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担ぎ屋

作者: 小松八千代

 

毎日このバスに乗って、何人の人が国境を往復するだろうか。何時も満員だ。行きは、ほとんど荷物はないが、帰りは荷物でいっぱいだ。足の置き場がない。ワイン、ビールなどの酒類、ジャガイモ、玉ねぎ、トマトなどの野菜類。砂糖小麦粉、米、油、お菓子類など。食料品のほかに赤ちゃん用の紙オムツ。化粧品などなど。はては、10キロ入りのガスまで持ってくる。

アスンシオン市の対岸にある、アルゼンチンの小さな町、クロリンダ行きのバスだ。アスンシオンより10キロ程上流に橋が架かっていて、大きく迂回するので2時間ぐらいかかる。

この人達をここでは通称担ぎ屋と呼んでいる。小さな密輸入だ。どういうわけかほとんど女の人だ。女性でも50キロ入りの砂糖袋を軽く持ち上げて引っ張り回す、力持ちのおばさんたちだ。

バスを降りると、そこはまだパラグアイ側で、出番を待っているバスが15,6台の列をなして止まっている。だいたい、30分おきぐらいに発着している。横の通りに荷物が山積みされていて、頑強な男達が威勢よくバスに積み込んでいる。それを避けながら、角を曲がると、屋台のような日用雑貨の出店がひしめいている。

そこの狭い通路を、男達が荷物を担いで、必死の形相で足早に向かって来る。私は慌てて避ける。とても話しかけたりはできない。

税関を通してバス亭まで運んでくる、通称スペイン語で、パサレーロとよばれている運び屋だ。少しぐらい持って来たって、金にならないので持てるだけ持ってくる。120キロぐらい担いで来る者もいる。缶ビールやワインの箱を何箱も麻布で縛りつけて担いでいる。

商店街を抜けると、吊り橋のような橋が二つ架かっている。川幅10メートル位だ。下を見ると、おびただしいゴミが、川端の水草に引っかかっている。橋を渡って、アスファルトの道を横断して、階段を何段か降りると、アルゼンチン側の税関がある。ここで身分証明書を見せて入国する。

ここは、また、出入り口からすぐに、食料品や日用雑貨の店が縦横無尽に軒を並べている。左側には野菜売り場が並んでいる。50メートル位行くと、タクシー乗り場がある。

ワンブロック向こうは、玉ねぎやジャガイモ、人参などの袋が山積みされている。リヤカーで運ぶ人。軽自動車に積み込む人。慌ただしく動き回る中にも、どこか張り詰めたような緊張感が漂よっている。

こうして毎日、夥しいアルゼンチン製品が、アスンシオンの台所へと運ばれて行くのだ。

私も月1,2回、担ぎ屋をやっている。小さな寿司屋を経営しているので、主に寿司屋で使う米や、こちらにない海魚を買ってくる。サラダ油や砂糖、野菜なども買って来るが、せいぜい砂糖は五キロ、サラダ油はボトル三本ぐらいだ。

力がないので持ち運びが出来ない。担ぎ屋といっても、真似事みたいなものだ。

ある時、寿司屋のスタッフM子を連れてお米等を買いに行った。

白米は一袋30キロ入っている。2袋で60キロ。運び屋に少々払ってもアスンシオンで買うよりずっと安い。

米問屋の近くにいる、運び屋を呼んで交渉する。

運び屋は、まずは目立たないように一袋ずつ黒いごみ袋に入れて、それを風呂敷のような麻布で縛りつけてゆうゆうと担いだ。

私はM子に5リットルのサラダ油のボトルを渡しながら、運び屋の後を追いかけるように言った。バスが何台もあるので、どのバスに乗せたか見届けないといけない。

ところが、後を追いかけたはずのM子が、5リットルのサラダ油をアルゼンチン側の税関に取られたという。関所の真ん中で立ち止まって呆然としている。ええ、まさか。税関は持ち出すものは普通調べない。持ち込むものは、徹底的に調べる。持ち出しは、どうぞ持っていってください。お買い上げありがとうございます、ということだろう。

それが、今日は持ち出してはいけないというのだ。なにせ、店から税関まで5,6メートルしかない。私は走って行って、税関の若い女に向かって「えい、いくら払えばいいの」「いくら払っても油は持っていけません」

ええ、なにそれ。税関ぶって、えらそうに、どうせ自分が使うんだろう。そんな油呉れてやるわ。それから、ぼうっと突っ立っているM子に「早くあの米持って行った男追いかけてよ」

私はまだ買い物があるので、そこら辺でコーヒーなどを買っていると、さっきの運び屋が、私の横に、ドスンッと米一袋を置いた。そして「今日は税関がうるさい。一袋ずつ持っていく」と言い残してまた税関を通って、その先の階段を駆け上がっていった。ええっ、もう一袋はどこに置いてあるんだ。

税関は入口から10メートル位で行き抜けてしまう。

店が税関の軒先まであって、さっき取られた油ももちろん売っている。では、なんで売らすんだよ、って言いたくなるが、そこがややこしいところなのだ。売って買わせて没収して、担ぎ屋たちはそれにもめげず、またこの町まで担ぎに来るのだ。

運び屋が米袋を取りに来た。私も後を追いかけるように付いていく。バス停まで300メートルはある。

バス亭はごった返していて、皆、我先にとバスに乗り込んでいる。先頭から3台目位まで、ほぼ満員だ。

M子が一番先頭のバスの前にいて「これに乗せたよ」という。

「ええっ、もう乗せたの」私は、驚いて聞き返した。

この場合、次の一袋が来るのを待って、同じバスに一緒に乗せなければいけないのだ。ところがもう乗せてしまつたという。バスは人も荷物もいっぱいで、もうすぐ出る構えだ。

早く乗せないと先の一袋が行ってしまう。ここでは、あなたの米袋預かってきました、なんてことはありえない。私は必死になって

「早くこのバスに乗せて」

「もうこれは、いっぱいで乗せられません」

「何いってんの、どこへ行ったかわからなくなるじゃないの。無理やり乗せて」

乗せろと言っても、前のドアは人が次々と乗っているし、後部のドアは荷物がいっぱいで開けられないという。運び屋は仕方なしにバスの窓から押し込んだ。

さてこんどは自分が乗る番だ。と、見てみるとM子がドアにかじりついている。「早く上がって、早く」私が急かすと、何とか人の間に滑り込んだ。私はドアにつかまったまま、バスが10メートル位進んでから、無理やり人と荷物の間に這い上がった。

私がドアにつかまっているのを見て、ゲラゲラ笑っていたのは乗客を誘導する色の黒い若い男。

何が可笑しいんだよ。これだけ混雑していると、誘導する人がいないと収まりがつかない。

それにしても今日はどうしてこんなに荷物があるんだ。あ、そうか今日はクリスマス3日前だった。一年で一番買い物をするときなのだ。

クリスマスと言えば暑い盛りだが、暑さも忘れていた。もう一か所、あのおぞましい税関があるのだ。



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