魔法を魔法で増やすだけの簡単なお仕事
私が胸を張って、幸せにしてあげるわよ宣言をすると、少年がむっとした顔をした。
「お前、人攫いだったのか!」
そう言って少年は、なんと土を耕していた枝を私に向かって構えてきた。
あ、これは……完全に、敵認定されてしまった……?
なんか興奮した気持ちのまま口走ったのがいけなかったのだろうか……。
で、でも、だって、絶対エルル村の住人にしたかったんだもん!
「ひ、人攫いじゃないわよ! いや、人攫いだけど! 売るつもりはないわ! 私の村に来てもらうだけ! まだ12人ぐらいしかいないのだけどね、すっごく良い村よ!」
「そこで奴隷のように働かされるのか? 言っとくけど、この村にいる奴らは、もうほとんどまともに動けない。俺の妹だって、体調が悪くてずっと寝込んでいて……」
少年が、私に警戒しながらもそんなことをおっしゃった。
「あなたの妹さん、病気なの?」
「そうだ! だからこの村の奴らなんか攫ったって得なことはない!」
「だから、損得じゃなくて、ただ、気に入って……。あ、そうだわ! 私治療系の上位治癒薬を持ってるの。魔神官の特別製でね、これであなたの妹さんの病気を治してあげる! そしたら私のこと信用してくれるでしょう? さ、案内して」
名案を思いついたとばかりにそう少年に言ったけれども、少年はより一層険しい目を私に向けた。
少年、怖い。狂犬のようだ。
「そんなこと信用できない。妹の床に行って何をするつもりなんだ!?」
そう言って、少年は私に向かって、なんと枝を振り下ろそうと向かって、きた!
まさかの少年の反撃にびっくりしたけれども、その少年の攻撃が私に振り下ろされる前に、ユリウスが、少年の振り下ろした枝を手で掴み、そのまま枝を奪うと、少年を突き飛ばした。
「く……」
と言いながら、少年がしりもちをつく。
それを呆然と見下ろす私。
『つまらぬものを突き飛ばしてしまった』とでも言いたげなユリウスが私の隣に並ぶ。
……あ、ダメだ。
これ完全に私、悪役だ。魔王軍の四天王だ。
四天王の二人がいたいけな子供をいじめているシーンそのものだ。
少年は、忌々しそうに私を見ている。
あの強い目が、私を突き刺すようだ。
けれども、肩は震えている。恐いのだろう。
そう、恐いに違いない。
突然野盗に大切なものを奪われて、自分の父親がその野盗と同じ行為をしようとする。
他人に裏切られ、大切な人にも裏切られ、これで突然やってきたよくわからない私たちを信用なんてするわけがない。
私、どうすればいいのだろう。
こんなに嫌がってるのに、攫うのって、やっぱ良くないのかな。
でも、多分、このままだと、この村にいる人、皆、死んじゃう……。
「エルル様は、いつもご自身がしたいと思ったことをしてください。私はそれで救われたんです。大丈夫です。もしエルル様の行いが行き過ぎてしまうような時は、必ず私達がお止めしますから」
カンナが、迷う私にそう言ってくれた。
そうだ。ここでこの少年を見捨てたら、私はきっと後悔する。
だいたい私は良いことをしようと思って、好かれようと思って、少年を助けようなんて思ってない。
少年にどう思われてもいい。
ただの私のわがままだ。私が欲しいと思ったから、そうするだけ。
私が、後悔をしたくないだけだ。
覚悟を決めた。
「少年が、大人しく妹に会わせないから仕方ないんだからね!」
私はそう言って、ユリウスから枝を奪った。
そして、素早く地面に魔法陣を描いていく。
霧の魔法陣。
魔素たっぷりの場所にいたせいで、体中に魔力はあふれているし、これは私の得意な大規模魔法!
私は懐から緑色の液体の入った小瓶を掴み取り、蓋を開けた。
アナアリアから持ってきた治癒薬。
魔神官の一族しか使えない治癒魔術が付与されたそれは、風邪などの諸症状はもちろん、切り傷、刺し傷、火傷に腰痛、流行り病や栄養不足などなど、たいていの症状はこの薬で治るすごい代物。
四天王に任命された時に魔神官から渡されたっきりなので一個しかないけれど、私は大体元気だし、今まで使う機会がなかった。
今、ここで使う。
勢いよく魔法陣の上に治癒薬をぶちまけて、呪文を唱えた。
「イリク イリク エイン イク ……水の門。我が血を贄にして、求めに応えよ。我が英知は絶対の法なり!」
魔法陣から、薄緑色の霧が発生した。
「魔神官の治癒薬を霧に溶け込ませて拡散するつもりか? だが、それでは、効果まで薄くなるぞ」
ユリウスから、戸惑いの声が聞こえたけれど、私は気にせず私の手首を爪で割いて血もたっぷり魔法陣にぶちまける。
「大丈夫よ、ユリウス。治癒薬の魔法の効果を増やせばいい。そうすれば、この黄緑色の霧を吸った人全員、治癒魔法薬の効果を受けられるわ!」
だから、もっともっと村全体に広げるようにしなくちゃ。
そうすれば、きっとこの少年の妹も治癒魔法の霧に巻き込まれて、勝手に病気が治るはず。
こんなんじゃ足りない、もっともっと。
「増やす? そんなことはできない、はずだ。それをどうやって……」
「そんなの魔法で増やすに決まってるでしょう!」
私はユリウスにそう答えて、自分の中の魔力に集中した。
「増幅、増幅、増幅! もっとよ! もっと!」
魔法陣から発生した薄黄緑色の治癒薬の霧は、私の声に合わせてどんどん広がっていく。
「魔法で、魔法の効果を増やす? ありえない。それはあってはならないことだ……」
呆然とするようなユリウスの声が聞こえる。
一体、ユリウスは何をそんなに驚いているんだろう。
ただ、自分の魔力をたーくさん流し込んで、魔法の効果を増幅するだけのことじゃないか。
戸惑っている様子のユリウスの事は気になったけれども、でも今は魔法に集中しなくちゃ。
私が念じれば念じるほど、私が魔力を送れば送るほど、その薄黄緑色の霧は広がっていく。そして霧はこの村一帯を覆い尽くしていった。








