奇襲開始(3)
塚原と名乗る警官が僕を車に乗せ、走り出した。バックミラー越しに見える彼女は姿が見えなくなるまで突っ立っていた。すると塚原が質問してきた。
「彼女とは実際のところ、どういう関係なんだ?」
「あなたが思ってる様な関係ではないですよ。ただの同級生です」
車内は至って普通だ。僕と塚原しかいないし、拘束もされていない。今すぐにでもドアを開けて逃げ出せそうだ。
「僕も質問いいですかね?」
「なんだ?」
「何故僕は捕まったんでしょうか?」
「…」
目の前の信号が赤色に光った。車はゆっくりと停止し、塚原は胸元からタバコを取り出した。そして慣れた手つきで火を付け、窓を開けてひと息ついた。
僕はその様子を見るだけで充分だった。
「なるほど、やっぱりそういう事でしたか…」
僕には、警察が本当に僕の事を追っているとは思えなかった。何故なら佐奈田は証拠不十分により、誘拐監禁者として警察からは追われていない。それを今更佐奈田を誘拐監禁者として、さらに今まで警察の柊宅で匿っていたのだから、警察としては公にしたくない事のはずだ。
とすれば佐奈田を追っているのは清水しかありえない。僕は塚原が警察と偽って僕を捕まえにきた清水の仲間だと疑っていた。僕が捕まった理由を聞いても即答しなかったのを見ると、僕は確信した。
本当に警察なら、佐奈田が誘拐監禁者として証拠を掴めた事を言うはずだ。佐奈田が犯罪者で、身柄を匿うのに協力していたとして僕を捕まえたと。
それに塚原はもう自分が清水の仲間だと隠す気もない所を見ると、これから連れてかれるのは清水の所だろう。
「どうした?逃げる絶好のチャンスだったのに…」
信号が青に変わり、車が走り出した。
「僕が逃げたとしても、すぐに捕まりますよ。僕をこうして拘束しないのは、すぐ捕まえられる自信があるから、そうでしょう?」
「お前、なかなか面白い奴だな」
「それにあなたは隠している様ですけど、キメラですよね?それもとても珍しく危険な魔法と見ました。そんな人から僕は逃げようなんて思いませんよ」
「珍しいのはお互い様だろう。生徒会長の彼女は気付かなかったのに、君は凄いな。よく気付いたものだ」
「彼女は混合型のキメラですから無理もないです。でも中には魔力属性の他に微力な魔力波や魔力波長もわかる人もいるみたいですからね」
「魔力波はわかるが、魔力波長がわかる人は流石にいないだろ。魔力探知機じゃあるまいし」
「…」
塚原は軽く笑った。その後も僕は塚原に対して質問を続ける。
「塚原さんは清水さんの組織の人間なんですか?」
「そんな事を聞いてどうするつもりだ?」
「僕を逃がす気はないですか?そして佐奈田さんも諦めてもらう」
「…それはダメだな、清水さんからの依頼は君を連れて行き佐奈田も生かしたまま回収することだ。君を逃した所で何か利点があれば考えてやってもいいと思うがな」
「僕を逃がして佐奈田さんも諦めてくれれば今後一切僕達とあなた達は関わらないと約束しよう」
「…まぁ決めるのは清水さんだ、俺じゃない」
ふつふつと僕の中で激しい感情が湧き上がってきた。こんなの僕じゃない、だけど我慢できずに言葉になって出ていた。
「今更無関係ぶってんじゃねぇぞ?いいか、穂花ちゃんに嘘付いて泣かしたあんたは絶対許さない」
塚原は何も言わずに運転を続ける。そして車は、とある倉庫の前で停まった。
「この先もその生意気な口が続くようなら、考えてやろう」
塚原が車から降りた。そして僕の横のドアを開けて腕を引っ張る様に倉庫の前に連れてかれる。外の空気は潮風の匂いがする。ここは海岸に近い事がわかった。
倉庫の扉が静かに開く。僅かな隙間に無理矢理押し込まれる様に僕は中へ入れられた。続いて塚原も倉庫内へ入り扉が閉まる。薄暗い中、目が徐々に慣れてくると、1人の男が椅子に座っていた。雰囲気からして聞くまでもなく、こいつが清水だとわかった。
周りにも大勢の人がいる。暗くて全員は確信できないが感じる魔力から、約20人くらいはいるだろう。
「思ったより早かったな、流石塚原さん」
「今回はいつもより多くの依頼金を頂いてますから、これくらい当然です。あとは佐奈田さんも連れて来れば完了ですね」
「今月中に間に合うだろうか?」
「御心配なく、最強の味方を付けましたから大丈夫ですよ。魔公学園のトップに君臨する女王様をね」
「それは頼もしいな」
清水と塚原が笑いながら話し合う。僕はそれを遮る様に叫んだ。
「もうこれ以上彼女には近くな!」
清水が笑うのを止めて僕を睨んだ。すると、周りの人達が僕の四肢を掴み押さえ込んだ。そして手と足を縄で縛り自由を奪われた。芋虫の様に横たわる僕の前に清水が立ち見下した。
「大人しくしてろ。変なことをしようと考えない方がいいぞ。塚原さんの言ってる女王様が大事なら尚更のことだ」
「お前ら…彼女を利用した後は人質にするつもりか⁉︎」
「うるせぇな、こうなりゃ早いとこやっとくか」
清水が胸元から何かを取り出した。注射器のようなそれは、針先から何かが滴り僕の頬へ落ちた。
「新しい魔薬も試せて邪魔な奴を無力化できる。まさに一石二鳥だな」
「なっ⁉︎まさか!やめろ!やめてくれっ!」
必死に体を動かし抵抗し、魔力を集め魔法を発動させるのも間に合わずに、僕は清水から魔薬を打ち込まれた。
左腕にチクリと痛みを感じ、次の瞬間には身体中から魔力が沸騰する泡のようにボコボコと出てくる。それを抑える事は無理だった。僕は叫びながら魔力を辺りに放出し続ける事しかできなかった。
「あ〜あ、いいんですかい?貴重な薬を使ってしまって。話し合えばもっと簡単に解決できたかもしれませんよ」
「大人しくしろと言っても聞かないガキだ。話しても無駄だ。それに情報屋が恐れていたのがこいつだ。早いとこ無力化した方が良い」
「…」
塚原は顎に手を当てながら何か考えていた。言いたいことがあると清水も勘付き、どうした?何かあったのかと聞いた。
「清水さん、ちょっといいですか?今回は彼と佐奈田を諦めるって事はできないですか?なんか俺は嫌な予感がするんです。彼からは…天野からは只ならぬ気配を感じます。それに清水さん達の事も恐れていない様子…。何か秘策があるのではないでしょうか?俺の殺し屋としての勘がそう言ってる」
塚原は周りの人間に聞かれないよう耳打ちで話した。だが清水の考えは変わる事はない。彼は塚原の胸倉を掴み、鬼の形相の様な顔で激怒しながらも声は冷静だった。
「いいか?佐奈田を諦めるのはありえない。俺の面子が丸潰れだ。そして佐奈田を回収するには天野が邪魔だ。天野が薬で無力にした今、もうやる事は1つしかねぇんだよ。それに今回は失敗は許されない。君にどれだけの依頼金を払っているか良く考える事だ。いいな?」
清水は手を離した。塚原は反動で半歩程後ろへ下がる。そして表情1つ変えずに襟元を直し、何事も無かったかの様に立っていた。これには流石に周りにいた清水の仲間達も唾を飲んだ。
「依頼人のあなたがそう言うのであれば俺は従います。が、別に何も考えずに依頼をこなすのであれば俺じゃなくてもいいと思っていましたからね。俺に依頼した意味を俺なりに考えただけのことです。それでは…」
塚原は外へ出て行った。清水は気に入らない様子で、舌打ちを鳴らした。そして僕の方へと近いて来た。
「気分はどうだい?天野くん?」
「ふふっ、最高かな…」
正直のところ気分は最悪だ。魔力は制御不能で溢れんばかり湧き出してくる。魔力を操れないため魔法も使えずに、同時に吐き気と頭痛、熱と倦怠感もある。今は横になっているからよくわからないが、多分目眩もある。立つ事も出来ないだろう。
「そんな冗談が言えるならまだまだか…。今の君は魔生核が破壊されながら暴走している状態になっている。落ち着いた時を楽しみにしてるがいい」
「…ふっ、落ち着いたら僕の魔法であんた達をすぐに蹴散らしてやるよ」
僕の言葉を聞いた清水はニヤっと笑った。そして楽しそうに清水が話しだした。
「落ち着いたということは、魔生核が破壊され尽くしたということなんだよ。つまり、君はもう今までの様に魔法が使えなくなるかもしれないってことだ」
「何だと…⁉︎」
「フハハハハッ!いいねぇ、そうそうその顔だよ⁉︎そういう顔が見たいんだよ俺は!絶望と驚きが混ざった顔がな」
倉庫内に清水の笑い声が響き渡る。周りの連中も同じ様に笑い出した。
数秒後、笑いも落ち着き倉庫内が再び静かになった。僕はまだ魔薬の影響で魔力を放出し続けている。
「…清水さん、僕の魔法も奪った事ですし、これで勘弁してくれないですかね?」
「なんだ?佐奈田を大人しく差し出す気になったのか?」
「フッ、その逆ですよ。このまますんなり佐奈田さんを諦めてくれれば、あなた達を見逃すと言ってるんです。それでも佐奈田さんを取り返す気なら、僕の仲間が容赦しないでしょう」
「どうやら魔生核の他に頭もやられてるらしいな…言葉が通じないなら体で教えるまでだ」
清水は手を伸ばし、自ら僕の頭を抑えた。そして四方八方から蹴られ、殴られ続けた。痛みが走る度に僕の叫びが倉庫内に響く度に清水と周りの連中がニヤリと笑っていた。
何発も食らい、痛くても次第に声も出なくなった。ぐったりとして身体中に力が入らない。かろうじて意識がある状態だった。それでも魔力はガンガンと放出されていた。
「さて、これくらいにしとくか」
清水は僕のポケットから携帯を取り、離れる。そして携帯を開いて何かメールを打ち始めた。
「俺は佐奈田を回収するつもりだ。それならお前の仲間が容赦しないんだろう?ならどんなもんか見せてもらおうじゃないか」
清水は携帯を僕に投げつけた。床に落ちた携帯はヒビが入り、メール送信中と書かれた画面を見て僕は気を失った。




