瀬川と柊の魔法(2)
「思ったよりもお前の魔術も大した事ねぇなぁ?」
大声で叫び笑う清水。だが油断はせずにひと時も瀬川から目を離してはいない。
いきなり飛び込み拳を繰り出す瀬川の攻撃も清水はヒラリとかわした。
「おっとぉ危ねえ危ねえ。まだまだ元気みてえだなぁ?」
再び清水は銃弾とナイフを飛ばす。瀬川もさっきと同じく両手で頭をガードした。
「きゃっ!ぐぁっ!」
今度は一撃頭部へ当てる事が出来た。瀬川の額から血が流れてきている。
そんな彼女を柊はただただ傍観している。
「おいおい、いいのか?仲間がピンチだぞ?」
清水がちょっかいを出しても、柊は冷静に言葉を返した。
「言ったでしょう、僕は手を出さないって。それにまだ勝負はついてない。余裕こくのはまだ早いと思うけど」
「なんだと⁉︎」
瀬川の方を見ると、床に蹲って呼吸を荒くしていた。
「ふっ、何が勝負はついてないだ?もう明らかだろうが!」
瀬川はゆっくりと上体を起こした。そしてフッと言って笑った後、情報屋の女に声を掛けた。
「すいません、そこのフード被っている人。この後清水が私1人に圧制されるって事を皆に伝えるんでしょう?」
「ええ、もちろんそのつもりですが…嘘をつく事はできません。あなたがちゃんと清水様に勝たない限り、その情報は回る事はないですが…」
「じゃあその情報にさらに価値を付けてあげる。『ボスの清水は女子高生の攻撃を受ける事なく倒された』っていうのはどう?」
「そ、それは凄い!素晴らしいです!ですが…そんなことできるでしょうか…?」
「大丈夫よ、その目で見届けなさい」
フードで顔が見えなくてもわかるくらい彼女は喜んでいたが、彼女らを清水は一喝した。
「お前ら黙れ!聞いてればなんだ?俺を攻撃しないで倒すだと?そんなことできるもんならやってみろ!」
清水は再び銃弾とナイフを飛ばす。瀬川はそれらを察知して様子を見ていた。加速する為の距離を取って離れたのを確認すると、瀬川は立ち上がり移動する。
「無駄だ、移動しても銃弾のスピードはかわせないだろう」
魔力を込めて銃弾とナイフが加速する直前だった。瀬川はものすごい勢いで走り出した。次の瞬間、銃弾とナイフは瀬川の頭部へ目掛けて加速する。
そして、ニヤニヤと勝利を確信している清水の背後に瀬川は立ち止まる。その時に気付いた時は遅かった。
清水の顔がどんどんと青ざめていった。
まさかこんな形になるなんて…。
「おい、まさか嘘だよな?冗談だよなっ?」
「安心しなさい。私はあれを何発食らったと思ってるの?このとおりピンピンしてるわ」
「それはお前が魔術を使っているからだろうがっ!」
「それを言うなら今飛んでくる銃弾とナイフは誰の魔法なの?自分の魔法なら自分でなんとかしなさい」
「くっ!」
「…」
瀬川は清水は銃弾を飛ばした後に、細かい操作ができないという事がわかっていた。
それは最初に銃弾とナイフを飛ばした時だった。一撃目で体勢が崩れた後の二撃目は頭部に当たらなかった。つまり、加速した後に弾道の方向を変えれないという事だ。変えれるのであれば二撃目も頭部を目掛けて飛んでくるはずだが、あの時は確実に両手に目掛けて飛んでいた。
もう加速済みのこの状況から清水が回避するのは不可能であった。
「うっ!うわああっ!」
腕で目の前を覆い頭部を隠して身構える清水。間に合わないのは承知の上で、少しでも軌道をずらそうと魔法で突風を巻き起こしたが、ナイフは惜しくも左肩に命中した。銃弾の様な速さで飛んできたのにもかかわらず、傷は浅く済んだ。
「うっ…くっ!」
突き刺さる痛みに耐えながらナイフを握り引き抜いた。息を切らしながら、大きくなる鼓動。その度にじわりじわりと服に血が滲み広がる。そして右手には、もはやナイフと呼ぶには何処が刃なのかわからない程ボロボロになった金属の棒が赤く染まっていた。
「どうやら刃こぼれしていたおかげで助かったみたいね」
清水の様子を見た瀬川がそう言った。清水はふざけんなと思いながら、もう片方の銃弾の行方が何処に行ったか気になり辺りを見渡す。すると、足元に銃弾のふた回りほど大きい石が転がっている。
「まさかお前っ!」
察しがついた清水は振り返って瀬川の方を見た。彼女は得意げな表情をして、清水の目の前の石を拾い上げる。
「そう。あなたの想像通り、この石は元々は銃弾。私が狙われる度に少しずつ魔力を込めておいて、あなたの魔法が発動すると同時に私も魔法を発動した。流石にこの大きさになったら、あなたの魔法でも銃弾の様な速さで飛ばすのは無理みたいね」
何故そんなことをしたのか?などと清水は問わなかった。というよりも、その答えを聞きたくなかったと言うのが正しかった。
自らの幼稚な戦略と魔法で油断し自爆しそうになった自分を助けたのは、その戦略と魔法で追い詰めた相手だった。いや、違う。追い詰めたと思っていたのは自分だけだ。もしかしたらずっと相手の手の内で踊っていただけなのかもしれない。
刃こぼれしたナイフも、きっとそうに違いない。あの酷い状態なら当たっても致命傷にならないと瀬川ならわかっていたはずだ。
とりあえず清水は、これだけは理解した。瀬川には敵わないという事がわかった。
「どうやら勝負あったようですね」
呆然と立ち尽くす清水を見て情報屋の女が言った。清水は反論すらせずに、下を向いている。
「さて、ではさっさと帰りましょうか」
瀬川は柊と天野の元へ向かって歩いた。だが清水とすれ違った時に、彼はいきなり動き出した。完全に戦意喪失していたと思い込んで油断していた瀬川は一瞬反応が遅れてしまった。
けれども清水が向かった先は柊の所だった。
「はっはっは〜、最初からこうしとけば良かったんだ!」
清水は柊の頭を掴み上を向かせる。そして紙すらも切れないような金属の棒きれを喉元に突きつけた。
瀬川に敵わないと判断した清水にはもうこの手しか残されてなかった。柊を人質に取るという作戦だ。
さっきは勝負に勝ったら好きなようにしていいとか何とか言ってたのに、卑怯だなどと言われようが関係ない。勝負での勝ち負けよりも重要なのは作戦が成功するか失敗するかだ。
瀬川は焦り、柊は怯えて動けない。その状態で許しを請うのを想像しながら清水は得意げに笑う。だが瀬川がとった行動は清水の予想とは違うものだった。
彼女は柊を人質に取った清水を見て、結んだ髪を解き、ため息を吐いた。そのため息も安堵と呆れが混ざったような感じで、とても焦っている様子ではない。
「なっ⁉︎おい!見えねえのかこれがっ!」
清水は柊をさらに持ち上げる。グイッと喉元に食い込む棒きれを見ても瀬川の様子は変わらない。
「言っとくけど、彼は正真正銘のバケモノよ」
「は?」
清水が呆れた顔をしていると、柊は清水の腕に手を触れた。その様子を見て警戒していたのは瀬川1人のみだった。
「安心しなよ瀬川さん。今回は君に危害を加えたりはしない」
次の瞬間、清水の手から棒切れが地面に落ちた。何が起きてるのか清水本人が理解できてなかった。そしてワンテンポ遅れて何が起きてたのかに気付いた。
柊の手から、物凄い勢いで彼の魔力が体内へ流れ込んできていたのだった。清水本人がその事に気付く前に腕は力が抜けて使い物にならなくなった。
残る片方の腕で反撃をしようと思うの、それもつかの間。柊の圧倒的な魔力を前にして、清水はただただ怯えるだけの存在となった。
「ひぃぃっ!やめてくれ!助けてくれ!」
体内に流れ込んでくる魔力は、次第に身体中を満たしていった。悲鳴をあげて力が入らない体を可能な限り動かし抵抗するも柊は魔力を込め続けた。
そして清水の全身に魔力が行き渡ると、彼は気を失ってその場に倒れ込んだ。
瀬川はそれを見て安堵の溜息をついた。だが安心できたのも一時だけだ。
清水を倒しても、まだここには彼の仲間達がまだ大勢いる。彼らを相手にしながらこの倉庫内から出るのは流石に厳しい。
その内の1人が笑みを浮かべながらこちらを睨みつけて言った。
「ふふっ、ボスがやられちまったからといって焦る事はない。俺たちには強力な助っ人がいるじゃないか!塚原さんが戻ってくるまで待っていればいい」
その一言で彼らは活気付く。
「そうだそうだ!」
「俺らは負けることはない!」
声を荒げる男達を背に、少し焦った様子で瀬川は柊の元へ駆け寄る。
「何者なの?塚原って人は…」
瀬川が呟くと、柊の肩に天野が手を置いた。柊は驚き体をビクッと震わせた。
「塚原は…殺し屋だ。おそらく腕の立つ人物だろう」
柊の後ろから聞こえた、その声の主は天野だった。肩にかけた手に力を入れて、そのまま上体を起こした。
「君達のおかげで、ここまで回復できたよ。ありがとう」
「お礼を言うのは後です。塚原について教えて下さい」
「君、瀬川さんだっけ?僕初対面だよね?なかなか高圧的だね?まぁいいか。でも僕も本調子じゃない。話すのもまだ辛いんだ。だからそこのフードの姉さんに教えてもらうといい」
柊と瀬川の視線が、そのフードの中に注がれる。情報屋の女は、フードを引っ張り深く被り直す。
「本当ならここで情報料をもらうところですが…ここはかわいい後輩達に免じてタダで教えてあげましょう。塚原さんは天野くんの言う通り、腕の立つ殺し屋です。その腕は清水様も一目置いていたみたいです。ここぞという時や必ずミスできない仕事がある時に、よく塚原さんに仕事を依頼していました。そして、その彼がよく使用するのが爆弾でした。証拠を残さずに完璧にこなす仕事と爆弾という派手な手法のギャップから、この世界ではちょっとした有名人です」
「なるほど、そこまで清水から信頼されてる人物が今は『向こう側』で作戦実行中ってことね」
「先輩、もう一つ教えて下さい。塚原が爆弾を仕入れた記録とかあったりするんですか?」
「それが、全く無いの。火薬どころか導線の一本すら購入した形跡がない」
その言葉を聞いた3人はホッと溜息を吐き、胸を撫で下ろした。思った反応とは違う態度を見せた後輩達に彼女は戸惑う。
「何故です?この事を聞いてあなた達は何故安心できるのですか?」
「先輩、おそらく塚原の爆弾が僕達の思っているような物だとしたら問題ないでしょう。なにせ、その手の爆弾処理に関しては優秀な後輩がいますから…」




