奇襲開始(6)
どれくらい時間が経っただろう?
魔薬の効果で、自分の魔生核が壊れるまで魔力を放出し、固くて冷たいコンクリートの床の上で仰向けになっている天野はふと思った。
薄暗い倉庫内を照らす僅かな光が見えるが、焦点が合わなくて良く見えない。まるで自分の体じゃないかのように、指先1つですら動かせない程に力が入らない。頭がぼーっとして、気力も湧かない。
それでも時間の経過を気にするのは、天野にとって重要な事だからだ。
穂花ちゃんはどうしてるだろうか?早乙女くん達はどうしてるだろうか?自分の身よりも天野は仲間の心配をしていた。というよりも、出来る事と言えば心配をするくらいだ。
可能な限り辺りを見渡してみる。周りにいる清水らは、とっくに天野に興味が失せている。横たわる彼の姿は無防備そのもので、体が思うように動けば今すぐにでも逃げ出せる。情け無い自分が悔しく、昂ぶる感情に拳を握りしめようとしても、それすらも出来ずにいた。
「ボス!例の奴らが来ました!」
倉庫内に外から一瞬光が差し込む。その隙間を通って入って来た男が叫んだ。声が響きわたり、周りの連中がその男に注目した。
「人数は?」
「それが、たった2人です」
「俺らをなめやがって…まぁいいだろう。向こうに連絡を入れておくか」
清水が携帯を取り出し、電話をかけた。周りの連中らは静かに戦闘体制を整える。その一連の動作は穏便で尚且つ俊敏であった。
そして倉庫の出入り口の周りには、大人数の武器を持った男達が立ち並ぶ。丁度清水の電話が終わり静かになったタイミングで、再び倉庫の扉が開く。眩しい光の中に立つ2人の人影の主は、柊と瀬川だった。
天野を助けに来る仲間達とは、一体どんな奴が来るのだろうか?清水は疑問に思っていたが、目の前に立ち並ぶのは小柄な男子生徒と女子高生だ。絶対的な勝利を確信した。
…。
場所は変わり、佐奈田が眠る病院。紅蓮と
塚原は共に病院内を歩き回っていた。塚原いわく、佐奈田を捕まえ、その後の動きをスムーズにする為周囲の状況も知りたいとのことらしい。
歩き回ること約1時間、大体病院内全ての場所を回っただろうか。休憩しようと待合室に着いて、紅蓮は飲み物を買おうと自販機に硬貨を入れた。自分の分と塚原の分の2つの缶ジュースを持って待合室へ戻ると、入れ替わりで塚原が待合室から出て行った。
「すまん」と言って掛けて行った彼は、着信音が鳴っている携帯電話を持っていた。その姿を見て紅蓮は察しがついて、1人待合室に残り塚原が戻るのを待った。
持っていたジュースを飲み、半分くらいになったところで塚原は戻ってきた。紅蓮は彼にも缶ジュースを渡した。
「職場からの電話ですか?」
「すまん、ありがとう。あぁそうだ、ようやく準備が整ったみたいだ。病院の周りに俺の仲間達が配置に付いた。最悪佐奈田が病院から脱出したとしても逃げ切るのは無理だろう」
「それなら安心ですね」
「まぁ彼女は病室で眠っているだろうから、最悪の事態にはならないと思うが…紅蓮も気をつけてくれ」
塚原は缶ジュースを飲み干して、紅蓮と共に佐奈田が眠る病室へと向かう。彼女がいるのは、魔法制御不能症の小鳥遊水奈の病室だ。魔力から完全に隔離されたその病室は、常に密閉され睡眠薬も投与されている。でなければ魔法制御ができない小鳥遊水奈により焼き殺されるだろう。
そんな特殊な病室は、親族でしか病室の隣の部屋までしか入れない。だが病院の受付で警察手帳を見せるとすんなり案内してくれた。
部屋の入り口前まで付いてきてくれた看護師さんは、塚原と紅蓮に軽く礼をしてその場から離れる。塚原は看護師の姿が見えなくなるのを確認し、ドアノブを握る。その時だった。
室内から魔力を感じる。それも風と火の2種類の魔力だ。断じて自分の魔力ではないのは確かだ、そしてその2種に関しては自分が常に操っていた魔力属性だ、感じ間違えるはずは無い。さらに自分以外に風と火の属性を持つ人物はまず居ない…つまり、この室内には少なくとも2人以上の人物がいるはずだ。
塚原は後悔した。1番最初に佐奈田が眠る部屋を確認するべきだったと。
ドアノブを握り捻るまで一瞬戸惑ったが、塚原は勢いよくドアを開けた。次の瞬間、彼の目に入ってきたのは、室内で椅子に座ってる男子高校生2人。彼らは隣の魔力を完全に隔離した部屋で横になっている小鳥遊水奈をガラスの窓越しの窓から眺めている。
男子高校生2人の内の1人は誰だか塚原にはわかっていた。隣の部屋で寝ている小鳥遊水奈の兄貴だ。そのくらいの下調べはしてきていた。だが彼がここにいるという状況がまずい、これでは佐奈田は小鳥遊家の了承の上で匿われていたという事になる。
これまで天野が佐奈田を匿うために、監禁者と被害者側の小鳥遊水奈を同じ空間の中に入れるという非道な行いをしたとして悪者にしてたが、小鳥遊賢がここにいる事によって矛盾が発生する。その事に気付きいち早く行動したのは塚原だけだった。
後ろで立っている紅蓮の手を掴み、自分の前へ引っ張り出した。紅蓮は驚いた声を出し、抵抗する間もなく気付けば塚原の腕に首が絞められる格好となり自由が奪われた。その一連の動作は素早く、その間に小鳥遊ができたことは表情を曇らせる事だけだった。
この状況、説明しなくてもわかるはずだ。なのに何故…?
塚原は目の前の男子高校生の前で人質として紅蓮を拘束している。小鳥遊は大人しくして不安がっているが、もう1人はそうではない。ただただ塚原の事を見つめている。その表情には不安というものを一切感じられない。逆に余裕すらあるように見える。
だが、もしかして…状況を理解していないのかもしれない。その可能性も無くなない。塚原は説明するように言った。
「お前達大人しくしていろ。でないとコイツがどうなってもいいのか?」
紅蓮を抑えている腕がギュッと絞まる。紅蓮は苦しそうにし、力を振り絞って声を出した。もう1人の男子高校生の名を。
「頼んだぞ…早乙女…」
塚原は頭の中の記憶を駆け巡る。だがわからない、早乙女という人物の情報は出てこなかった。その謎の人物は塚原の事をまだ見つめて、彼の不安を確信させる一言を放った。
「大人しくしていろ…か、どうやら自分の立場を理解してないようだな」
何を言っているんだコイツは?塚原は一瞬呆れてしまったが、次の瞬間には不安が募ってきた。だがまだ状況は自分の方に利があるはずだ。
「よくもそんなセリフが言えるな、大したもんだ。だがこの状況で君なら何ができるっていうんだ?知ってるはずだ、君達の仲間達が清水さんのアジトへ乗り込んでいる事を。その仲間達も人質として…」
塚原は話すのを止めた。何故なら早乙女が一つ大きなため息を吐いたからだ。ただならぬ余裕を持つ彼に、塚原の心は不安で満たされていく。
「何もできないのはあんたの方だよ。清水んとこに乗り込んだ俺達の仲間も、目の前の生徒会長も人質に取ったところで意味はない。佐奈田をあんたに引き渡す気は無い」
「そうか、そうかもな。だけど人質はまだ沢山用意している」
塚原にはまだ策があった。だが続けて早乙女は塚原に言い放つ。
「あんたは火と風のキメラのようだな。病院の各病室に仕掛けた爆破魔法の事か?火の魔力と風の魔力を混ぜる事なく上手に仕掛けていたみたいだが、それが発動する事はない。それに魔力を隠すのが下手すぎるな、俺にはすぐに火と風のキメラだってわかったぞ?天野会長と比べれば二流…いや三流の魔法使いか…」
「は⁉︎何言ってんだお前は?魔法が発動する事が無いだと?何故そう言い切れる?ハッタリだ、ハッタリに決まってる!」
早乙女は数秒の沈黙の後、仕方がなさそうに言った。
「本当は言いたくなかったんだがな、病院内に仕掛けてあるあんたの火の魔力を全て消した。魔法を発動させても、せいぜい窓のカーテンが揺れる風が吹くだけだ。それに生徒会長と行動していたおかげで魔力波長の特定も容易だったから助かったよ。」
「魔法波長の特定…?何を言って…」
ふと記憶が蘇る。天野を車に乗せ、車内で話したことを思い出した。魔法波長を感じ取れる人間がいるという話だ。その時は冗談と思って軽く流したが、天野が言っていたのはコイツの事だったのか!
だとすると、早乙女は只者ではないはずだ。どうやって魔力を消したのかは不明だが、心の中の不安が確かなものとなりつつある。
「そうか、君が天野の言っていた…。フフフ…ハーハッハッハ、ここまで追い込まれたのは初めてだよ、見事だ。では俺も最後まで足掻いてみようじゃないか。さて、君はどうするのかな?」
塚原の紅蓮を抑えている腕に、さらに力が入る。そして早乙女は塚原に再び言葉を発した。
「言ったはずだ、何もできないのはあんたの方だと…」




