魔素ってこんな風に生まれていたんですね
「それにしても、久しぶりにこの町に来て驚きました。北東の商業都市エウグスティンが、ああも落ちぶれてしまっていたとは」
私が、ユリウスのかわいい宣言に未だ悶々としていると、ジャスパーさんが暗い顔でそう呟いた。
そう言えば、ジャスパーさんは元ガイアの商人。
ここにも以前何度か来たことがあるようで、先ほども色々街の中を案内してくれた。
「元々あんな感じの街ってわけではないの?」
私が興味を持ってそう聞いてみると、ジャスパーさんは渋い顔で頷いた。
「数年前は、もっと栄えていました。アナアリアとの戦争のせいでしょうね……あ、すみません! エルル様、私は別にアナアリアを責めているわけでは……」
「いいのよ。それに、私はもう、アナアリアとは縁を切ったのだし……」
私は、慌てた様子のジャスパーさんにそう声をかけながら、過去の自分を省みた。
私、ガイアに戦争を仕掛けていた魔王軍の第4位にいたというのに、戦争相手のガイアのことを全く知らない。というか、知ろうとも思わなかった。
まあ、アナアリアに属した方が幸せなのに無駄に抵抗するなんて、バカみたい! とかは思ってたけど……。
私って、本当に何も自分で考えてなかった。
魔王の、魔方陣の考えたことを実行に移すただの機械じゃないか。
ちらりと、ユリウスを見た。
ユリウスは、ガイアの国の現状を知っていたのだろうか。
心なしか、ユリウスの顔はいつもより元気がないように見えた。
「私はエルル様に拾われて、本当に運が良かったです。エルル様が居なければ、もう生きてはいなかったでしょう。……正直、ガイアで生きる気力は、ほとんどなかったのです」
そんなことをジャスパーのおじさんが言うものだから、昔のことを、ジャスパーさんを攫った時の事を思い出そうとした。
「ジャスパー、あなた元々商人なのよね? 確か、壊れた馬車の近くにいたあなたを攫ったのは覚えているんだけど」
どんな経緯で私の屋敷に来たんだろう。
辛気臭い顔をした人を見つけてはとりあえず攫っていたので、そのバックグラウンドが全くわからない。
「その日は元々失意の底にいたのです。妻を病気で亡くしたばかりの私は、荷馬車を引いて、行商の旅に出たところでした。そこで、野盗に襲われ、全てを失いました。なんとか命だけは助かり、命からがら生き延びた私のところにエルル様が舞い降りたのです。今でも忘れられません。突然現れて、『今日からあなたは、私のものよ! つまりは魔王様のものってこと! だから安心しなさい! 幸せにしてあげる!』とおっしゃったエルル様が、問答無用で私を攫ってくれました」
あ、私、そんなこと言ってたんだ……。
ていうかジャスパーさんも裏声を使ってまで、私が言ったことを再現しようとしなくていいのよ。
「ふふ、懐かしい。私の時も同じことを言ってくれました」
私ったら、カンナにも同じこと言ってたのか。
「確か、エルルが攫ったガイア人のすべてが、ガイアに見切りをつけた不遇の者だったらしいな」
ユリウスがカンナに向かってそう声をかけると、カンナが頷いた。
「はい、そうなのです。みな、ガイアでの生活に絶望していた者達です。そこにエルル様が現れてくれたのです。本当にかわいらしくて、かわいらしくて、私なんかは最初、もう死んでしまって天使様のお迎えが来たのだと思いました」
カンナが恥ずかしげもなく、私のことを天使とか言い始めた!
「天使は、ちょっと……言い過ぎじゃないかしら。どっちかというと、何も考えてないし……ただ、ちょっと辛気臭い顔をした人を見つけたら、攫ってただけだし……。でも、私って運がいいわ。勝手に攫うなんて、恨まれてもおかしくないことしちゃったのに、こうやってみんながそれを受け入れてくれたんだもの」
「運が良かったのは、私たちの方ですよ、エルル様」
カンナがそう言ってくれて、私がますます照れくさくなっていると、ユリウスが口を開いた。。
「それは運が良かったというだけではない」
「え? どういうこと?」
「エルルはおそらく、魔素を感じ取ったのだろう」
「魔素? 魔素って確か、魔力の元になるものよね?」
魔法を使う時には、魔力を使う。
その魔力の元になるのが、魔素。目には見えないが、食べ物や空気に溶け込んでいると言われている魔素を体内で魔力に変換して魔法陣などに流し込み魔法を行使する、ということをアナアリアで小さいころから学んできた。
魔素は私達魔術師にとってなくてはならないものだ。
「そうだ。そして魔素は、人間の怒りや悲しみ、苦しみや絶望、嫉妬と言った負の感情から生まれる」
魔術師にとって、必要不可欠なものが、人間の負の感情から生まれる……?
「魔素が、生き物の負の感情から生まれるなんて、私、そんなこと今まで聞いたことないけど」
私はこれでも魔術大国の四天王の一人だ。人一倍魔術や魔力について勉強をしている。
そんな私でも、そんな話、全然聞いたことない。
「魔素の発生原因に気付いているものはごく稀だろう。基本的に、アナアリアの教育カリキュラムでは教わらないことだからな。私たちは、幼少のころに施設に集められて魔術に関することを学んできてはいるが、それが全てではないし学んだこと全てが正しいとは思わない方がいい」
ユリウスの真摯な瞳が私を見ている。嘘は言っていない。
そうか、そうだった。
私たちは、魔方陣の支配の中で生きてきた。こうやって色々な知識を隠されて生きてきたっておかしくない。
「私がガイアにいた時、とっても辛くて怖くてしかたない気持ちでいました。だから魔素というものが出ていて、その魔素に反応してエルル様が私を見つけてくれたということでしょうか?」
カンナがそう問いかけるとユリウスは頷いた。
「そういうことだ。私達魔術師は、魔力やその元になる魔素に敏感だからな。魔術師として鍛えれば、魔力の流れは見えるようになる。だが、魔素を見られる者は稀だ。だが、感じ取ることはできる。エルルは無意識のうちに垂れ流される魔素に反応したのだろう」
なるほど、確かにそれなら、私が攫ったガイアの人が全てガイア王国に見切りをつけた人だったことに説明がつく。私のカンがたまたま冴えていて、運がいいだけじゃなかったのか。
そして、ユリウスの言うことが本当だとしたら……。
「……魔素が、人の負の感情から生まれるのだとしたら、魔王がガイアとの戦争をわざと長引かせているのは、魔素を増やすため?」
あの魔王の部屋で見た魔方陣は、魔術の発展を促しゆくゆくは魔術そのものが人々を支配する国を目指していた。
それをするためには、大量の魔力……魔素が必要だ。
「エルル、君は……意外と察しが良いな」
そうユリウスが失礼にも心底驚いたような顔でのたまった。
「意外じゃないわよ! 私だって、これでも四天王の1人だったんだから! 当然よ! 当然の察し力よ!」
「ふふふ、エルル様は本能の赴くままに行動をするところがありますけれど、意外と色々考えているんですよ」
カンナまで、意外っていった……。
「エルルの言う通り、魔方陣は魔素を増やすためにガイアに戦争を仕掛けた。戦力的にも、圧倒的な魔王軍がガイアとの戦争が長引くのは、いつもここぞというところで、魔王が戦争を先延ばしするような命を下すからだ」
やっぱりね。
前々からおかしいと思ってた。
ガイアとアナアリアじゃ、戦力が違いすぎるのに、なぜか戦争が終わらないんだもん。
「あの街で、私がうまく魔法を制限できなかったのは、もしかして、あの街の魔素量が多いから?」
「おそらく。元々エルルの魔力の貯蓄量は他の魔術師と比べてかなり多い。それがこの街の空気を吸ってますます魔素を吸収し、魔力として体に増やし続けている。いつもよりも膨大な魔力が体に宿った状態で、いつも通りのやり方で魔法を行使すれば先程のようになる」
そう、だったのか。
でも、確かに、あの街に来てから、なんというか、みなぎる感じがしていた。
ほら、今もなんだか、少しみなぎってくるっていうか……。
ん?
なんか、下の方が気になる。そう思って、空飛ぶ絨毯から下を覗いた。
小さな、村?
「見て、あそこ、村がある……」
「あ、本当ですね。小さな村があります。あれ、でも見た感じ、畑がほとんど荒れてしまってるようですが……」
「あの村の魔素は……」
ユリウスがそう呟いて、苦い顔をした。
「なんか、気になる。ねえ、降りたい。あの村に降りたい」
居ても立っても居られない衝動に駆られて、そう言うと、ユリウスは苦い顔をした。
「何をするつもりだ?」
「わからない。でも、気になる」
「気になるのは、魔素があの村に溢れているからだ。魔素が溢れているということはあの村は何かの問題に直面しているのだろう。そこに出向いてお前は何をするつもりなんだ?」
「それは……」
「一応言っておく。我々は、アナアリアの逃亡者だ。隠れ住む身だ。近隣の村との接触はできる限り避けるべきだ」
「それは! それは、わかるけど……べ、べつに、何かするってわけじゃないし、ちょっと気になるから、見るだけよ! 見るだけ!」
私はそう言って、空飛ぶ絨毯に下に降りるように命令を下す。
ユリウスが、「見るだけで済めばいいがな」とつぶやいたのが聞こえた。








