闇より救われた女
「…んん、ここは?」
気がつくとそこは、見知らぬ家の部屋の中。布団の中で私は寝ていたようだった。
ゆっくりと思い返してみる。確か私は港町の繁華街をうろつき、力尽きて寝ていたはずだった。そして誰かに背負わされ連れていかれたはずだ。
上体を起こす。魔薬の効果も大分治まってきたのか、気分も良い。膝を見ると、まだ痛むが包帯が巻かれており、処置がきちんとなされていた。
「目が覚めたようですね」
部屋の扉を開けて入ってきた少年。小柄で髪の長い彼は暗い声でそう言った。
「君が助けてくれたんですか?」
「まぁ僕は助けたつもりだけど、あなたにとってはどうかな?とりあえずこれから朝食です、今持ってきます」
少年が再び部屋の外に出て行った。彼の言った事か少し気になる。
私にとっては、この状況は助けられたとは言えないということだろうか。
考えられることは山ほどあるが、単純に自分がそうしてたように、私を何処かに売り飛ばすつもりだろうか?
右手を上げて、魔力を込めた。すると、少しだが魔法による水の生成もできる。この前よりも魔法が使えるまで回復した。最悪の場合も考えて、この水を仕込んどいた方がいいかもしれないな…。
数分後、先程の少年が朝食を運んできてくれた。
そして部屋のテーブルに綺麗に並べてくれた。私は布団から起き上がり、テーブルに移動した。
「どうぞ召し上がれ」
「い、いただきます」
手を合わせお辞儀をしてから、箸を手に取り朝食を食べ始めた。内容は至って普通。ご飯と味噌汁に漬物と目玉焼きだ。だが空腹感と疲労感や魔薬の副作用も関係しているのだろうか、物凄く美味しく感じた。
あっという間に完食してしまった。その様子を見ていた少年に、私は少し恥ずかしくなった。
「す、すいません、美味しかったのでつい…」
「え、いや、僕もご飯がこんなに食べれるくらい元気ならと安心してたんですよ」
「ご馳走様でした、ありがとうございます」
「まだ体調は万全ではないでしょう、無理せずゆっくり休んでいて下さい」
「…そうさせていただきます」
私は立ち上がり布団へ戻ろうとする。フラフラと危なげな足取りで歩き、わざと転んだ。
「大丈夫ですか⁉︎」
心配して駆け寄って来る彼。肩を貸して私を立たせてくれ、そのまま布団まで誘導してくれた。
「ありがとうございます。あの、なんで私にそこまでしてくれるんですか?」
「まぁそれは、困っている人がいれば助けるのは当たり前だと思うんですけど…」
私は布団に横になり、彼は掛け布団を私に掛けてくれた。
「それでもこんな見ず知らずの人を助けてくれるなんて…ねぇ、もっと良く顔を見せて」
「ん⁉︎うわぁっ!」
彼の顔に手を伸ばして引き寄せた。お互いに吐息がかかるような距離まで近づき、彼の髪をたくし上げる。長い髪で隠れてた目は、何ともない普通の男子高校生の目だ。
視線を合わせない当たり、女慣れしてない様子だ。このまま一気に彼を押し倒し、唇を重ねた。
彼はびっくりして全身が硬直していた。体中がほぐれるように手で撫で回した。すると緊張が解けたように彼の体から力が抜ける。それと同時に彼の閉ざされてた唇も緩まった。今がチャンスだ!
舌を忍ばせ、ゆっくりと口を開けさせる。そして口内に魔法で水を生成しようとした。だがその瞬間…
「…⁉︎はっ⁉︎」
思わず私は彼から飛び退けた。
口を開けた途端、私は彼に水を飲み込ませようとしたが、逆に彼の方からとてつもない程の魔力が流れてきた。その魔力はそのまま私の体中を駆け巡り、全身が掌握されて深い深海の底へ沈み込まされたような感覚に陥った。
「やれやれ…やっと本性を表したな」
彼はさっきまでの様子とは打って変わり、冷めた態度でそう言い放った。
彼の魔力を体内から出そうと呼吸が荒くなる。言葉も発せない程にだ。
「佐奈田千亜紀…清水率いる犯罪組織の一員。主に人身売買を行っている。そして先日自ら魔薬を使ったとの疑いもあるが…本当のところどうなんだ?君達の組織は優秀だからな、証拠が掴めないんだ」
「はぁ、はぁ、あなたは一体…?」
「僕は柊辰馬。父が警察官でね、君達を追っていたんだ」
彼の言葉を聞いて、私は嬉しいのか悲しいのかわからない気持ちになった。
「そう…それで、あなたは私に何の用があって、こんな事するんですか?」
彼が私に良くしてくれた事には理由があるはず…。
「君達の組織が、君の魔薬を使った魔法の痕跡を残してしまっている。本当はヘマをしてもう組織にいられないんじゃないか?あんな街中の所で寝ていたからそう思ってね…」
「なるほど…助けてくれる代わりに情報が欲しいってことですか…」
「話が早いね。所で奇妙な事が1つ、君が魔薬を使って放った魔法だが、混合型キメラ並みの魔法だったはずなんだが、近くの魔力探知機には感知されてない。これは君達の組織のハッキングだと思うが、少し離れた魔力探知機からはしっかり感知されてる。なのに何故、魔法を放ったとされる現場には、君の魔力は一切残ってなかったんだ?」
「まだ君に情報を提供するとは約束してません。それに本当に君は私を助けれると思っているんですか?」
「どういうことだ?」
彼は余程自分の魔力、魔法に自信があるようだ。確かにさっきの彼の魔力量には驚いたが、それでも私達の組織…清水様から守りきれるイメージは全く湧いてこない。
「例え君でも、私達のボス…清水様には敵わない。増して、まだ君は魔法免許持ってないでしょう?魔力だけで私を守り抜くのは無理だと思います」
これ以上彼に迷惑を掛けることもない。そう思って言ったつもりだった。彼に助けてもらって、何事もなくこの場から去るのがせめてものお礼だと。
「さぁ、早く私を解放して下さい」
これからどうしようか…。この家から出てどう暮らす?月末には必ず私は清水様に捕まる。それまでにお金を用意するのは不可能だし…。そんなことを考えていると、彼はふと、こう呟いた。
「早乙女大知…君は知っているか?」
「…⁉︎」
何故だ?何故彼があの男の事を知っている⁉︎私は気がつくと、柊の胸倉を掴んでいた。
「彼のことを知っているの?話して下さい!知ってる事全部!」
「なっ!わかった!ちょっと落ち着け!」
私は気持ちを落ち着かせ、言われた通りに手を離す。しわくちゃになったシャツを整えながら彼は言った。
「やはり君は彼にやられたのか?まあいい、だがこれ以上何か情報が欲しいのであれば協力してもらう。僕は君に早乙女の事で、できる限りのことをしよう。君は僕に組織の情報を提供する。そして組織から君を守ることを約束しよう」
「…わかりました。ではそうしましょう…」
「よし、では早速早乙女とコンタクトを取ってみるか」
「え⁉︎そんなすぐにできるんですか?」
「ん、まぁ…一応同じクラスメイトだからな。と言っても僕は彼とは仲がいい関係ではない…。もちろん彼については詳しく知らない。さっき彼の名を言ったのも偶然だ。けれども魔法や魔力が消えたというのには心当たりがある。過去に1回だけあったんだ…魔法試験で、ある生徒の魔法が発動しなかった。結局本人の魔法が発動しなかったって事になったが、今思えばあれは魔法発動と同時に消されたんじゃないかと思えてくる」
柊は私が思ったほど早乙女の情報は持ってないようだ。だが早乙女の事を知るには柊と手を組むのが一番手っ取り早いだろう。
気が付けば私は、自分の興味心に負けて、柊の目の前から消える事を忘れていた。
「僕にいい考えがある。彼を呼び出して、実際に魔法か魔力を消してもらう。そしてそれを追求する」
「魔法か魔力を消すって…具体的にはどうやるんですか?」
「僕の魔力で無理矢理にでも脅せば、魔力を消すだろう」
私もそう思った。だが、あの時の状況を思い出すと、そうはいかないだろう。
「彼はかなりの魔力耐性があります。脅しが通用するとは思えないのですが…」
「それなら脅しの通用する仲間を連れて来させよう。仲間の為とあらば彼は必ず力を使うはずだ」
こうして私は柊と手を組み、早乙女の情報収集と組織の情報を提供することによって、組織から身を守るという約束をした。
けれども、清水様から私は本当に逃げ切れるのだろうか…その不安は今でも残ったままである。




