魔公学園、第一総合試験
「えー、それではこれから魔法学園総合試験を始めます」
教室に戻ってきた担任の鬼嶋が、教壇に着いていた。眼鏡をクイっと上げて光を反射していた。
「まずは総合試験の説明をしますね。総合試験とは魔法実技、学力、身体能力の3点に対しての試験です。やる目的としては今後の自分の学校生活の参考にして欲しいということです。この学校には部活や同好会が沢山あります。スポーツが苦手なら部活に所属して克服したり、魔法が苦手なら魔法研究部もあります。ちなみに勉強が苦手なら、自分で勉強するしかないです。成績には関係しませんが、皆手を抜かないように全力で行って下さい」
鬼嶋は生徒達にテスト用紙を配り始めた。生徒は配られた用紙を後ろの生徒へ渡していく。鬼嶋は配りながら説明を始める。
「このテストは国語、数学、理科、社会、英語の5教科の分野がそれぞれ20点ずつの計100点満点のテストです。ボリュームはそれ程ないので、時間は1時間です。あと言い忘れてましたが、この総合試験はそれぞれの試験結果が発表されますので頑張って下さいね。それでは始め」
生徒は一斉にテストを始める。先程まで、成績に関係はないと言っていたが、試験結果は発表されると聞いた途端に、生徒達の真剣さが一気に増したような気がした。熱心にテストを解答してる中、シャーペンが紙をなぞる音が静かに教室内に響いていた。
………。
(ふぅ、とりあえず一通りは終わったな。見直しをしようかな)
テストの残り時間は約10分。ボリュームがないとは言ったものの、見直しを含めればギリギリだった。教室内には、まだテストを終えてない生徒が多数いた。カリカリと音が止まないうちに時間が来た。
「はい、そこまで。後ろから集めて下さい」
終わってない生徒は、「うわー!」だの「まじかー!」と騒いでいた。俺はなんとか見直しも含め全て終えれた。
鬼嶋は生徒達からテスト用紙を集めて、教壇の上でトントンと叩き揃える。
「これで学力試験は終了です。次は身体能力試験ですね。休憩時間終了までに、着替えて体育館に集合して下さいね」
鬼嶋はスタスタと教室から出て行った。まるで機械のように、一定のテンポを崩さず歩いて行った。
俺も早めに着替えて準備をしようと思い席から立ち教室から出た。騒がしい教室から廊下に出ると、少し静かになった。教室内では魔法が使えないというだけで、凄い疎外感があった。何もない廊下の方が俺は安心感を覚えた。
更衣室は体育館の中にある。着替えを他の生徒が来る前に済ませておこうと思い更衣室に行くと、すでに1人の生徒が着替え始めていた。あの柊だった。
俺より一回り小さな体で、筋肉は無く細々しく弱々しい。猫背気味で、前髪は相変わらず長くて目が隠れている。のそのそと着替えており、見てるだけで気分が暗くなった。
俺は気にせずに着替えをさっさと済ませて、体育館で待機することにした。
時間が経つにつれ、ゾロゾロとクラスの生徒達が集まってくる。またもや増してくる疎外感。長谷部は俺の方を見てクスクスと笑っている。
「…」
俺が何をしたっていうんだ…。
確かに魔法は使えないし、この学校には合ってない。もっと相応しい生徒がいたかもしれないけど、魔公の合格を勝ち取った俺は、魔公に通う権利があるはずだ。
魔法で成果を出せないなら、他で成果を出すしかない。そして他の生徒達に認めさせるしかない。じゃなければ、ずっと俺はバカにされたままだ。
「はーい、それでは身体能力試験を始めますね」
気がつくと、鬼嶋がジャージ姿で立っていた。体のラインにピシッと張り付いた様な服装からは、腰のくびれと胸の膨らみが強調されており、男子生徒の数人は唾を飲んだ。
「まずは準備体操を行い、その後は腕立て腹筋背筋。その次は50m短距離走と1500m持久走をして終わりです。残念ながら皆さんが楽しみにしてるような球技のテストはないです。けど頑張って下さいね。さあ、準備体操を始めましょうか」
生徒達は手を広げて間隔を開ける。ぶつからないように距離をとったら準備体操を始める。鬼嶋が生徒達の前で手本となる体操を行い、生徒も同じく体操を行う。
男女混合の為、かなりのスペースを使っているが、体育館内の広さはまだまだ余裕がある。流石は魔公の体育館とったところか。
「これで準備体操は終わりです。それではこれから試験を始めますね。皆さん腕立て伏せの姿勢を取って下さい」
生徒達は言われた通りに、腕立て伏せの体勢になる。
「そして私の笛の合図で腕立て伏せを行って下さい。ついていけなくなったなった生徒やキチンと行ってない生徒は私の方でチェックします。あと言い忘れてましたが、ちゃんとアゴを床から拳1個分のところまで下げて下さいね。それでは始めます」
ピーッ!っと音がなる。生徒達は一斉に腕立て伏せを行う。ところが1人の生徒が、そのままバタッと倒れる音がした。鬼嶋が持ってるバインダーにレ点を書く音がした。
誰かが1回も腕立て伏せ出来ずにリタイアした。大体誰なのかは想像ついたが、まさか1回もできないとは思わなかった。
周りの生徒達も誰がリタイアしたのか気になり、辺りをキョロキョロと見回す。けれども、鬼嶋の笛の音がそれを許さない。
ピーッ!ピーッ!ピーッ!っと音だけがしばらく続いた。
15回を過ぎると、再び生徒が倒れる音がした。回を増す毎に鬼嶋のレ点の音が増えていった。
約30回目に到達すると、大体の生徒はリタイアしていた。鬼嶋のレ点チェックの音も落ち着いてきた。同時に俺の腕も少し疲れてきている。
さらに約40回目。すでに鬼嶋の笛は生徒2人のみの為に鳴らされていた。
「スゲ~なアイツ!」
「意外とやるじゃん!」
周りの生徒達が騒ぎ出す。
俺の腕も限界が近い。だがそんなことよりも意外だったのは、残っているのが俺と瀬川だった事だ。
俺も残っている生徒が気になり、腕立ての途中で周りを見て、ようやく確認できた。隣の席の瀬川が、ここまで腕立て伏せ出来るのは驚きだった。流石の無機質な無表情の瀬川も息を切らして疲れている顔をしている。
鬼嶋の笛は容赦なく、鳴り続ける。
もう限界だった。
腕の力が抜け、バタッと床に倒れ込んだ。腕が動かせず、さっきまで腕立て伏せしていたのが嘘の様だ。記録は47回。自分が数えてた回数が正しければだが…。
ピーッ!
「えっ!」
鬼嶋の笛はまだ鳴り止まなかった。
疲れて動かなかった体が反応し、顔を上げて見た俺は驚いてしまった。
なんと、瀬川がまだ腕立て伏せを続けていた。
苦しそうにしながら顔を真っ赤にして、頑張っていた。
ちょうど50回で瀬川はリタイア。クラスで一番の記録となった。
仰向けになり深呼吸している彼女の元へ、数人の女子生徒が集まっていた。
「瀬川さん凄いね~!」
「なんでそんなに腕立て出来るの!?」
瀬川はちょっとした人気者になっていた。比べて俺の所には誰も寄って来ない。まぁただでさえハブられているから当たり前か。
「はい、それでは五分休憩に入ります。終わり次第短距離走の試験を始めますので、グラウンドに集合していて下さい」
鬼嶋はそう言うと、スタスタと体育館から出て行った。
俺が呼吸を整えていると、1人の生徒が目の前に手を差し伸べてくれた。
「大丈夫? 立てる?」
「ん? あぁ、大丈夫だよ。本田さん」
手を取らずに俺は立ち上がった。あまり親しくしても、ハブられてる俺といると、本田さんがかわいそうだからだ。
「それにしても早乙女くん凄いね! 腕立て伏せあんなに出来るなんて! 私が言ってたように、魔法以外のことは優秀だったりするのかな?」
「魔法が使えない分、筋トレや勉強に励んだのは本当だけどね。そのおかげで体力ついたり勉強が出来るようになったかもしれない。それでも俺は…」
「…?」
いくら頑張ったとしても、魔法で評価されるこの世界。魔法が使えない俺は…
「優秀ではないさ。早くグラウンドに行こう。休憩時間が終わっちゃうからさ」
呼吸が少し落ち着いてきた。胸の辺りで拳を握りしめている彼女を置いて、俺は体育館を出てグラウンドへ向かった。
玄関で靴を履き替える。1人の生徒が同じように靴を履き替えていた。それは柊だった。
確実に見たわけではないが、腕立て伏せ1回でリタイアした彼。そのままグラウンドへ向かって歩いていく彼は見るからに疲労感がない。やはり1回でリタイアしたのは柊だな。
ついて行くようにグラウンドへ行くと。鬼嶋が既にグラウンドの真ん中に1人で立っていた。他の生徒はまだ来てない。
腕時計をチラッチラッと見ている彼女。確かにあと1~2分で休憩終了だ。他の生徒達は間に合うのかと思っていたら、後ろからゾロゾロと生徒達が歩いて来た。
「急がんかーお前らーッ! あと1分で集合時間だぞー!」
意外にも鬼嶋の突然の大声にびっくりしてしまった。生徒達も驚いたのか、急いで走ってやってきた。
整列が終わったと同時に休憩終了の時間になった。
「はい、それではこれから短距離走の試験を始めます。あいうえお順で男女1人ずつ行います。クラスの席順があいうえお順ですから、隣の席の人と走ることになりますね。それでは移動して下さい」
さっきの怒鳴り声が嘘のような、冷静に淡々とした説明だった。スタスタと鬼嶋が歩く先は、短距離走のゴール地点。俺たち生徒は、スタート地点へ移動する。
最初に走るペア2人と、その横に柊がスタート地点に着く。
何故柊が?生徒達の視線を察して、柊自身が説明した。
「僕は先生に頼まれて、スターターピストルを打つ役に頼まれたんだよ」
ボソボソと喋る彼にそんな役目を与えたのは、ミスだったのではなかろうか…。クラス全員がそう思ったはずだ。
「はい、それでは行きます。位置に着いて…よーい…」
パン!と、乾いた音がグラウンドに広がる。
走り始めた生徒よりも、中にはスターターピストルを鳴らした柊のことを心配して気になった生徒もいた。柊は耳栓をしていたようで、特に変わった様子も無かった。
走り始めた生徒がゴールすると、鬼嶋が手を上げ柊にサインする。柊は先程と同じように役目をこなす。
「それでは次の人。行きます。位置に着いて…よーい…」
…。
ついに俺達の番がやってきた。隣に立つ瀬川は視線を一直線にコースに向けていた。
「それでは次の人。行きます。位置に着いて…よーい…」
パン!
俺たち2人は走り出した。さっきの腕立て伏せは負けたが、短距離走は負けられない。そう思ったのだが…。
瀬川はスタートの加速が早く、俺がトップスピードになる頃には歩幅2歩分くらいの差があった。しかも、瀬川の方がトップスピードが速い。そして50mの短距離なら、その差を埋めるには距離が短過ぎた。
そして、そのまま差がちょっとずつ開いていき、ゴールした。鬼嶋が両手に持っていたストップウォッチを止めて、記録を書いて柊に合図した。
腕立て伏せ、短距離走も女子に負けるとは思わなかった。次の持久走では必ず負かしてやる。と勝手にライバル心を燃やしていた。けれでも、この短距離走で、瀬川は…。
「そこ! 危ないぞ!」
「!?…ごめんなさい!」
走ってきた生徒にぶつかるところだった。俺は間一髪で避けた。危ない、この事について考えるのは後にするとして、安全な場所へ移動した。
一通り生徒全員が走り終わった。柊も自分の番には他の生徒と交代し走っていたが、結果は想像通り。女子に大差を付けられてゴールしていた。
それなのに息は上がっており、ふらふらとスタート地点へ戻り、自分の役目を果たす彼に、何か尊敬の気持ちが生まれていた。
「はい、次は1500m持久走です。このグラウンドのトラックは1周が300mです。なので5周する事になります。走る順番ですが、男子から最初は走り、先程の男女のペアになって、お互いのタイムを計って下さい。それではトラックのスタート地点へ移動して下さい。女子はスタート地点より外側に移動し、ペアの男子を見ていて下さい」
鬼嶋はスタート地点の内側に、バスケットの試合等に使われる時計、デジタイマーを設置した。
「ペアが1500m走り終えた時に、この時計のタイムを記録すること。以上で説明は終わりです。では始めますね」
鬼嶋がデジタイマーに近づく。
「位置に着いて…よーい…」
デジタイマーから、ビーッ!と音がした。男子生徒は一斉に走り出す。
俺は瀬川に勝ちたい一心で、先頭の集団の中で走っていた。順調に走っていたかのように俺は思っていたが…。
「よぉ」
声を掛けてきたのは長谷部だった。
「魔法が使えねぇくせに、調子乗ってんじゃねぇぞ?」
「…」
クソッ!コイツだけには絶対負けたくない!
俺はスピードを上げて、長谷部を抜き去った。
「馬鹿め…持久走は俺の十八番だ。逃げれると思うなよ…」
1周した。長谷部はまだ後ろにいる。けど飛ばし過ぎて、僅かに息が上がり始めている。
さらに2周を終えたところで、息が上がっていた。これ以上ペースは上げれなかった。このまま逃げ切れなきゃ長谷部に追いつかれ、負けてしまう。一瞬後ろを向いて長谷部の位置を確認する。
「…!?」
いない!?どこだ!
「後ろを見るなんて、結構余裕あるんだね~。」
「!?」
長谷部は真横にいた。ヘラヘラと笑いながら。
「真横で走っていたのに気づかないなんて、腕立て伏せや短距離走で疲れているんじゃない?」
「…」
俺は無言で走り続けた。というよりも喋る余裕が無かった。
「無視ですか? まぁいいや。やっと邪魔がいないところで話せるね。学校辞めた方がいいよ君。さっきも言ったけど無駄だもん。魔法が使えない人が、この魔公に来て何を学の? 自分の無力さ? 惨めさ? 無能さ? それとも絶望? もしかしてマゾなの~?」
3周を終えた。あと2周で終わる。
「ほらほら頑張んないと、後ろから追いつかれちゃうよ~?」
しまった!?長谷部の悪口の話を聞いていたら、どうやら無意識の内にペースを落としていたようだ。呼吸も乱れてるままだ。
「はぁ、でも君ずっと喋んないし無視するからもういいや。丁度先程抜かした連中も追い付いてきたし」
…コイツ…。もしかして…。
「気づいた!って顔してるね。1周が300mの大きいトラック。先生や、あのウザい本田とかいう奴もスタート地点にいる。ここはトラックの中心から見て逆側で、スタート地点から最も離れている。君はスタミナ切れで逃げれない。つまり…俺の好きにできるってわけだ!」
ヤバい!やはり何かする気だ!息を切らしていたがペースを上げる。だが長谷部は俺の服を掴んだ。同時に後ろの集団が俺達に追い付き、隠すようにベッタリと走る。
「調子に乗ってんじゃねーぞ!っと!」
「ッ!?…」
思いっきり左足を踏まれた。激しい痛みが走り、力が入らない…。
「だから言ったのに。調子に乗ってんじゃねーぞってな。まぁ学校辞めたらもうこんな思いしなくていいんじゃねーか? ハハハッ!」
俺は何歩か走ったが、痛みで立てなくなり、その場にうずくまった。
走り去っていく長谷部の笑顔が、俺の脳裏にしっかりと焼き付いた。
…
場所は変わりスタート地点。本田が今のことで騒いでいた。
「先生! ちょっと今の見ました!?早乙女くんが倒れていますよ!? きっと何かされたんですよ! …って! いいんですかほっといて!」
「ふむ…。確かに早乙女くんは倒れていますが、何かされたかどうかは見えなかったですが…。彼は前半ペースを上げていましたから、それで疲れて足がもたついて転んだということかもしれませんよ。それよりも本田さん、あなたのペアは早乙女くんではないはずですが?ちゃんとペアの子を見ていてあげて下さい。」
「うっ…わかりました…。」
騒ぐ本田をおとなしくさせた鬼嶋。だが本田の言う通り、長谷部が何かやったという事は鬼嶋もわかっていた。それはもちろんペアの瀬川も気付いていた。
それでも何もしないのは、彼の気持ちをわかっていたからだ。
魔法が使えない立場で、魔法が専門と言っていいこの学校にやって来たという事は、多少なりの障害があるのは承知の上だろう。ここで助けてやるのも彼にとっては一時のもの。これからまた何か問題があった時には対処できない。だからここでは、あえて手を出さない。
(乗り越えてみせろ! 早乙女!)
鬼嶋の思いが届いたのか、グラウンドの向こうで彼が立ち上がる。
ヨロヨロと走り始める彼を見て、鬼嶋は安堵の溜息をついた。
…
足が痛い。俺はやっと立ち上がって走り始めた。だが足を踏み出す度に左足に痛みが走る。
残り1周半、俺がここで痛がってうずくまっていたら、長谷部が1周追い越してまたやって来る。最低でも半周走りスタート地点を越せば、残り1周。例え長谷部が1周追い越していたとしても、そこで1500m完走だから、再び接触することはない。
俺は痛みを我慢し、半周を走った。
「早乙女君、あまり無理をしないように」
スタート地点で鬼嶋が心配してか声をかけてくれたが、俺は無言で首を振る。
一瞬ここで諦めようとも思ったがダメだ。長谷部に負けた気がして、俺は完走することに決めた。
もう長谷部が追い付いてくることはない。僅かに安心すると、ちょっとは楽になった。
痛みと、息が上がった苦しみ。そして長谷部に対する気持ち。それらを抱えて俺は完走した。
ゴールして何歩か歩き、他生徒に邪魔にならないように移動ししゃがみ込んだ。心臓がドクドクと力強く脈を打つのを感じた。
「お疲れ様」
フワッと頭にタオルがかかった。
「瀬川さん!?」
「大変だったみたいね。あんなにフラフラして走って、途中で棄権しても良かったんじゃないの?」
腕を組んで仁王立ちし、目を合わせずに話しかけてくる彼女。どうやら心配してくれてるらしい。
「俺は自分のペース配分を間違えて、後半疲れて転んだだけだよ。ただの自業自得さ。それなのに途中で棄権なんて出来るわけないだろ?」
「自業自得…ね。つまりは自分の責任ってことね。なるほど…。次は私達が走る番だから、ちゃんとタイム記録すること。頼んだわよ」
瀬川はスタート地点へ向かって行った。どうやら瀬川も俺が長谷部に何かされたと気付いていた感じがした。
ふと横を見ると、向こうで仲間とバカ話をして盛り上がっている長谷部がいた。
後で俺がきっちり制裁してやる。
…
1500m持久走が終わった。瀬川はやはり女子の中で1位だった。走ってる最中彼女を見ていたが、終始何事も無く無事に完走した。
「それではこれで身体能力試験を終わります。次は魔法実技試験です。休憩時間終了までに魔法館に集まるように。以上」
鬼嶋はスタスタと歩いて行く。
「早乙女君大丈夫だった!?」
声を掛けてきたのは本田だった。
「長谷部に何かされたんでしょ?」
「いや違うよ、ただ自分で転んだだけさ。心配してくれてありがとね」
彼女に心配させて自分といると、彼女にも何か巻き込んでしまう気がした。正直に言って頼るのが彼女にとっても嬉しいことなのかもしれないが、俺はできなかった。
「早く魔法館に行かないと、また先生が怒鳴っちゃうよ。俺は先に行ってるから」
俺は本田を置いて1人で魔法館へ向かう。
玄関に着くと、また柊と一緒になった。
1500m持久走は彼にとって過酷だったに違いない。でも見るからに何事も無く無事なようだ。
そのまま彼に着いて行くように魔法館へたどり着いた。
魔法館内部は、床は半面がコンクリートで、残り半面が地面。おそらく土魔法用だろう。壁面は完全にコンクリートのみ。窓はなく、照明のみで館内は照らされている。
鬼嶋は既にその場にいた。柊は先生に話しかける。
「先生、ちょっとだけ魔法使っても大丈夫ですかね?」
「かまいませんが、試験に影響するかもしれませんよ?」
「大丈夫です。ちょっとだけですから」
柊は右手を胸元まで上げて開いた。
柊から発せられる魔力は右手に集中し、水を生成し始める。
幾何学的な模様で広がっていく柊の水は、まるで溶けていく氷の結晶を逆再生したような、神秘的なものだった。
魔法で生成した物をここまで繊細に扱うには、相当な技術が必要だろう。俺は魔法が使えないから、どれくらいの技術が必要なのかはわからないけども、すごい事だってことはわかる。
「よし」
柊の声と共に水は突然消えた。
柊の魔法に釘付けになっていた俺は、止まっていた足を動かし鬼嶋の元へ歩く。
「ん?早乙女君はあちらで見学ですよ」
「えっ!」
鬼嶋は魔法館の端っこを指差す。
「あなたはもうみんなに魔法使えないって言っているんだし、改めてまた魔法試験をする必要もないと思うのだけど。また恥をかきたいっていうんなら話は別ですけど」
「いえ、見学でお願いします」
確かに先生の言う通り。魔法が使えない事でまた恥をかく必要はない。
魔法館の端まで歩き、壁に寄りかかって座る。鬼嶋の方を見ると、他の生徒がゾロゾロと集まってきている。
「それではこれから魔法実技試験を始めます。あいうえお順に1人ずつ行ってもらいます。試験内容は入学試験同様に、魔法館の壁に向けて魔法を使ってもらいます。その魔法を見て私が採点します。ちなみにこの後は魔法を使う予定は無いので魔力を全力で使うことを勧めます。では最初の人、始めて下さい」
魔法試験が始まる。生徒達は呼ばれると自分の魔法を披露していった。流石は魔公の生徒、どの生徒も魔力は一般的な同年代の子達と比べて高い気がする。
魔法館の壁は丈夫な上、対魔法性な作りになっているので、生徒達の魔力が当たってもビクともしないし、常に最適な環境だ。炎の魔法が当たっても焦げることも無いし、水魔法によって床が水浸しにならないように排水口もあれば、土魔法によって生成された岩が当たっても、傷1つつかない。
魔法館の作りに改めて感心していると、瀬川の順番になっていた。
先程の身体能力試験で注目を集めた彼女。今回の試験でも、他の生徒達は目を輝かして彼女に注目していた。
「それでは瀬川さん、始めて下さい」
「はい」
瀬川は両手を前に向けて、魔力を集中させていた。同時に周りの生徒達の注目も集まる。
「はっ!」
瀬川の手から生成されたのは、直径30センチ程の岩だった。1メートル程飛んで、鈍い音を立てて床に落下した。同時に周りの生徒達も少し落ち込んだ様子だった。
なぜなら、彼女の魔法はごく一般的な平均的な魔力であったからだ。おそらくこの学校内で見ると、平均以下だろう。
だが彼女の凄さに気づいた人は少ないのではないだろうか。
魔力を集中させ、魔法を発動させるスピードが速すぎる。
今までの生徒は魔力集中から発動まで5秒はかかっていた。全魔力を集中させて発動するのだから、それくらいはかかるはずだが、瀬川はわずか2秒程で魔力を発動した。
「それでは次の人、どうぞ」
瀬川の魔法で、少し落胆した生徒達。鬼嶋の声で試験への集中を取り戻した。
その後も試験が続き、待ちに待ったアイツの番がやってきた。
「よ~し、やっと俺の番か~」
腕を左右に伸ばし、ストレッチしている。やる気満々の長谷部がそこに立っていた。
「それでは始めて下さい」
「わかりました!」
長谷部は手を構えて魔力を集中させる。
今日奴からやられた数々の嫌がらせが頭をよぎる。思い返すと腹が立って今にも叫び出しそうだが、ここは堪える。
そう、なぜならここで奴に俺は仕返しをすると決めたからだ。
この魔法試験で、奴の魔法を俺の力で消す。
今までの生徒達もそうだったが、魔法発動の瞬間に声を出している。おそらく長谷部もそうするはずだ。そのタイミングで俺の力を発動し、長谷部の魔法を消す。
この魔法試験では全魔力を発動させるから、1回の魔法を消すだけで、しばらくは魔力は戻らないはず。だから例えやり直ししたいと言っても出来ないはず…。
あとは俺の力のタイミングが問題だ。
俺の力は謎が多い。とりあえずわかっていることは、1日に1回しか使えないことと、今まで消せなかった魔法は無いこと。
俺から長谷部まで、かなり距離があるけども、関係なく発動できると思う。タイミングが合えばいいが、外れたら俺も今日は力が使えない。
長谷部同様、俺も奴に集中しないと…。
だんだんと長谷部の手に魔力が集中していく。全魔力が集中しきった時、長谷部は声を上げた。
「はあっ!」
俺は長谷部の声と同時に力を発動させた。