんなの、普通じゃないの?」
「普通であるものか!」
そう言ってユリウスは声を荒げた。
なんか、ユリウス、ピリピリしてる!
「な、なんで怒ってるの? そんな大きな声出さなくてもいいじゃない!」
私が荒ぶるユリウスにびっくりしてそう叫ぶと、ユリウスはハッとしたような顔をして口元を手で押さえた。
「悪い。あまりにもエルルが無防備というか……すまない。私もまだ考えがまとまっていないんだ。どうすればいいか……」
そう言って、彼にしては珍しく混乱した様子のユリウスは、何度か呼吸を置いてから改めて私の方を見た。
その顔色は青白い。
「つまり、私が言いたいことをもっと端的に言うと、君は魔力の永久機関になり得る可能性があると言うことなんだ」
「魔力の永久機関?」
「そうだ。エルル、君の得意な大規模魔法を使った後、魔力切れを感じたことはあるか?」
「……ないわよ。でも、それは私の魔力の許容量が、他の人とは違って多いからでしょう?」
「私も、そう思っていた。だが、おそらく違う。君の場合は、許容量の問題じゃない。問題なのは魔力の回復スピードだ。通常の魔術師は、空気中や食物に宿る魔素を凝縮させた上で体内に魔力として溜めていく。一度減った体内の魔力を補充するためには、通常なら数日を置いて大量の魔素をかき集め、少しずつ体内に魔力を蓄積していくしかない。私ですら魔力回復のスピードは他の魔術師と一定だ。しかし魔力を魔力で増やし続けることが出来るエルルは、その回復スピードが異常なのだ。いや、回復という言葉すらぬるいかもしれない。使ったそばから、魔素など介さず体内で魔力を許容できる量まで増やし続けている可能性すらある。そう、エルル、君は、永遠に魔力が尽きることがないんだ」








