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夏の始まり(2)

ファミレスを後にして俺たちが向かった先は、意外にも瀬川の自宅だった。


「明日から始まる補習が少しでも早く終わるように急いで勉強したい。もし嫌じゃなかったら私の家に来て勉強見てくれない?」


瀬川がそう言ったので、俺はそのまま従って彼女の言う通りにした。


夏の強い日差しが差し込む中、約20分程歩くと瀬川の自宅へ着いた。



古風な木造の家で、柊宅まではいかないが、それなりの大きさがある。高さはなく横に広い感じで、どちらかというと住宅というより道場のようなイメージの建物だった。


瀬川は自宅前の門を通り抜け、玄関の引き戸を開ける。


「ただいま」


俺も瀬川の後を付いて行き、ゆっくりと中へ入る。


「お邪魔しま〜す」


すると、ちょうど着物を着た女性が目の前を通りかかった。そして俺達に気付き声を掛けてくれた。


「あら、早かったんですね。おかえりなさい」


「今日は終業式だったから」


「あぁ、なるほど。えーっとそちらはお友達さんですか?ふふっ、早苗さんがお友達を連れてくるなんて珍しい事もあるんですね」


瀬川は少し照れ臭そうにして、彼女から顔を背けた。


「初めまして、早乙女と言います」


俺が自己紹介をすると、彼女も微笑みながら名前を名乗ってくれた。


「あらあら、ご丁寧にどうも。私は瀬川様の家で使用人を任せて頂いてます。土谷と申します。宜しくお願いしますね」


深々と頭を下げた彼女に対して、俺もお辞儀をした。頭を上げると、瀬川はさっさと長い廊下を歩き出していた。


「早乙女くん、早く」


急かされた俺は、土谷と名乗った彼女に軽く頭を下げて瀬川の元へ駆け寄った。


「なんでそんなに急いでるんだ?挨拶くらい待ってくれたっていいだろう?」


「私、あの人の事嫌いなの」


瀬川は振り返りそう言うと、再び速い足取りで廊下を進んで行った。


そして瀬川は自分の部屋のドアの前で立ち止まる。周りをキョロキョロと見渡して何かを確認している様子だった。


「よし…早乙女くん、早く入って」


瀬川がドアを開け、俺は素早く中へ入った。瀬川も辺りを見渡しながら部屋へ入り、すぐさまドアを閉めると鍵をかけてため息を吐いた。


「おい、どういう事だ?何があったんだ?」


俺が瀬川に問いかけると、瀬川は焦った様子で俺に近寄る。


「シッ!静かにして」


そしてそのまま俺を誘導した。部屋の奥にはベットがあり、それに寄りかかる体勢になった。


「まず状況を説明する前に謝らせて欲しい。本当にごめんなさい。説明する時間があるのかどうかすら私にはわからないけど…」


突如、部屋のドアからノックの音が聞こえてきた。瀬川はそれを聞くと、諦めたように項垂れた。


「早苗さん、昼食の準備ができましたよ。よろしければお友達さんも一緒にと、ご主人様が申しております」


「わかった!すぐ行くから…先に行ってて」


ドアの向こうの土谷に向かって、言い放つ瀬川は怒りを隠しきれてないようだった。


「そうですか、わかりました。くれぐれもあまり遅くならないよう迅速にお願いしますね。食堂でお待ちしております」


土谷は足音を立てながらその場から立ち去った。


「瀬川さん、何があったんだ。説明して欲しい」


「早乙女くん、残念ながら時間は無さそうみたい。言われたでしょう、迅速にって。行きましょう食堂へ」


瀬川は立ち上がり、部屋のドアの前へ移動する。ドアノブを握りしめて、開ける前に瀬川は振り返り、俺に一言だけ言った。


「でもこれだけは言わせて。私の事だけは信用して欲しい」


「あぁ、わかったよ…」


俺も立ち上がり、瀬川の元へ移動する。彼女はドアを開け廊下へ出ると、俺もそれに続いて出る。


人生初の女の子の部屋を、何の感想も思う暇なく後にしたのだった。



早歩きで廊下を進んで行く瀬川の後を付いて行く。柊の家程ではないにしろ、それなりの広さがあるこの屋敷。少し歩くと食堂と書かれた部屋の前に着き、瀬川がドアを開けて中へ入る。


その食堂には中央に10人が座れるくらいの大きさのテーブル。周りには使用人らしき人物が数名、その中には土谷もいた。


そしてそのテーブルの1番奥に座っている人物がいる。髭を蓄えた中年の男性で、髪は短髪できちんと整えており、着ている着物もよく似合っている。


「早乙女くん…と言ったかな?どうも初めまして、早苗の父です。なかなか早苗は友達を家に呼ばない子でね、とても珍しい事だ。せっかくだから昼食を食べなさい。さぁ遠慮せずに座って」


瀬川の、早苗の父は俺達にそう言った。言われた通りにテーブルへ座りながら俺は彼に言った。


「初めまして、早乙女と申します。昼食を用意してくれてありがとうございます。ですが申し訳ないのですが、ここに来る前に食事をしてしまって…お腹が空いてないんです」


「そうか、なら…そうだ。お茶を出そうか」


「ありがとうございます」


周りの使用人達が指示を受けお茶を用意し始めた。その間、俺達は瀬川の父親の前に座り待っていた。彼の口元が僅かに上がっていたのを俺は見逃さずに見ていた。


「どうぞ」


そう言って俺の目の前に出されたお茶。透明なグラスの中で氷がぶつかりカランとした音が食堂内に響き渡る。


「いただきます」


俺はグラスを手に取り、そのままお茶を飲んだ。横で瀬川は少し心配そうな顔で俺の事を見つめていた。


グラスの半分くらい飲んだところで、テーブルの上にグラスを戻した。そして急に意識が飛びそうな感覚に陥った。慌ててテーブルに手をつき体勢を保つ。


目の前に映るのは瀬川の父親の顔。朦朧とし始める意識の中でもはっきりとわかる程に、口角が上がっていた。


「早乙女くん!」


瀬川が俺の元へ寄り肩を掴んだ。そのまま俺は体に力が入らなくなり、テーブルに突っ伏した状態になってしまった。意識が消え行く中で、瀬川は何度も何度も謝っていた。彼女らしくない今にも泣きそうな顔で。



………。




早乙女が完全に意識が無くなり、眠りについた。私は彼に何という事をしてしまったのだろうか。謝って許してもらえるのだろうか。


「ふっはっはっは!流石だな我が娘よ。よくやった。さぁ後は私達に任せなさい」


「何度でも言う、早乙女くんは犯人じゃない…」


「それを決めるのはお前じゃない。それに犯人かどうかはこれからわかる」


「犯人じゃなかったらどうするの?私はどうやって彼に許してもらえればいいの?」



「早苗、こちらも何度も言うが一族の情報が漏洩してるんだぞ?そんな事言ってる場合ではない」



丁度1週間前。我が家の瀬川家の魔法の情報、つまり魔術に関する情報が漏れていると使用人の土谷が突き止めた。


瀬川家の人間は元々魔力から魔法を発動する際に発生する魔力波がとても少なく燃費の良い魔法を使える。それにより極小の魔法であれば使用しても魔力探知機には探知されない。これだけでも十分な情報なのは間違いない。簡単に言えば、瀬川家の人間は魔力探知機に探知されない魔法を使えるという事なのだから。


更に瀬川家は魔力の扱いに長けており、1秒にも満たない程の短時間の間に魔法の連続使用を可能としていた。これにより魔力波は断続的に極小の魔法並みの大きさしか出ないが、魔法自体は連続で発動すればする程大きな物となる。


先日の清水との戦闘で魔法を使用しても周りの魔力探知機が反応しなかったのは、この極小の魔法の連続発動のおかげである。だがこの魔法の仕組みを知る人物は瀬川家の人間と、その使用人達しかいない。


他に考えられるとすると、早乙女しかいないのが事実だ。清水との戦闘後、私が発動してしまった魔術を目の当たりにして、彼が気付かないはずがない。だから容疑者として真っ先に疑われるのもわかる。けども…



「早乙女くんは犯人じゃない」


「そんなに言うなら早くはっきりさせようか。おい、その男を運び出せ」


父の言葉に従い使用人達が早乙女の周りに集まる。そして四肢を担ぎ食堂から外へ運び出された。その使用人達の中には土谷もいた。その様子を私は見ている事しか出来なかった。


「あいつは例の地下室へ運び、これから尋問を受ける。今回は土谷にやらせる事になっている。おそらくすぐに結果はわかるだろう」


「なっ!土谷に⁉︎そんな…」



私は驚き、そして嫌な予感がした。


彼女はとても優秀で魔法の扱いも申し分ない。早乙女でも彼女に敵うかどうか…正直不安なところである。




「早乙女くん…どうか無事に帰ってきて…」

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