魔法でも1ついかがですか?
「ね?魔女の店って知ってる?」
「何それ?都市伝説?」
東京の朝の電車。人が多く乗るこの時間帯。
近くの女子高生だろうか。人が多すぎて良くわからないが、電車内の何処からか話し声が聞こえた。
「そう、それでね。自分の大切な物と魔法を交換してくれるんだって」
「なにそれ。恋が叶う魔法とか?」
「そうそう。そういうの、何処にあるんだろうね?」
電車の扉が開く。俺の目的地でもある。都内でも大きな駅の方なので、人が雪崩のように外に押し寄せるのだ。電車から降りるのが楽だから、危ない分ありがたい。
時間は過ぎ、帰りの電車。疲れ切った身体に、このフカフカの電車の椅子はいつも思うが心地よすぎる。日本の電車は混んでいる朝以外は非常に快適。このまま寝ちゃいそうだ。
うとうととしていると、ふと朝の女子高生の会話を思い出した。魔法か、俺も使えたらこんな遅くまで仕事に行かなくてもいいのにな。恋が叶う魔法とかじゃなくて、残業を減らす魔法みたいな?
何気なしに、スマホをポケットから出し検索をかけてみる。
〖魔女の店 魔法 交換〗
いくつもの、検索結果が出る。746,000件の結果、この中に本物があるのだろうか。スライドしてみていくが、まぁ大体はゲームの内容。
「お?これは」
〖都市伝説 魔女の店〗
それっぽいサイトを見つけて、思わず声に出す。隣に座っていた人がちらっとこちらを見たが気にしない。
〖魔女の店〗
なんでも自分の大切な物と魔法を交換してくれる店があるらしいよ?
>なにそれw
>30歳までのあれだろ?
>じゃぁ、俺は金持ちになる魔法が欲しい
>お前らwww
>ーーー
役立つそうにないな。今の情報化社会、世界を広く見れるようになった。多くのリアルが流れ込んでくる。でもそれは本当にリアルなのか?それともーーー。
そんなどうでも良いことを考えていると、最寄り駅につく。電車を降りて駅を歩くが、もう終電だからか人の姿はほとんど見られない。
この時間帯に帰るといつも、帰ったらそのまま倒れるように寝てしまう。しかし、今日は何だが不思議とお腹がすいた。何処か開いている店はないか。
駅の近くをぶらぶらと歩いていると、美味しいそうな匂いが漂っていることに気が付いた。この時間にこの匂いとなると居酒屋かな?
匂いにつられるがままに、路地裏に入っていった。
〖魔女の店〗
そう書かれた看板が、俺の前で光っていた。
「バー?喫茶店?」
しかし、確かにこの中から焼き鳥やらの美味しそうな匂いがするのだ。もう、食べられば何でもいいやとばかりに店の扉を開けた。
「いらっしゃい」
店に入ると、そこには魔女の恰好をした可愛らしい女性が座っていた。占いをするところだったのかな?しかし、部屋からは確かに美味しそうな匂いはするのだ。
「ここは?」
「魔女の店ですよ。まぁお座んなさい。別に金なんて取らないですから」
「はぁ」
言われるがままに、紫色の可愛らしい椅子に座った。座ってから気づく。テーブルの上に置いてあるフラスコ、そこから美味しそうな匂いが出ていることに。
「あの、そのフラスコは?」
「あ、これはですね。ごきぶりホイホイのように、お腹を空いた人を呼び寄せる物です」
「ーーー」
「まぁそうですよね。所で魔女の店と聞いて何か思い当たる節はありませんかね?」
俺はスマホを取り出して、先ほどのサイトを検索履歴から引っ張り出した。それを、女性に見せる。
「そう、それです。ここが魔女に店です」
「では、貴方が魔女?俺も魔法を使えるようになると?」
「そうです!ただし、自分の大切な物との交換ですが」
「それは何でも良いのですか?」
「大切な物なら、何でも」
俺は鞄を探ってみる。確か、小さいころにおばあちゃんに貰ったお守りがあるはずだ。
「あ、あったあった」
俺はお守りを鞄から出し、机の上に置いた。それを、魔女さんは手に取り眺める。
「子供のころにおばあちゃんから貰ったお守りですか。確かに大切な物のようですね」
驚いた。そんなこと一言も話していないのに、当てて見せたのだ。半信半疑だったが、もしかしたら本物の魔女なのかもしれない。
「分かるのですか?」
「分かりますよ。魔女ですから。それで、本当にこれと交換でいいのですか?」
「えぇ、実はもう一つ家にあるので」
「なるほど。では覚えたい魔法は?」
覚えたい魔法。頭の中で様々な欲望が渦巻く。不老不死になる魔法。強くなれる魔法。お金がいっぱい手に入る魔法。それこそ、冗談で考えた残業が無くなる魔法。
考えれば考えるほど、深みにはまっていく。叶えたい夢。そういえば小さいころは「お医者さんになって、沢山の人を助けるんだ」とか言ってた時期もあったな。
「どうです?決まりました?」
「2つとかダメなんですか?」
「1つにして下さいね」
魔女さんはにこやかに答えた。
しかし、どう考えても決まらないのだ。欲望が無かったわけではない。いざ考え出してみると何もでてこないのだ。考えて、考えても考えても決まらない。
「悩んでるようですが、、ランダムというやつでどうでしょう?」
「ランダムですか?」
「えぇ。ランダムです。何か良い魔法を1つ覚えます」
考えて決まらないのなら、決めてもらうほかあるまい。
「ではそれで」
「分かりました」
魔女さんは、お守りをフラスコの中に入れた。その後は、いかにも怪しい液体が入った別のフラスコを取り出して、それに注ぐ。手に持ち、くるくるとまわす。
「思い出よ、魔法になりその姿をあらわせ」
フラスコが青色に光る。その光は徐々に大きくなり、次第に目をつぶるほどの強さになった。
「では、確かに魔法を授けましたよ」
魔女さんの声が聞こえたのを最後に意識が途切れた。
目が覚めると、そこはいつもの自分の部屋だった。
「夢か?」
試しに鞄を探ってみるが、いつも入れているお守りは入っていなかった。その代りに出てきたのが一冊の本だ。その表紙にはこう書かれていた。
〖毎日が少しだけ楽しくなる魔法〗