見習いマカロン
晶さま作成のキャラクター、マカロンをお借りしました。
キャラクターデザイン、詳細なプロフィールなどはこちら→https://14890.mitemin.net/i181350/
「おっはよー!」
上空から箒にまたがった少女が、元気な声と共にグラウンド目がけて急降下してくる。
驚き距離をとる学友たちの輪の中心に狙いを定めてマカロンは着陸した。
風圧で乱れたスカートを手で直し、つばの広い帽子をただす。エメラルドグリーンの髪が波打つように揺れた。
学友たちは何も言わないが、空を飛んで通学するのは校則違反だった。証拠に彼女の姿を確認した教師が怒鳴りながら駆け寄ってきた。
「げ、クラウス先生だ」
その姿を認めた一人が小さく声を漏らした。
「おい、マカロニーヌアレクグリフィスダルメシ……」
「マカロンです」
彼女のフルネームを呼ぼうとした教師を、愛らしい声で遮る。彼女の本名はとても長く、呼ぶだけで一苦労なのだ。
「……マカロン、お前が魔法を得意としていることは十分よく知っている。だけどな」
「校則は守れ、でしょ? もう耳にタコができちゃう」
うんざりとした調子でパンパンに膨らんだカバンを抱え直すと、さっさと歩き出してしまった。
茹ダコよろしく耳まで赤く染めたクラウス先生がマカロンの襟首を掴んだ。小柄な彼女の体は魔法とは別の力によって宙に吊り上げられる。
周りにいた級友たちはやれやれと二人から離れていく。学校の時計台は長針を真上へ向け、今まさにチャイムを鳴らさんとしていた。
「先生離してください。もう始業の時間なんだから」
「マカロン!」
教師の強烈な雷にも臆さず、むしろ迷惑そうな態度を見せたマカロンの耳に始業のチャイムが届いた。辛うじて遅刻を免れた生徒たちが駆け足で校舎に駆け込んでいく。
校門では生徒指導の担当教諭が遅刻者をチェックし始めていた。
「わたしだって先生の相手をしてるほど暇じゃないんです! 明日はお仕事で隣町に行かなきゃいけないし。それとも先生はわたしに勉強するなって言うんですか?」
「誰もそんなことは言ってないだろ。規則を守る。これはどんな世界に行っても共通のマナーだ」
「もちろん。飛んできたことは謝りますから教室に行かせてください」
全身を大きく動かして教師の手から逃れると、ごめんなさいでした、と言い残して校舎に飛び込んだ。
その後ろ姿を見送り、クラウス先生は顔をしかめた。
「マカロニーヌアレクグリフィスダルメシ……――。授業でしっかり絞ってやらなきゃわからないようだな」
「マカロン、今日もクラウス先生に捕まってたな」
教室に入るなり担任に茶化された。教室が押し殺した笑いに包まれる。
チャイムより遅れて教室へ入ったことへのお咎めはないようだ。
「お前がギルドに入れるほどの実力者だというのは先生たちもよく知っている。だがな、お前よりもっと凄い魔法使いだって木にぶつかって死ぬことがあるんだ。言いたいことはわかるな?」
朝から説教に次ぐ説教でやる気を削がれたマカロンは、空返事をしながら席に着いた。
担任が言うような事故で人が亡くなるのは、よほど無謀な飛び方をしている時か突風などの悪天候に見舞われた時だ。最低限の技術を持った者が注意を払って飛んでいるぶんには何ら問題ない。
飛行訓練の際に何度も言われてきたこととの矛盾にもやもやとした気分になった。
加えて、ちょっとした手違いでこちらに来てしまったマカロンは《ネヴァーグリム》のエルフと飛行法も精度も違う。
生まれ育った世界で許されてきたことが認められないなんて納得できなかった。
他の世界から突如現れたマカロンは、多くの研究者に囲まれて色々な検査をされた。言語、身体能力、魔力、使える魔法の種類……。
概ね同程度の年ごろの子供たちを上回る数値を叩き出した。その結果、ギルドの見習い隊員として迎え入れられることも決まった。
しかし、正式な隊員になるには学校を卒業する必要がある。
エルフの子供たちの憧れであるギルド所属が決まっても、学校での扱いは同じだ。むしろ、卒業と同時に正式なギルド要員となることが決まっているマカロンへの指導は厳しいように思えた。
基本教育をすることが学校の義務である。もし教育が不十分であれば学校、ひいては担任を受け持った教師の責任となる。
そういった大人の事情が関わっていることは十二分に承知していた。
この生活から一刻も早く解放されたいと願うマカロンは、独学で学習を重ね教科書の内容を一通り理解した。下宿先のおじさんの協力を得て実践練習もこなした。おかげで一部の授業は免除された上、飛び級で進級してきた。
クラスメイトは彼女よりも年上だが実力は劣る。どんな魔法を使わせてもマカロンに敵う生徒はいなかった。
彼女にとって休み時間と給食の時間以外は退屈以外の何物でもなかった。
座学の時間は故郷から持ってきた大人向けの高等魔法の指南書を読み、実技の時間にこっそりと試す。教師に見つかれば叱られることは必至の挑戦が数少ない楽しみだった。
そんなマカロンが唯一かつ最強に苦手とする授業がクラウス先生の担当する体育だった。
マカロンはエルフの性質の例に漏れずスタミナがない。クラウス先生はエルフにしては珍しいほど体力があるが魔力は人並みかそれ以下だ。
相反する二人は基本的に対立しており、マカロンが校則を破るたびにクラウス先生はグラウンド十周や腕立て伏せ百回などのトレーニングを命じた。
「……はぁ」
黒板の隅に書かれた時間割にため息が漏れる。
三限はクラウス先生の授業だ。朝の仕返しをきっちりされるに違いない。
「早退しちゃおうかな」
頭の固い下宿先のおばさんが許すはずがないとわかりながら、そう零さずにはいられなかった。