憂鬱なホームルーム
校門の前に手を大きく振ってくるギャル男がいた。
「かなちゃーん!」
「けんくーん!」
隣の雛形が叫んだ。おそらく恋人というやつだろうか…。別に期待してたわけじゃないが、ちょっと寂しくなってしまった。
雛形がけんくんとやらに向かって走り、腕に抱きついてた。満面の笑みの雛形を見ると、けんくんが少し羨ましく思ってしまった。
「おはよう奏!」
「おはようけんくん!」
「そういや奏、なんかさっきアイツと一緒だった?」
「え⁉︎」
「アイツだよアイツ!入試で全く魔法使えなかったヤツ!てか魔法使えねーのになんで学校来てんだよ⁉︎もしかして学校間違えたのか〜?」
俺に聞こえるようにワザと大きな声で言っているのは、すぐ分かった。
「や、やだなぁけんくん!そんなわけないじゃん!早く行こ!」
数分前の高校生活が今までより違うものかもしれないと思った自分をブン殴りたい気分だった。結局魔法が使えなければ今まで通りバカにされる生活なんだろうか。
校門から玄関、靴を履き替え教室へ。それまでずっと周りの生徒が俺のことを見てヒソヒソと話してるように感じた。
「アイツだ!入試で魔法使えなかったヤツ!」
「ウケる〜よく学校来れたね〜」
俺が周りの声を聞いて、気分が悪くなっている中、隣の席の生徒が来た。
「私、瀬川早苗。あなたは?」
黒髪でロング。制服も着崩してなく、雛形とは打って変わって清楚な感じの女子だった。
「えっ、俺は早乙女大知。よろしく」
「よろしくね」
彼女は俺と握手してくれた。だが、その後は何の会話もなく、彼女は隣に座っていた。彼女の淡々とした態度が俺を差別してないというだけで、少し楽になった。
学校のチャイムが鳴る。生徒達は席に着き、大人しくなった。やっと俺の悪口が収まったかと、安心していた。教室に担任と思われる教師が入ってきた。
「おはようございます。このクラスの担任の鬼嶋法子です。よろしくお願いします」
お団子頭に眼鏡をかけていて、いかにも語尾にザマスって付くのがお似合いの教師だった。
「では、これから入学式です。皆さん廊下に並んで下さい」
言われるままに生徒達は廊下に並び、そのまま体育館へ向かった。
体育館へ一年生全生徒が並び、入学式が始まった。
ステージには、校長先生が立ち、長い話が始まった。
「全校生徒諸君、この度は入学おめでとう。皆は入学試験で、主に私が見込みがあると感じた生徒達だ。だからお互い尊重し合い学校生活を送って欲しい。あと、入学試験でも使ったと思うが、この体育館の他にも、もう一つ体育館がある。その体育館は、対魔法機能が備わっているので、魔法の実技の鍛錬に利用するといい。万が一壁や床に魔法が当たっても、大丈夫な様になっている。通称魔法館と呼んでいる。もちろん魔法館内は魔力探知機がないから、免許がない君達でも安心して欲しい。この学校では、卒業と同時に魔法免許が取得できる。魔法免許取得者として、恥じない魔法使いとなって欲しい。その他にも…」
魔法の話をしてる最中は皆集中してたが、終わると集中力が切れたのか、体を左右に揺らしたり、欠伸したりしてる生徒がいたりしていた。
「続いては、新入生の答辞です。新入生代表、柊辰馬君お願いします」
名を呼ばれた生徒。眼鏡を掛けて前髪が長く、暗い印象。確か同じクラスだった気がしたが、彼は魔法も勉強もスポーツもできるような印象はないけど、何者なのだろうか?
「新入生代表、柊辰馬。暖かな春の訪れと共に…」
声も暗く、印象は悪い。けれど、答辞を任されるくらいだから、凄い生徒なのだろうか?
答辞が終わり、校歌を歌う。初めての歌を今日初めて会った生徒達と歌う。お粗末な歌を歌って、入学式は終了した。
教室に戻ると、恒例のイベントが待っていた。
「はーい、ではこれからクラスのみんなに自己紹介をしてもらいまーす。名前と魔法属性、あと趣味とかもあったら発表していって下さい」
「先生ー!ちょっといいですか?質問があります〜」
1人の男子生徒が手を上げて発言した。
「はい、なんでしょう?」
先生が眼鏡をクイっと上げ、眼鏡に光が反射した。
「このクラスに間違えて登校して来てる生徒がいませんかね?」
「それは、クラスを間違えたということですか?」
「そうではなくて~、そもそもこの学校の生徒かどうかも怪しいと思うんですけど~」
その男子生徒は、ニヤリと笑って俺の方を見た。
同時に周りの生徒も話し出し、教室内がざわついた。
「試験で魔法使えなかったのって、アイツだよね~」
「なんで合格してんだよ?」
「落ちた俺の友達は魔法使えたのに…。なんでアイツが…」
様々な声がする。声こそ大きくは無いが、俺の心に刺さるには充分だった。
やはり、こうなったか。
予想してはいたが、実際に起こると辛い。魔法に特化したこの学校で、魔法が使えないというのは、馬鹿にされて当然。それに、なんで受験に受かったか疑問に思うのは、当たり前のことだ。
「はいはい~皆さん静かに~。今彼のことを馬鹿にした人達全員に言いますね。今この場で魔法を使ってみて下さい」
先生の一言で、教室が一瞬で静かになった。
「出来ないですよね、この教室にも魔力探知機がありますから、使ったら即補導です。まぁ要するに、あなた達は魔力探知機がある場所じゃ魔法は使えない。それは、皆も早乙女くんも同じなんじゃないの?それに、先程校長先生も言ってなかったかしら?お互いを尊重し合って欲しいって」
静かな教室の中、手を上げて質問をした男子生徒が言った。
「でも校長先生は、こうも言ってましたよね? 受かって入学した生徒達は見込みがあると感じた生徒達だって。そこの早乙女君とやらは魔法が使えないみたいですが、何故見込みがあると感じたんですかね?」
「校長先生は『魔法』の見込みがあるとは一言も言ってなかったと思いますけど? 魔法の優劣関係なく、この学校に相応しいという意味だと私は思っていますが…。なんだったら、貴方が直接校長先生に聞いてみて下さい。私も正直、詳しい理由はわかりませんので。…さぁどうぞ? 校長先生に聞きに行ってきていいですよ?」
「うっ…」
男子生徒は言い返せずにいた。
なんとかこの場は先生のおかげで助かったといった所だが、学校生活は必ずしも先生の目の届かない所が存在する。そうなった場合のことを考えると、やはり自分でどうにかする術を身に付けなきゃいけないな。
「はい、では静かになった所で自己紹介を始めますか。廊下側の前の人からどうぞ」
先生の言われた通りに、自己紹介が進んでいく。一難去ってまた一難。俺の番になったら、また何か起こりそうな気がする…。魔法属性の発表…。
魔法属性は大きく分けて4つある。火と水と風と土。魔法が使えない俺は、生まれて今まで15年。今回も発表するのは小学校や中学校で発表してきたように、同じ内容で発表する。
「はい、では次の人」
ついに俺の順番がやってきた。「はい」と返事をして立ち上がった。
「早乙女大知といいます。知ってると思いますが、魔法が使えないので、得意な魔法属性はありません。皆さんよろしくお願いします」
静かな教室の中、1人の生徒が吹き出した。俯いて肩を震わせてる生徒もいる。俺の自己紹介がそんなにも面白いのか…。
先程みたいな騒ぎにはならなかったが、俺が不快に思うのには変わりない。
「次の人~」
俺の隣の生徒が、ピシッと立ち上がる。
「瀬川早苗、魔法属性土、よろしくお願いします」
そして、ピシッと着席した。
彼女はなんというか、無機質というか、淡々としてる人だった。表情もあまり変換がなく、教室内が俺が魔法使えないって事に騒いでた時も、ただ静かに座っていた。
だからと言って威圧感があったり、俺のことを見下したりとかはなく、俺は彼女の横の席で救われたと感じた。
自己紹介が進んでいき、入学式で答辞を読んだ彼の番になった。
「…柊辰馬です。魔法属性は水です。皆さんよろしくお願いします…」
かすかに聞こえる声で自己紹介をし、起立して着席した動きも、のそのそとしており、彼に対しては良い印象を受けなかった。俺よりも柊の方がイジられやすいんではないだろうか?
ちなみに、柊も横の瀬川と同様に俺のことをバカにした態度は取ってなかった。と言うよりも、ただ俺に興味が無いだけなんだろうけど…。
「長谷部誠です。魔法属性は火です。…よろしくお願いします」
俺のことを、登校して来る学校間違えてると馬鹿しにした男子生徒だ。さっき先生に言い返されたためか、少し元気が無い。
「本田真奈美です!魔法属性は風です!早くみんなと仲良くなりたいです!よろしくお願いします!」
逆にこちらの女子生徒は元気いっぱいだ。クラスに1人はいそうな、全員に別け隔てなく優しく接してくれる人気のある女子といったところか。おそらく学級委員を決めることになったら、真っ先に立候補するだろう。
その後にも自己紹介は進み、約30名程の生徒が自己紹介を終えた。
「それでは自己紹介が終わったところで休憩時間に入ります~。次の授業開始は10分後です」
先生はそう言って、スタスタと教室から出て行った。教室のドアが閉まった瞬間、ザワッと生徒達は話し始めた。
俺はどうしたらいいだろうか、早くも生徒達からハブられてる。周りの生徒達も今も俺のことをバカにしてるに違いない。
「君、早乙女大知くんだっけ!?」
「えっ?」
話しかけてきたのは、さっき元気な自己紹介をしてた本田だった。
「本当に魔法使えないの?」
「…ああ、そうだよ。」
彼女は元気に教室内に響く声で話す。悪気は無いのかもしれないけど…。
「それだったらすごいね! 魔法が使えなかったのに魔公に受かったなんて! 試験の1つが、つまり魔法試験の点数が0点だったってことでしょ? そんなハンデがあるのに受かったってことは、本当は君は凄い人なんじゃないの?」
彼女も目論みを理解した。ワザと教室内の全生徒に聞かせてるんだ。俺のことをバカにした生徒達に。
「何が言いたいんだ君は?」
本田の挑発に真っ先に飛び付いたのは、長谷部だった。
「魔法が使えない彼の方が、人のことをバカにしたりして楽しんでるあなたよりも、凄い立派な人間だって言ってるのだけれど?」
「魔法が使えるのが当たり前なこの時代に魔法が使えないんだぞ? 何処が立派なんだかわからないな」
当人をおいてけぼりにして、2人の目線に火花が散っていた。隣の瀬川はマイペースに読書をしていた。
教室内の視線がこちらに集中する。ただでさえ魔法が使えなくて目立つのに、これ以上は止めて欲しかった。
「本田さん、もういいから。俺は平気だから、大人しくしてくれよ」
「早乙女くんが良くても、私は良くない! 頑張っている人をバカにするような人は私許せないの!」
「まぁまぁ、2人とも落ち着いて聞いてくれよ。本田さんの言う通り、頑張っている人をバカにするのは許せない気持ち、俺もわかるよ。けど、そいつ早乙女は魔法が使えないの。頑張っても魔法が使えないんだから、無駄な努力をしてるんだよ? 早く気付かせて学校辞めてもらって、魔法が使える他の人に来てもらった方がいいと思わないかい? 俺はバカにしてるんじゃなくて、親切に教えているつもりだったんだけどなぁ~」
「うるさい」
隣の瀬川がポツリと言った。
「あ?」
「うるさいと言ったのだけれど。本を読んでいるんだから静かにして」
「なんだと!?」
「だからうるさいと言ってるでしょ? 日本語わからないの? 魔法が使える使えないとか騒いでる以前の問題のようね」
「っ!?クソっ!」
長谷部はそのまま自分の席に戻って行った。
「瀬川さん! すごいね! 長谷部にあんなに強く言えるなんて! イライラがスッキリしたよ!」
「すまんな瀬川さん。俺のせいで迷惑かけて…。助かったよ」
「だからうるさいって言ってるでしょ? 長谷部に言ったんじゃなくて、あなた達にも言ったつもりだったんだけど。それともあなた達も日本語がわからないの? それなら仕方ないけど…」
瀬川は、ただ単純にマイペースなだけだった。俺達2人が呆然としてると、休憩終了のチャイムが鳴った。