表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

中世ヨーロッパ風世界に売上税を取り入れるとどうなるか考えてみた

目次

 本論

  1 はじめに

  2 結論

  3 消費税と売上税の違い

  4 売上税の問題点

  5 物価モデル

  6 そして何が起こるのか

  7 まとめ

 補論

  1 物価モデルの計算詳細

  2 「良いインフレ」と「悪いインフレ」

  3 現代の売上税

  4 所得(利益)に課税するのは、近代以降

  5 世界大恐慌

 参考文献

1 はじめに

 先日、錬金術師の少女がお財布事情に四苦八苦する小説を拝読させていただきました。

 商売とお金の関係について、具体的な数字を用いてシンプルに書かれており、それでいて物語としても読みやすく、興味深い作品だと感じました。


 その中で、「売上税10%」という記述があり、ふと頭に?マークがよぎりました。

 「消費税ならともかく、売上税で10%って無理じゃね?」、と。


 しかし、「なんとなく」では説明になってない。

 そこで、どれくらいの影響があるのか考察してみることにしました。


 3~4は一般的な説明、5は私の考えた物価モデル、6は考察、2・7はまとめです。


2 結論

 まず、いわゆる「悪いインフレ」が起き、物価は約1.5倍になります。

 物価上昇は特に卸売業に大ダメージをあたえ、流通が滞ります。

 失業者が増え、店頭から商品が減ります。

 商品があるのは大商人の店ばかりで、どれも暴利です。

 税が本国に送金されている場合、利息もあがります。

 職と食と金を奪われ、高利で借金をした民衆がそこに残るでしょう……革命前夜ですか?


3 消費税と売上税の違い

 ここでは、売上税を「売上に一定の税率をかけた税額を納める税(累積的取引高税)」とします。

 2016年現在日本で課せられている消費税(付加価値税)は、「売上に一定の税率をかけた税額から、仕入などに支払った税額を差し引いた額を納める税」です。

 2つの税の大きな違いは、「税が累積するか否か」です。

 そしてこの違いは、とても大きな影響をもたらします。


4 売上税の問題点

 売上税の問題点としては、

 ① 流通経路の長短により税負担が異なる

 ② 輸出入商品について完全な国境税調整を行うことが困難

 ③ 流通段階を減らせば税負担が軽減できるため、企業の垂直的統合を促す 

 といったことが指摘されています。(薄井信明「間接税の現状」大蔵財務協会, 1987, P171)


 また、売上税は低い税率で多額の収入を得ることができますが、租税の累積により物価が上昇するという欠陥があります。(菊谷正人「消費税法における問題点」経営志林第43巻1号,2006年,P41)


5 物価モデル

 中世当時の統計を手に入れることは困難なので、現代日本の数字を元にモデルを作成します。


《モデルの仮定》

 ・ 農民、問屋、小売、消費者の順に売買される

 ・ 農民の費用は0

 ・ 農民は利益として銀貨100枚を必要とする(地代・租税などを想定)

 ・ 農民は買い物をしない(物価変動の影響を受けない)

 ・ 「経済産業省 商工業実態基本調査(H10)」を参考に、売上総利益率を問屋15%小売30%とする。

 ・ 消費税のみなし仕入率より、人件費(経営者の純利益含む)を問屋10%小売20%とする。

 ・ 上記売上総利益率と人件費との差を経費率(問屋5%小売10%)とする

 

(1) 売上税がない場合

 上記仮定に基づいて計算した物価モデルは、次のようになります。


       農民  問屋  小売

販売価格 100  117  167

仕入価格   0  100  117

    税   0    0    0

  経費   0    6   17

  利益 100   11   33


(2) 売上税が10%で、利益を①と同額とする場合(短期的な物価)

 (1)モデルに、税を販売価格に上乗せした場合、次のようになります。


       農民  問屋  小売

販売価格 111  142  213

仕入価格   0  111  142

    税  11   14   21

  経費   0    6   17

  利益 100   11   33


(3) (2)に、物価上昇を加味した場合(長期的な物価)

 自分の利益から(1)の場合と同じだけものを買う、つまり「利益/小売の販売価格」が同額になるように販売価格を決定する場合は、次のようになります(計算の詳細は補論1参照)。


       農民  問屋  小売

販売価格 111  152  253

仕入価格   0  111  152

    税  11   15   25

  経費   0    9   26

  利益 100   17   50


 よって、長期的に見た場合、物価(小売ベース)は253/167(約51.5%上昇)となります。


6 そして何が起こるのか

 ここから、私の考察になります。


(1) 流通の縮小

  ・ 利幅の薄い業種(問屋等)が取引量減少

  ・ 問屋の減少による取引コストの増大

  ・ 利幅の薄い商品や遠方取引が減少(消滅、不良在庫化)

  ・ 材料等の供給が減り、製造業にダメージ

  ・ 失業の増加、商品の減少(GDP減少、ケインズ経済学で言うところのIS曲線左方シフト)


Ⅰ 問屋の省略

 贅沢品(ミクロ経済学でいうところの、価格弾力性が高い商品)は、消費者に値上げを転化することがあまりできません。

 そのため、売上高利益率が大きいか、近隣で購入でき輸送コストが低い商品でしか利益が確保できなくなります。

 

 必需品(価格弾力性が低い商品)は、消費者に値上げを転化することができます。

 問屋を挟むより直接生産者から買うほうが安く済む商品は、問屋を通さずに売買しようとするでしょう。

 「農民の販売価格(111)+経費<問屋の販売価格(152)」であれば(=経費が41以下であれば)、小売は問屋からではなく、農民から直接買うようになります。

 問屋が農民から買う場合の経費(9)の4.5倍以内であればよいので、多くの商品が問屋を通さずに売買されるようになり、物価は上記モデルよりは抑えられるでしょう(小売が直接農民から買う「権利」が与えられていない場合、問屋は省略されず物価は上記モデルのとおりになります)。


Ⅱ 取引量減少

 売上高税と、問屋を通さないことによる経費増により、採算が合わない商品が増えます。

 採算が合わない商品は、取引されなくなります。

 採算が合う商品も、経費が高いところからは仕入れなくなるので、取引量が減ります。

 

Ⅲ 失業増大

 贅沢品を売る問屋や小売は、商品を買ってもらえなくなっり、職にあぶれます。

 材料を仕入られなくなった職人は、商品を作ることができず、職にあぶれます。

 職人から商品を仕入れられなくなった問屋や小売は、職にあぶれます。

 職にあぶれて金を持たない人が増えると、必需品を売る問屋や小売も職にあぶれます。

 職にあぶれた人が増えると、農作物すら買えなくなる人が増え、農民の収入も減ります。


 物価高が失業を呼び、失業が失業を呼ぶ、いわゆる「悪いインフレ」のスパイラルに入ります。


(2) 垂直的統合の推進

  ・ コスト削減のため、生産~小売まで一本化(垂直的統合)

  ・ 各部門(生産・流通・小売など)で競争原理が働かず、高コスト化

  ・ 垂直的統合を成し遂げた大企業による、寡占市場化

  ・ 価格支配力のある企業による、消費者への価格転嫁

  ・ 物価上昇による(1)の加速


 そんな中で利益を出すにはどうすればよいのか。

 2通りのやり方があります。

 1つは税をできるだけ負担しないこと。

 もう1つは商品を高く売ること。


 2つを同時にかなえる方法があります。

 生産から販売まで全て自分でやってしまい、市場からライバルを追い出せばよいのです。


 取引回数が減れば税は減り、ライバルより安く商品を販売できます。

 安い商品でライバルを追い落とせば、その市場は寡占(独占)市場、好きなように価格をつけられます。


 そんなことができるのは、巨大資本を持つ人だけです。資本主義万歳。

 もっとも中世では、そもそもそんな大資本は存在しない気もしますが。

 

 健全な競争市場がある場合に比べ、社内取引はライバルがいません。

 無駄が横行します。社会主義万歳。


(3) 貨幣不足

  ・ 物価上昇するも貨幣量一定のため、貨幣需要増加(実質貨幣供給量減少)

  ・ 貨幣需要増加による、貸付利率上昇(ケインズ経済学で言うところのLM曲線左方シフト)

  ・ 利率上昇による、設備投資抑制

  ・ 売上税が本国に送金される場合、貨幣不足はさらに加速する


 これはおまけみたいなものですが、物価が上がるとお金が沢山必要になります。

 ですが、現代と違い、中世ではお金は現物です。

 信用通貨(紙幣)なんかありません。

 間接金融(銀行)による信用創造なんて、単なるチートです。

 お金が足りなければ、借りるしかありません。

 金貸しの利息が上がります。

 利息が上がれば、金を借りて商売を拡大する人が減り、設備投資が減り、取引量が減ります。

 もっとも、中世で設備投資をするような業種なんて、あまりない気もしますが……。


 もしこの税が植民地から本国に送金される場合、通貨自体が減るので、ますます利息があがります。

 もっとも、(1)の影響で取引規模自体が小さくなっているので、通貨需要は減り、逆に利息は落ちているかもしれません。


7 まとめ

 「売上税10%なんて無理ゲー」


 単純に考えて、問屋の売上総利益率が約15%のところに10%の税金がかかって、経済が回るわけがありません。確定的に明らかです。

 中世ならもっと利幅は大きかったかもしれませんが、その分輸送コストや関所税、盗賊に奪われるリスクなどもあったはずです。


 史実では、ローマ帝国の百分の一税(1~2%)、中世後期フランスの援助税(約1/30、ただし特定商品に限定)、第一次世界大戦以降で1%前後の取引高税などがありました。

 全ての商品・取引で10%はやりすぎです。


 ちなみにこの無理ゲー、16世紀のネーデルラントで実例があります(現代のオランダ・ベルギー)。

 スペイン軍人のアルバ公は、ネーデルラント総督時代(1567~73年)に10%の売上税を課しました。

 プロテスタント弾圧なども合わさり、80年戦争(1568~1648年、1581年オランダ独立宣言)の原因のひとつとなりました。

 やっぱり無理ゲー。 



【補論】


1 物価モデルの計算詳細

 小売の販売価格をx、問屋の販売価格をyとする。


      農民      問屋     小売

販売価格111       y       x

仕入価格  0     111       y

    税 11    y/10    x/10

  経費  0  6x/167 17x/167

  利益100 11x/167 33x/167


 「小売の販売価格=仕入価格+税+経費+利益」なので、

  x=y+x/10+17x/167+33x/167

   =y+(167+170+330)x/1670

   =y+667x/1670

  y=(1670-667)x/1670

   =1003x/1670……①

 となる。


 同様に、「問屋の販売価格=仕入価格+税+経費+利益」なので、

  y=111+y/10+6x/167+11x/167

   =111+(1003+600+1100)x/16700

   =111+2703x/16700……②


 ①②より、

 111=(10030-2703)x/16700

   =7327x/16700

  x=111×16700/7327=約253……③

 となる。


 ①③より、

 y=1003×(111×16700/7327)/1670×=約152……④


 ③、④を上記表に当てはめると、本論5(3)の表となる。


※このモデルには、農民の利益を銀貨100枚としている点にごまかしがあります。

 もし農民の利益も物価に比例する場合、物価はいつまでも上昇し続け、収束しません(=無限に物価が上がり続けます)。


2 「良いインフレ」と「悪いインフレ」

 インフレには、いわゆる「良いインフレ」と「悪いインフレ」があります。

 「良いインフレ」とは経済全体が活性化して、需要が増大することにより、品物が不足気味になり、物価が上昇するという経路をたどるインフレです。

 一方、「悪いインフレ」とは製品を作る際の費用が増加して、生産費用の増大を賄うために物価が上昇するインフレです。


 「良いインフレ」は需要側が物価を引っ張り上げるのに対し、「悪いインフレ」は供給側が物価を押し上げる形になります。「良いインフレ」は賃金も上がり、経済が好循環の時に生じるインフレですが、「悪いインフレ」だと物価だけが上がり、生活は苦しくなります。(井口秀昭 あがたグローバル税理士法人HPコラム 2015年6月1日)

 この事例は、明らかに「悪いインフレ」です。


3 現代の売上税

(1)ヨーロッパ

 第二次大戦後、売上税の欠点を補うため、売上税から付加価値税へシフトしました。

 インボイス(請求書)記載の税額を差し引く形式が主流です。


(2)日本

 第二次大戦後、取引の際に印紙で支払う取引高税(1%)が導入されましたが、1年間で廃止されています。

 1989年より導入されている消費税は、帳簿から計算した税額を差し引く形式です。


(3)アメリカ

 州によって異なりますが、小売売上税が主流です。

 消費者に売るときの1回だけの課税なので、税が累積することによる問題は起こりません。

 しかしながら、「小売と卸売りの区別をどのようにつけるのか(特に高額商品)」「税率の低い州で買い物すると不公平」などの問題があります。


 引き算する計算が不要なことと、何に経費をかけるかの意思決定を税制度がゆがめることがないという利点もあります。

 日本の消費税の場合、人件費が給与なら消費税が引けませんが、外注費なら引けます。

 某牛丼チェーン店のバイトが雇用契約ではなく業務委託ということになっているのは、残業代問題とは別にこれも原因のひとつだと思います。


4 所得(利益)に課税するのは、近代以降

 世界最初の所得税は、1799年イギリスです(日本は1887年)。

 信用できる帳簿があり、取引先も帳簿をつけており、調査力のある行政機関がなければ、導入できません。

 そりゃ、産業革命くらい起きてないとできない相談でしょう。


5 世界大恐慌

 本論は私の想像ですが、似たような事例があります。

 1929年世界大恐慌です。

 

 スタートこそ異なりますが、「株式バブル崩壊→取り付け騒ぎ・信用収縮→貨幣供給量減少(LM曲線左方シフト)→設備投資減少→失業増→消費減少→さらに失業増」と、同じ流れになります。

 農場では出荷されないオレンジがトラクターでつぶされ、都市では失業者が飢える、という時代でした。

 「とりあえず穴掘って埋める仕事でも良いから、仕事作って金を回せば上手くいくんじゃね?」とか言い出したケインズは、リアルチートだと思います。理論の是非はともかく。


【参考文献】

消費税法における問題点 菊谷正人 経営志林第43巻1号 2006年4月

http://www.hosei.ac.jp/keieigakkai/free-ks/ks_200604301/Vol.43_No.1-05.pdf


諸外国の付加価値税(2008 年版) 鎌倉 治子(財政金融課)2008 年10 月国立国会図書館 調査及び立法考査局

http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/document/2008/200804.pdf


商工業実態基本調査(H10)中小企業の売上総利益率 経済産業省 

http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/syokozi/result-2/h2c5kaaj.html


消費税みなし仕入率 国税庁

https://www.nta.go.jp/taxanswer/shohi/6505.htm


井口秀昭 あがたグローバル税理士法人HPコラム 2015年6月1日

http://www.ag-tax.or.jp/column/2015/06/post-39.php

次回予告

 ・ どんな世界なら売上税10%でも成り立つか考えてみた

 ・ 中世ヨーロッパの農村の税について調べてみた

 ・ 中世ヨーロッパの都市の税について調べてみた

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ・ 中世ヨーロッパの農村の税について調べてみた ・ 中世ヨーロッパの都市の税について調べてみた こちらの方早く見たいです…(涙
[良い点] 論旨(というか前提)にやや無理な点があるようにも思われましたが、思考実験としては面白く読めました。 と書こうとしたのですが、よく考えると「冒険者ギルドで登録」という摩訶不思議な単語が頻出…
[一言] 現代日本ですら農林水産や個人商店の所得捕捉は3割~5割といった状況だもんな⋯⋯⋯ 農民から直接税を取れるようになったのって結構最近の事だし、異世界転移しても専売制や固定法人税が精々の所だろ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ