思い出しました
今日はなんて素晴らしい日だろう!
私が大好きな少女漫画、『ガイアの聖女アエラ』の最終巻の発売日!
長年愛した愛読書の最終巻ということで、ずっと前から、わくわくしていた。
本屋の開店と同時に目的の漫画を手に取ると、速攻で購入。
興奮冷めやらぬまま店から飛び出し駆けだした。
早く漫画読みたい!続きが気になりすぎる!
だって最終巻だよ!
魔王は倒せるのかな。
それに、アエラは誰とくっつくんだろう。
やっぱり、王子? それとも、元魔王軍四天王の……。
そう心の中で、漫画の世界に思いを馳せていたら、ドン! とすごい音が聞こえてきた。
え、なに?あれ、なんか宙に浮いて……?
あ、これ、やばいやつだ。
そんなことを思って、私は意識を失った。
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唐突に誰かの記憶のようなものが脳裏を巡った。
気が遠くなりそうなほどの情報量に、思わず立ちくらみがして床に膝をつく。
は? え? これ、なに? これ、私、私は……。
「エルル様!? どうなさいました!?」
そう言って、メイドの一人が、私の体を支える。
エルル? そうだ、私は、エルルだ。
でも、もう一つ、私以外の何かの記憶が残ってる……。
前世の、記憶……?
高校生という職に就いていた、1人の女の記憶が、自分の記憶と混ざり合う。
私はハッとして顔を上げ、支えてくれたメイドに詰め寄った。
「ねえ!? 私は!? 私はだれ!?」
「え、突然、どうされたのですか……?」
「いいから言って! 早く!」
「は、はい! 貴女様は、魔王国アナアリアの大魔術師であり、四天王のお一人にまで数えられておられるお方、エルル=ファルミル=グレイスデーン様であらせられます!」
そうよね!私はエルルよね!?
自信を取り戻した私は、バッとほとんどふくらみのない胸を張って、腰に手を置いた。
「そう! 私はエルル! 魔王国アナアリア史上、最年少の14歳で四天王の地位にまで上り詰め、魔王様を最も愛し! 魔王様に最も愛された者! そう、そうよ、私は……」
そこまで勢いよく言って、自分の名前を確認した私は、愕然とした。
そう、私は、エルルだ。
そしてここは、魔王国アナアリア。
「お前、確か、隣の国の名前は、ガイアだったわよね?」
私がそう確認すると、メイドはなぜわざわざそんなことを聞くのだろうと不思議そうな顔で、頷いた。
また新たに立ちくらみがした。
だって、これって、こんなのって……!
先ほど脳裏に浮かんだ私の前世の記憶が、ぐるぐると思考の中に溶け込んでいく。
前世の世界は、こことは違う変わった世界だった。常識も考え方も、何もかもが違う世界だった。
その前世の世界の知識と共に強烈に流れてきた前世の私の思い出は、とある漫画のことでいっぱいだった。
そう、前世の私が愛読していた漫画、「ガイアの聖女アエラ」だ。
そして、その内容を改めて思い返して、私は絶望した。
私、『ガイアの聖女アエラ』の世界に、転生、してる……?
だって、固有名詞が一緒すぎる。
私が住んでいる『魔王国アナアリア』、隣国の『ガイア王国』、それに私だ。
魔王軍とは魔王国アナアリアの軍隊の総称。その魔王軍の四天王として君臨する私、エルル=ファルミル=グレイスデーンという名前。
今の国家間の関係なども含めて、漫画と一致している……!
『ガイアの聖女アエラ』は、力こそすべての魔術師中心の国である魔王国アナアリアから、自国ガイア王国を守るために戦う聖女アエラの物語だ。
普通の女の子だったアエラが、目覚めた聖女の力で悪役を打ち負かしたり、少女漫画なのでイケメンとのドキラブな展開もありつつ進行していく超面白い漫画!
まだ読んでいない最終巻が気になる!
最終巻を読まずに死ぬなんて、前世の私のバカ! ドジ!
じゃなくてっ!
私、エルルって、主人公である聖女アエラに一番に倒される魔王軍四天王じゃない?
そんで、倒された時、同じく四天王をしていた他の三人に、
『どうやら、バカなエルルがやられたようね』
『ククク、こいつは我ら四天王の中でも最弱』
『ガイア王国の奴らにやられるとは、四天王の面汚しだ』
とか言われて死んでくなんかかわいそうな役じゃない!?
「あ、あの、本当に、エルル様、大丈夫ですか?」
心配そうにメイドが私の顔を見る。
そう、そうだ、まずは落ち着かないと……。
それに、まだ、猶予がある。聖女とバッティングするまでに猶予がある!
死んだ上に、四天王の面汚し呼ばわりされたくない!
私はとりあえず、頷くと、改めて、そういえばメイドはなぜ私の部屋に入ってきたのだろうかと考えた。
そうだ、メイドが何事か言ったのをきっかけにして、私は、前世の記憶を思い出したのだ。
メイドは何の話をしに来たんだったっけ。
確か、魔王様がお選びになった私の婚約者の話を……。
あ……!
「あなた、確か、さっき私の婚約者の名前を教えてくれたわよね? もう一度言ってみなさい」
「え、は、はい。エルル様の婚約者は、ユリウス=エルドラード=グリフス様に決まりました」
また、めまいがした。
というか、もう倒れた。
だって、だって、ユリウス=エルドラード=グリフスって、魔王軍四天王の一人で、私が、死んだときに、『ガイア王国の奴らにやられるとは、四天王の面汚しだ』って言う奴じゃないかー!
「お前、エルルの婚約者だったんかーい!」
聖女アエラの漫画世界における衝撃の裏事情を聞いて、思わず出てしまった魂の叫びと共に、私は倒れたのだった。