久しぶり、私の相棒
灰色のショートブーツを履き、手に馴染んだ革製のグローブを嵌める。
小さくお団子にされた髪は下で結われ、キツい印象を与える。
私は鏡の前でくるりと周り、変なところがないことを確認した。無いことを確認して、腰にポーチを付ける。片側には使い慣れた剣をさし、取りやすい角度を見つけながら家を出る。
ギルドに一応行って、どのように王城に向かえばいいか聞こうと思い、足はギルドに向かい一直線。
「…ん?」
あと少しでギルド、というところで、私の目はそれに気付いた。
「馬車か?」
ギルドの前に、後向きに留まる黒塗りの馬車。どう見ても高級そうなソレに、目星がつく。
……王城だ。
それ以外何があるというのか。私はたじろぐ思いを無視してギルドに足をさらに進めた。
ギルドの前にはマスターと…御者、だろうか。二人が何かを話している。
きっと私関係だろうと考え急ぎ足になる。
「おっ、来たかぁコア!」
不精ひげに白いシャツ、茶色の革のパンツという昨日と全く同じ格好に思わずため息をつきそうになる。
しかし王城の使いの手前、そんな真似は出来ない。というかしたくない。
私はマスターに敬語を使える自信がなかったので手を上げるにとどめた。例によってにやつくマスター。くそ、だから自信がないんだろうが…!!
「貴女がコア殿でしょうか」
「そうです」
「コア殿、実は時間が押していまして、挨拶は馬車の中でもいいでしょうか?」
「もちろんです、行きましょう」
「良かったなぁここが城から近くて。無理すんなよぉー色々となぁー」
「……………」
緑の髪をオールバックにした男が馬車に案内しようという時に、この男、マスターはイラつく事この上ないセリフを言った。
帰ってきたら覚えていろよ、マスターのお気に入りのカップ割ってやるからなぁ…!!そう心に決めた私は、マスターを総無視して馬車に乗り込んだ。
ガタン、と揺れて馬車が動き始める。
「さて、先程は挨拶もせず、申し訳ありませんでした」
「いえ、気になさらず」
「ありがとうございます。自己紹介がまだでしたね、私は王城からの使いとして参りました、アリンと申します。コア殿、この度は依頼を請けていただきありがとうございます」
そう言って頭を深々と下げたアリンは私に笑いかけた。
なんだ、御者じゃなかったのか。
「ガイゼル殿から伺いました、どうぞ話しやすい話し方で結構ですよ。こちらは依頼させて頂いている立場なので」
なんて出来た人なんだ。さすが王城からの使い、一味違う。そしてマスター、本当に本当に覚えていろ、カップだけじゃ足りないなこれは。
私はマスターを恨みながらふうっ、とため息をついた。
私はどうやら、人一倍に敬語が嫌いらしい。
「本当にいいんですか、敬語使いませんよ」
「構いませんよ」
「そうか、じゃ、お構いなく。…そちらは知っていると思うけど、私はコア。ギルドで上位にはいるな」
それしか言わなかったが、きっとアリン、いや、国は調べているのだろう、私のことを。コアが偽名だと知っているに違いない。
私が目を細めると、それを察したのか、アリンは苦笑を漏らした。
「えぇ、聞き及んでいますよ、コア殿の噂は。依頼がその日に終わることで有名ですからね。実力のある人でも、難しいことです」
「そりゃ、光栄だな」
「…ところで、」
肩を竦めてみせる。アリンはそんな私を見て笑った後、空気を変えるように話を変えた。
ぶっちゃけ名前のことだろう。今度は私が苦笑を漏らして、先に口を開いた。
「名前のことか?」
「おや、分かりましたか?」
「そりゃそうだ、誰でも気になる。別に深い意味は無いんだ、何かあったら役に立つかな程度だよ」
具体的にどんな風に?と言われると何も言えないが、本当の事だ。アリンは頷いて笑った。
「知っていますよ、失礼ながら過去も調べさせて頂きましたが、後ろめたいことなどありませんでしたから。ただ、実際に会わないと分からないこともあるものです。気を悪くしたなら、謝ります」
「いや、いいよ。謝罪は不要だ」
低く笑って、私はちらりと外を見た。既に門まで来ていた。それに気づいたのか、アリンは馬車から降りて門にいる見張り番に話を通しに行った。
アリンが戻って来て乗車し、御者に向かってコンコン、と壁を叩いて進ませる。
今更ながら緊張がどっと来た。プレッシャーも凄い。昨日あれだけ凄くて、今朝は少し収まっていたのだが、ここに来て一気にぶり返した。
こうゆうときは、あれに限る。
「さぁ、降りましょう。………コア殿?」
「うぉらっ!!」
「コア殿?!!」
私は自分の頬を思い切り拳で殴った。痛い。滅茶苦茶痛い。口の中も切れた。だが、痛みのお陰で緊張が薄れた。
私は剣術のように上手くいかない魔術を操り、外見だけ治す。口の中は治さない。
「…うん、よし。さっ、行こうか!」
先に降りて手を差し出していたアリンを無視して飛び降りる。
アリンはそれに一瞬驚くも、先程のことの方が衝撃的だったらしく。
「コ、コア殿!いきなり何をなさったんです?!」
「いや、緊張ほぐそうとしてさ」
「あれが?!」
「そうそう。あれが。あとな、アリン」
驚くアリンに案内を頼みながら、先程のアリンの行動を言う。
「ギルド加盟者、特に私みたいな戦闘特化タイプには、あーんな手を差しのべるなんてこと、しなくていいんだぞ。場合によっては失礼だ」
「は……」
「私はそうでもないけどな、場合によってはそんな事をしなければ降りることが出来ない軟弱者って思われているのかって感じる奴もいるからな。見た目に騙されず、ちゃぁんと確認した方がいいぞ、痛い目見たくなかったらな」
実際、それはよくある事だった。有名な例を上げれば、見た目が幼い戦闘特化タイプに手を差しのべ、子供扱いした事で半殺しにしたと言うのがある。
その事実を知らないからこそ手を差しのべる事が出来たのだろう。
案の定、さっと顔を青くし、アリンは小さく気を付けます、と囁いた。
そこから暫く無言が続いた。私はどこかの廊下を歩きながら、王城を見学しないのは勿体ないとばかりに話さないのをいいことにあちらこちらを見回した。今思うと物凄く田舎者丸出しだったと思う。恥ずかしい事この上ない。
そうしているうちに着いたらしい。アリンは私を振り返り、こちらです、と言って大きな扉の前に立った。
「既に隣国の使いの者は来ています。今から宰相が来られるので、ここでお待ち下さい」
「え?待たせていてもいいのか?」
「いえ、向こうの方が少し早く着かれてしまったんですよ。ですから、皆さん大忙しです」
なるほど、と一言漏らし、私はアリンに言われた通り扉の前で宰相とやらを待っていた。
それから一分経つ頃に、曲がり角の奥から早足の足音が聞こえてきた。きっとこの人だ、私はそう直感し、背筋を伸ばした。
曲がり角を曲がって来たのは、茶金の髪をくるくると巻いて横に垂らした、男物の服を着た美しい女性だった。
私は挨拶した方がいいのか迷っていると、彼女が先に口を開いた。
「あら、貴女がコア殿ね!こんにちは、あたしはロザリウスよ!でもこんな名前好きじゃないの、だから呼ぶ時はロザリーって呼んでね♡」
「あ……は、…え?」
「さ!お客様がお待ちだから、行きましょうか!危ない時は守ってね!!」
「あ、はい…?」
「コア殿頑張ってください!!」
低い声だった。いや、きっと頑張って高い声だそうとしたのだろうが、それでも分かった。
男だ、この人。女装だ、男装じゃない!!
その事実に呆然として、私はアリンの励ましも、ロザリウス…ロザリーが扉を開けたのにも気付かなかった。
「遅れてごめんなさい、ニリウス殿、ラディオリス殿」
ロザリーのそのセリフでやっと我に返り、少し離れてしまったロザリーとの距離を埋めるために、気配を薄くして滑るようにロザリーの後ろに付く。その事にロザリーは一瞬驚くような気配を出すが、すぐに消えた。私だって伊達に上位に居るわけじゃあない。仕事はちゃんとやるさ。
私が壁にひっそりと立つと、まるで図ったかのように隣国の大使が立ち上がった。先ほども思ったが、二人らしい。一人は私同様護衛らしく、座っている人の後ろに立っていた。
私は二人の行動を視界の端で捉えながら部屋を見渡した。
部屋の中央には背の低い、しかししっかりとしたテーブル。その上には湯気のたっているカップが一つ。そのテーブルを挟むようにして三人掛けのソファが二つ、さらに違う方からテーブルを挟むようにして一人掛けが二つ。座っているのは三人掛けの方だ。ここだけ見ると若干ギルドの部屋に似ている。がしかし、やはり王城だ、全て高そうだ。
下にはふかふかの絨毯、壁際には背の低い棚があり、小物が置いてある。窓は扉と対極に大きな物があり、濃い紫の分厚いカーテンが左右に纏められていた。窓の外には少し広めのスペース。なんて言うんだっけか。
もしもの時の避難は窓を突き破るしかないな。扉は分厚そうで突き破るのは大変そうだから。
「いえいえ、ロザリウス殿、こちらこそ予定より早く来てしまい申し訳ない」
「いえ、そんなことは問題じゃございませんわ」
「寛大な対応、ありがとうございます。して、後ろの方はどちらかな?私も彼を紹介しましょう」
私が部屋の構造や避難回路を練っていると、二つの視線が私に向くのを感じた。ついっと目線をそちらに合わせる。
ロザリーが手招きするのが目に入ったので、ロザリーの斜め後ろに立つ。相手の護衛もニリウスの斜め後ろに立つのが分かった。
「こちらは今回、護衛を依頼したコルネリア殿よ。ギルドでは二位の実力を持つと言われているわ」
ちょっと待て、何故ここでこのオカマは本名を曝した?!
私は思わずギョッとしてロザリーを凝視した。華麗に無視されたが、私は不満だった。顔を少し歪ませていると、向かい側から強い視線を感じた。
そんなに酷い顔をしているかと、すぐに無理矢理無表情にした。
今度はニリウスが斜め後ろの護衛を紹介した。
「ほぉ、ギルドで二位の実力ですか!貴女でしたか!実はですな、こちら、ラディオリス・ルシへ殿はこの若さで伯爵位を持つのですが、ギルドで一位と言われております。今回はそちら同様護衛を依頼しておりまして。そちらの護衛の方と年は近いですかな」
ニリウスが自慢としてではなくただの事実として話していることに驚きながら、私は止まぬ強い視線を探した。
ニリウスではない。とすると、護衛か。確かニリウスはラディオリス、とか言っていたな。
私はそう考えると、自然に視線を動かし、ちょうど真向かいにいる護衛を見やった。
「っ!!!」
「…コルネリア殿?どうしたの?」
「どうかされましたかな?」
一瞬、息が出来なかった。吸うことを忘れたのではなく、吸い方を忘れた。
漆黒の柔らかそうな髪は艶やかな光沢を放ち、天使の輪を作る。可笑しそうに笑う神秘的な紫の瞳は見る者を虜にする魔の瞳。薄い唇は誘うように弧を描く。
私が目を見開き驚き、唇が戦慄くのをロザリーとニリウスは怪訝そうに見詰める。
現実なのか、夢なのか。私は塞がりかけていた口内をぎりっと嚙んだ。鈍い痛みと血の味が、口の中に広がった。
彼はそんな私を見て、猫のような目をさらに可笑しそうに細め、懐かしい声を発した。
「久しぶり」
あぁ、久しい。
あぁ、待ち遠しかった。
やっと、巡り会えた。
久しぶり、私の相棒。
歓喜で身体が震えるのを感じた。