エルル様、赤面する
新しい村人の子達が水浴びをしているという川下に急ぐと、子供達のはしゃぐ声が聞こえてきた。
遠目で見ると、水を掛け合いながら遊ぶ真っ裸の子供達の姿が見える。
少年も楽しそうに遊んでる。
あ、なんか顔の汚れとか落とすと、あの少年なかなか綺麗な顔をしてるわね。
ていうか、なんか、あの顔、見たことあるような……。
妙な既視感がある。
いや、とりあえず、今は、服を持ってきたことを伝えて、川遊びが終わるまでは監視をしよう。
「少年! 服と体を拭く布を持ってきたわよ!」
私が突然そう声をかけると、少年はこちらを振り返って、私と目があうと、「ちょ、なんで!」と言いながら、慌てた様子で前にかがみ、川の中に肩まで身を沈めた。
おや、どうしたのだろう。
なんか、変な生き物でもいたのか?と思って、周りを見渡してみたけれど、変なものはいない。
「少年、突然どうしたの?」
「どうしたのって、俺、裸、だし……! 見るな、じゃなくて、見ないでください!」
顔を赤らめてそう訴えてきた少年を見て、合点がいった。
なるほど、裸を見られて照れてるのか。いっちょ前に!
やだー、少年ってまだ10歳いかないぐらいの子供でしょう?
「何照れてるのよ。子供の裸なんて見ても、私、何も思わないわよ。少年って、まだ10歳ぐらいでしょう?」
漫画では合法ロリの名を欲しいままにしていた小柄な私よりもちょっと小さいし、体の線も細い、というか細過ぎるぐらいだし。
「あ、あの、エルル様、その、彼は……」
と私についてきたマリーが何か言いにくそうにしていると、「俺は……歳だ」と低い声が聞こえた。
声を発したのは、少年。
よく聞き取れなかった私は少年を見て、首を傾げた。
「え?」
「だから、俺は、16歳だ!」
はあ!?
「な、えっ、16歳!?」
「そうだ……そうです」
体を隠しながら、少年がそうブスッと答えた。
私が驚いていると、隣にいたマリーが遠慮がちに口を開いた。
「最近の食料不足の著しいガイアでは、珍しいことではありません。少しばかり成長が止まってしまうのです。でも、きちんと食事をとれば、すぐに成長して、年齢に見合った体格になりますよ。カンナも、エルル様よりも2歳ほど上ですが、最初は子供みたいな体格でした。おぼえていませんか?」
「そう、だったかしら」
そう言えば、カンナを攫ったとき、すごく小さかったかも……。
それがいつの間にか、あんなに成長していた。
胸なんて、むしろ私よりも成長して、女らしい体つきになってるし……。
あーとなると、私ったら、先ほどは、私と同じ年頃の男子の裸体を見てしまっていたのか……。
というか、私、同じ年頃の男の人の裸体を生で見るのは初めてじゃない?
魔王の教育の一環で、人体模型とか、人体解剖図とかで勉強はしているから、どういう構造になっているかはわかっているけれど。
それを実際、生で見たのは初めてだったかも……。
そう思うと、なんだか妙に気恥ずかしくなってきた。
もやもやと先ほど微かに目に映った少年の裸体が……だめよ、エルル! これ以上想像したらやばい!
私はそれを紛らわすように、口を開いた。
「あの……その、大丈夫よ! わたし人体の構造を勉強したときに人の裸なんて図とかで、見慣れているもの! つ、つ、ついてるかついてないかの違いでしょ!? 大したことないわよ! 気にしないで! で、で、でも、今日は一旦は、下がらせてもらうわ! 子供達のこと、頼んだわよ! マリーも行くわよ!」
私は慌ててそれだけ言って、その場を後にした。
スタスタと速足で森の中を進む。
16歳の男性がいるのなら、監視はいらない。私と同じ年頃だし、むしろいらない。
あの場に私がいたら、ただの覗き……。
うわあ、どうしよう。なんか顔が熱い。
だ、だって、ちょっと、ちょっとだけ見えちゃったし……。
そうか、あの少年、私と同じ年なんだ。
16歳はガイアでは成人だから、唯一の大人の男ってことで、あの村の長だったわけか。
なるほどね、そして名前はローラン。
……ローラン? なんか聞いた覚えがあるような。
あ!
私は不吉な予感で、思わず立ち止まった。
だって、あの容姿に、ローランって名前……!
まさか天才魔術師で、合法ショタと言われたローラン!?
先ほど感じた既視感の正体が、分かった。
あの少年、前世の漫画に出てきた聖女の仲間の一人だ!
確か、ローランの住んでいる村が疫病の猛威に襲われて、村人を助けるために街に向かったローランは、そこで聖女に出会う。
疫病をもたらす危険人物と見なされたローランが、街の人に殺されそうになったところを、聖女が救うのだ。
そして聖女は、その聖なる力で、ローランの村人達の疫病を治すために村に赴くが、既に村は疫病で全滅。
深い悲しみと後悔の中、優しい聖女の言葉に救われて、ローランはそのまま聖女に仕えることになる。
その流れで、彼の秘められた魔術の才能を開花させていくのだ……。
ローランは、漫画の中でも相当強い魔術師だった。
聖女には、リリシュという人の手のひらサイズの妖精がついていて、聖女に力の使い方を教えてるんだけど、ついでにローランにも魔術の使い方を教えたら、とんでもない才能を持ってるってなって、驚いている場面があった。
実際、漫画では魔王軍との戦いでも彼がいたからこそ、倒せた敵がたくさんいる。
そう、例えば、魔王軍四天王のエルルとかね……。
エルルを倒したのは、なにも聖女だけの力じゃない。
ローランの魔法に翻弄されて、エルルは倒されたのだ……。








