清水の誘惑と魔法
薄暗い倉庫内。清水のアジトへ天野の救出に向かった瀬川と柊だが、状況は芳しくない様子だった。
周りを清水の仲間達に囲まれ、身動きが取れない。天野に近づこうとすれば攻撃されて飛ばされ元の位置へ戻される。そういった事を瀬川は何回か繰り返していた。柊は瀬川を心配しながら大人しくじっとしていた。
「何度やっても無駄だ、諦めな」
再び吹っ飛ばされる瀬川に清水はそう言った。瀬川は歯を食いしばり、再び立ち上がった。身体中擦り傷だらけの彼女は、息を切らしながら天野の前に立ち塞がる清水の仲間達を睨みつけていた。
「瀬川さん、深呼吸して一回まず落ち着こう」
柊は瀬川に声を掛けて、体制を立て直そうとした。瀬川はゆっくりと柊の方を振り向いた。
「はぁ、はぁ…確かに君の言う通りかもね…」
意外にもアッサリと瀬川は落ち着きを取り戻した。とは言え柊にこの状況を打破する秘策はない。あるとするなら自分の魔法で清水らを一掃することぐらいだ。だがこれは最後の手段である。魔法免許の無い自分が使い後々に食らうであろうペナルティーを考えると本当にピンチに陥った時にしか使わないと決めている。
何も良い案が出ずに、数分間沈黙が続いた。気付けば清水の仲間達は僅かに距離を詰めてきている。
「せっかく私は落ち着きを取り戻したのに、何か作戦は無いの?学園一の秀才くん」
「この状況でよくそんなことが言えるな…。学校の授業でこういう場合どうしたらいいかなんて問題出ないだろ」
ジリジリと距離を詰めてくる男達と策がない瀬川と柊。もう柊は魔法を使うしかないと思い、魔力を少しばかり出した瞬間だった。
倉庫内に手を叩く音が響いた。柊は魔力を収めて状況を確認する。
手を叩いた人物は清水だった。後ろから男達をかき分け前まで出てきた。
「いや〜君達の天野を助けたいって思いが立派なのはわかったよ。だが俺達が相手じゃ敵わないのもよくわかっただろう?そこで提案なんだが、人質交換といかないか?」
清水はそのまま前に歩き続ける。そして瀬川の前に立つ。
「君と天野を交換するってのはどうだ?何度も何度も立ち向かってきた君の姿を見て気に入ったよ。俺のことに来れば佐奈田を超える逸材になるのは確かだ。大丈夫だ、悪い思いはさせない」
清水は瀬川の肩を掴んだ。そしてもう片方の手で顎を掴みクイッと顔を上げた。
瀬川は清水と目が合うとフッと言って微笑んだ。そして一度顔を背けて、上目遣いで清水を見つめながら身体を手で触り始めた。
「確かに貴方の仲間に入れば楽しいかもね。思いっきり暴れれそうだし…」
「瀬川さん…本気で言っているのか⁉︎」
柊はがらにもなく瀬川に叫んだ。すると瀬川はくるっと柊の方を向き、逆に質問する。
「私達の使命は天野先輩を救出すること。もう万策尽きてなす術もない状態に陥ったなら、私が犠牲になり達成する他仕方のない事じゃない?」
「なら次は君を助ける為にまた行動しなきゃいけないじゃないか…」
「別に助けに来なくてもいい、この人となら楽しくやっていけそうだもの」
瀬川の手が清水の胸元から腰にまで移動する。頬を赤らめ吐息を漏らし、普段の彼女からは想像できない様子の瀬川に、清水も口元を緩めている。
「ほう…思ったよりも血気盛んなようだな。益々気に入ったよ」
清水も同じく瀬川の身体を手で触り始める。肩から腕、そして腰にまで手を下ろした。その間瀬川はビクビクと身体を震わせ呼吸を荒げていた。
その反応も楽しんでいた清水はさらに手を進めた。そして瀬川の脚に手が触れた瞬間に、瀬川に腕を掴まれ止められる。同時に清水の背中に手を回しグイッと身を引き寄せた。
抱きつくような格好になりながら瀬川は吐息を漏らしながら清水の耳元で囁いた。
「はぁ…清水さん、ダメですよこれ以上は。みんなが見ていますから」
「そうかそうか、じゃあ後の楽しみということにしとこうか」
「それと、1つ勘違いしてそうだから教えてあげます。私のタイプは私よりも強そうな人が好みです」
瀬川は一度清水と距離を取り顔を見せた。瀬川は先程の様子とは一変し、完全に落ち着きを取り戻したようだった。比べて清水はまだ何が起きたかわかっていない様な顔をしていた。
「君が何を言っているのかがわからないな…」
「そうですか…では簡単に言うと、貴方みたいな人は私は嫌いだと言っているんです」
「なんだと⁉︎」
清水は一瞬混乱したが、気持ちはすぐに怒りへと変わっていった。そして一時でも瀬川を仲間にしようと思っていた自分に腹を立てた。これだけの痛い目にあっても、目の前のこの女が自分より強いと、彼女はそう言っている。それが許せなかった。
「貴方に触られる度に襲われる嫌悪感に、我慢できず私は身体を震わせていたじゃないですか。まさか気付かなかったのですか?無理もないですね」
「この女っ!」
清水は瀬川の首元に手を伸ばした。だが体重を乗せて勢いよく伸ばした手は瀬川の首に届く事なく、寸前のところで瀬川に腕を掴まれた。
清水は咄嗟に手を振りほどいた。確かに彼女は普通の女子高生ではなさそうだ、自分より強いというだけの事はある。けれどもどうだろう?さっきと状況は変わらない。有利なのは違いない。清水は余裕の笑みを浮かべる。
その清水を見て瀬川は彼に話しかける。
「まだ状況を把握されてないようですね…笑う暇があるのであれば周りを見渡してみてはどうでしょうか?」
「なんだって⁉︎」
清水は言われた通りに周りを見渡してみた。自分達を囲い込む仲間達、何故か皆が心配そうな顔でこちらを見ている。その理由がわからないまま後ろを振り返る。
すると、そこには銃口を向けた柊が立っていた。なるほど、皆の表情の原因はこれか…。
柊が持っている銃…清水にはもちろん身に覚えはある。いつの日かスキンヘッドのチンピラから奪った銃だ。
「本当は貴方を無力化して人質としようと思って近付いてみたら、まさか銃を持っているとは思わなかったわ」
「いつの間に銃を取ったんだ?」
「貴方が私の脚に触って抱きついた時に、腰にしまっているそれを抜いて柊くんに渡した。まさかこんなにも上手くいくとは思わなかったけど…でもこれでわかったでしょう?私は貴方みたいに女の武器に引っかかってヘマをするようなマヌケには興味がないの」
柊はカチャッと金属を鳴らし、銃口の狙いを再度定める。
「清水、天野先輩を解放しろ!もう勝負はついているだろう、このまま無事に帰してくれればこれ以上のことはしない」
倉庫内が緊張感に包まれる。誰1人として動けずに、ただただ見守っている。拮抗した状況の中で、まだ1人だけ余裕を保っていた人物がいた。もちろんそれは清水だった。
銃口を向ける柊を見ても清水は態度を変えなかった。むしろ余裕の笑みが増したように見える。
「フッフッフッ…あーはっはっは!まさかこれで?これで俺が屈服すると思っているのか?あぁ!?」
清水の笑い声が倉庫内に響く。声の大きさからしてハッタリではないだろう。堂々とした清水を目の前に、今度は柊が怖気付き出した。僅かに銃口の先が震えてるのが瀬川は気付いた。
「お前に俺は撃てない。そんな度胸もない奴が銃を持ったところで無意味なんだよ!」
「バカにしやがって…」
柊は狙いを定める。緊張と清水の威圧的な態度を前にして、かなり動悸と呼吸が荒くなっていた。息をする度に、心臓が動く度に銃口が上下に揺れた。
「…はぁ、はぁ…」
「おいおい大丈夫か?間違っても仲間に当てんじゃねえぞ?跳弾も気をつけれよ?」
「うるさい!」
清水は全く動じなかった。平常心を保ち柊の出方を伺っていた。そして一歩柊に近づくと突如銃声が鳴り響いた。
柊は清水の威圧に負け、引き金を引いてしまった。
だが弾道は清水に当たるどころか、清水の足元の地面に当たった。
「はぁ、はぁ…次は当てるぞ!」
清水は柊のその様子を見て、もう自分の勝利を確信した。そして胸元から煙草を取り出し一服した。
「残念ながら次はねぇよ」
えっ?と柊が声を出したと同時にそれは起きた。
撃った銃弾がすごい速さで目の前を通り過ぎた。
瞬きをして、次に目の前に入ってきたのは吹っ飛ばされて宙を舞う瀬川の姿だった。
そのまま彼女は地面に脱力したままの姿で頭から地面に落ちた。ドサっというより、グチャっといった様な音を立てて落ちた彼女はピクリとも動かずに、頭から流れた血が地面を赤く染め広げていた。
柊はその光景を見ただけで戦意喪失した。
銃を握っていた手は、もう力が入らずに、ブルブルと震えている。その手を眺めながら立ち崩れる柊に清水は声を掛ける。
「だから気を付けろって言っただろう?さて、これからどうする?銃で友達殺しちゃったなぁ?」
「僕は…僕はやってない…僕はやってないんだ!」
「実はな、その銃だが俺は一回も使った事はない。それに引き金も俺は触った事がない。つまりその銃の引き金にはお前の指紋しか付いてないって事だ。その証拠があったとしてもお前は自分がやってないと言い張るのか?」
「うっ…」
柊は何も言えずにしゃがみ込んだまま涙を流した。そしてそのままその場にうずくまりヒックヒックと身体を震わせながら泣いていた。




