今の英雄その一
「おらぁっ!」
毛の生えていない真っ黒な巨体、鼻の突き出ていない犬のような顔、体に見合わず小さく蹄のある四肢、白く濁った眼。口から止めどなく溢れる唾液に顔を歪めながら、私は魔物に剣を振り下ろす。
「ギュイイイイイイイッ」
甲高いような、低いような、そんな気味の悪い声を上げて血を撒き散らす。
私はすかさずもう一撃を脇腹に食らわせる。
またもや声を上げるが、私はそれを無視して少しかがんた状態になった魔物に飛び乗る。
「ギャイイィィィッギュイイィィィッ!」
「っとぉ!振り落とすなよぉ糞野郎!」
私は頭を振って落とそうとする魔物に、にやりと笑って言う。
若干の伸縮性のある皮を力任せに引っ掴み、刺しやすい位置を探す。
「じゃーな、来世で会おうじゃないの!」
出来るなら会いたくないけどな!最後の最後にそう叫び、私は魔物の首元に剣をズプリと柄までぶっ刺した。
叫び声を絶えずに上げていた魔物は一瞬、びくりと体を震わせるとぐらりと斜めに揺れた。
倒れるより早く私は飛び降りて、依頼完了の印として魔物の両耳を削ぎ落とす。
「じゃーな魔物さん、静かに眠ってな」
私はポンと白目をむく死体を叩くと、ギルドに依頼完了を伝えるためにそこを後にした。
■■■■■
「マナさん、依頼完了しました」
「あら、コアちゃぁーん!相変わらず速いわねぇ依頼!」
「そうですか?ありがとうございます」
「どれどれ……うん、やっぱり新種の魔物よねぇ」
私は魔物の耳をギルドの受付嬢マナさんに渡す。彼女は魔力が特殊で、所謂透視のような、千里眼のような、鑑定のような魔術が使える。
私はマナさんの言葉を聞いて顔を顰めた。
「最近妙な魔物ばかりいますよ」
「依頼もそれ関係ばっかりだものねぇ…そろそろ国が動くかしら」
その言葉にぴくりと反応して、私は受付を離れた。
帰り際に依頼板を見てみると、確かに半分ほど奇妙な魔物関係だ。
それを確認して、魔物について考えながら帰路につく。
――最近、見たこともない魔物が居るという情報が絶えない。元々いる魔物に似ている所もあれば、何故か他の魔物の特徴を持っていたり、本来持っていない筈の能力を持っていたりする新種の魔物たちは、ギルドのみならず非戦闘民である一般人の間の中でも噂され、国の実験で造られた合成獣なのではないか、とまこと密やかに囁かれていた。
かくいう私もその噂を信じる一人だ。
「………、」
一般人には知られてはいないが、ギルドに所属する者、戦う者は―――言い換えれば非戦闘民以外―――その魔物にはある特徴があることが通達されている。
『新種の魔物にはどこかしらに番号の焼印が入っている』。
一般人を怯えさせないように秘匿の魔術を使う程の徹底ぶりだ。それ故、私は合成獣なのではないかという噂を信じているのだ。信じない者もいるが、魔術は常に研究されている。今の時代、魔術で魔物を合成することなど容易いのではないか?
私は自宅のドアを開けつつ昔と今を比べてみた。
「……………全っ然変わったよなぁ」
三百年前はもっと生活水準が低かったし、あんなギルドなんてなかった。ほぼ個人経営みたいなものだった。
三百年前に英雄として死んでから生まれ変わるまでの間、コツコツと色んなことを学んできたのだろう。
きっと大変だったろうなぁと他人事のように考え、ふと思った。
「………………ルディは、どこにいんだろ……」
かつての相棒、ルディアロ・ラオリーことルディは、唯一私と渡り合った強者だった。こう言ってはなんだが、私はかなり強かった。特に剣術が。魔術も使えたは使えたが、いかんせん魔力をうまく使えなかった。
一方のルディは私とは正反対だった。私は魔術よりも剣、ルディは剣よりも魔術だった。
正反対でもあれだけ息の合う相棒はいないと、私は胸を張って言えるくらいに息があっていた。合いすぎて他とは組みたくないくらいだった。
そんな相棒は、私みたいに生まれ変わってはいないのだろうか。いや、これだと語弊があるな。私はあいつが生まれ変わっていると感じる。何故かは知らないが、確信を持って言えるのだ。
ルディアロ・ラオリーは、私同様現世で生まれ変わっている。
私はぼんやりと天井を見つめつつ、そんなことを思っていた。
あぁ、会いたいなぁ。
「…見つけられるかなぁ」
どこにいるかも分からないし、今何歳で、どんな状況にいるかも分からない。しかし、それでも私はルディを見つけ出すと心に決めていた。
その為に私はギルドで旅のための金を集めているのだ。
私は何もいない天井を見つめ、にやりと不敵に笑った。
「絶対見つけ出しからなぁ…待ってろよルディ」
まぁ、旅に出るのは金が集まるのと、今回の合成獣疑惑が解決してからだが。これでもギルドで上位にいるのだ、話が来ないわけが無い。
私は軽くため息を吐くと、立ち上がって昼飯の準備に入った。