荒廃した村に降りました
村の近くに降りて、まず呆然とした。
畑は荒れ果てていて、村人が住んでいるはずの家屋もボロボロだ。
こんなところに人が住めるんだろうか。
でも、人の気配は、少なからずある。
あのぼろぼろの家屋の中に、息を潜めているような気配を感じる。
とは言っても、かなり人数が少ないけれど……。
荒れ果てた村の様子を観察しながら村の奥に入っていくと、動いている人の気配を感じて、そちらに目を向けた。
やせ細った10歳ぐらいの少年が、太めの木の枝を持って、地面をつついている。
ここに住んでる村人かな? 動いている人を初めて見た。
私たちが近づくと、その少年は、振り返って疑わしげにこちらを見た。
少年の体は、やせ細り、ガイア人によくいる黒い髪は、肩より下までボサボサに伸びていて、顔は煤だらけ。
その荒んだ目が一瞬こちらを向いたけれど、すぐに顔を逸らして、また地面を木の枝でつつき始めた。
「何しにきた? 賊なら他を当たれ。この村に盗めるものなんて何もない」
ぼそぼそと少年が、地面を枝でつつきながら、そう言った。
「私たちは、賊なんかじゃない。何も盗むつもりはないわ。……あなた、何してるの?」
「畑を耕してる」
「畑を? その、ただの木の枝で、土を掘り返してるの?」
「そうだ」
それだけ答えて、少年は、もくもくと地面に枝を刺して、土を掘り返している。
「……鍬とか、農具は、ないの?」
恐る恐る口にした。
少年の持っている物は、どう見たって土を耕すのには不向きなただの棒だ。
「この村に残された木製の農具は、すぐに腐ってダメになった。もうない」
農具が、腐ってダメになるような、木製のもの?
思わず眉をしかめた。
鉄や銅を使った農具はないのだろうか。
「エルル様」
私が、沈黙していると、ジャスパーが私の名を呼んだ。
ジャスパーが悲しそうな顔をして、土に枝を突きつけ続ける少年を見ている。
「ガイア王国でも、基本、農具には鉄や銅を使っています。しかし、アナマリアとの戦争をするために大量の武器が必要と考えた王が、辺境地の村の農具を回収したと聞いたことがあります。農具に使われている鉄を武器にするために」
武器を作るために、農具として利用していた鉄や銅を回収したということ?
それで、木製の農具……?
改めて、村を見渡した
荒れ果てた畑、淀んだような村の空気。
それに……。
「人が少なすぎない? 家の数に比べて、人が少ない」
私が思わずそう呟くと、少年が此方を見ずに「結構前に野盗に村を襲われたんだ」と答えた。
「野盗が? それじゃあ、もしかして、村の人のほとんどが、野盗に殺されたってこと?」
「殺された村人もいた。でも、この村にほとんど人がいなくなったのは別の理由。野盗に襲われた後、生き残った男たちのほとんどが、野盗になったんだ。元々貧しかった村に野盗がやってきて、村にはもう何も残ってない。奪われたものを取り返すために、ほとんどの村の男は、別の村を襲うために村を出た。そして帰ってこなくなった」
少年の言葉に、一瞬、頭が真っ白になった。
でも、彼の言ったことを確認するため、恐る恐る口を開く。
「……奪われたものを取り返すために、関係のない別の村を襲いに行ったの?」
「そうだ。自分たちは理不尽に奪われた。だから、他の奴らのものを奪ったって構わないんだって……親父は言ってた」
そう言った少年は、再び私の方を見た。
少年の薄茶の瞳が、ギラギラと燃えているように見えて、思わず息を飲んだ。
「……お前は行かなかったのか?」
ユリウスが、そう少年に問いかけると、少年は眉間に皺を寄せ、目力をより一層強めた。
「行くわけないだろう! 親父の言ってることは間違ってる! 奪われたからって、他の誰かのものを奪っていいわけなんかない!」
そう嫌悪感をにじませて、吐き捨てるように言い切った少年の後ろから西日が射す。
眩しくて、目を細めた。でも、少年から目が離せない。
薄汚れた服を着て、ボサボサの髪の毛の少年は、ものすごく綺麗だと思った。
欲しい。
どうしても欲しいと思った。
懐かしい感覚だ。カンナの時も、ジャスパーの時も、皆を攫う時、確かに感じた感覚だった。
「……ねえ、少年。この村に残った人は、みんなあなたと同じ気持ちなのね?」
「たぶん。まあ、村に残ったのは、女子供と年寄りぐらいだけど……だから何?」
怪訝そうな顔をする少年に私は微笑みを浮かべる。
「気に入ったわ! ねえ、違う村に行ってみたくない?」
「はあ? 何言ってんだ? 違う村って、行けたらとっくに……。っていうか、さっきからなんなんだよ、お前らは。野盗じゃないんだとしたら、お前たち何しにこの村に来たんだ?」
疑い深い少年は、怪訝そうな顔で私を見た。
何よ、別に私、悪いことしようとなんて思ってない。
あ、でも、まだ私たちが何者なのか、少年に話してなかったわよね。
話せば安心してくれるはず。
私はゴホンと咳払いしてから、腰に手を当てた。
「私、まだ自己紹介してなかったわね。よーく聞きなさいよ、少年! 私は、今最も愛と勇気と希望と優しさと……あとなんか、すごい、すごい感じのものに満ちた村、エルル村の村長! エルル村を愛し、エルル村に愛された大魔術師エルル=ファルミル=グレイスデーンよ。今日からあなたは、私のもの! つまりはエルル村の住人ってこと! だから安心しなさい! 私が幸せにしてあげる!」
私がそう言って胸を張ると、少年は目を見開いて私を見た。
後ろから「言うと思った」というユリウスの呆れたような声と、「それでこそエルル様です!」といって、声を弾ませるカンナの声が聞こえた。