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馳せし思いは

作者: 文月

 瞳を閉じ深く息を吸い込む。土や草木の匂い。夕飯の香り。薪が爆ぜる音、仲間たちの話し声。どこかで虫が鳴いている、静かで綺麗な音だ。目を開け空を仰ぐ。森の木々から覗く満点の星空には雲ひとつない。風は少し湿っていて、ひんやりとしている。明日のことを思うと緊張はするけれど、不思議と落ち着いていてなんだか変な感じだった。


 故郷を焼かれ傷を負い、旅に出た。同じように故郷を襲われたり、友や家族を傷付けられた者と出会うたび、次第に仲間が増えていったけど、深い因縁の相手・シャウラに脅されあたしは仲間を裏切り。何ヶ月もかけてどうにか勝算を立て、隙をついて仲間のもとに戻ってきた。あの時仲間にはこっぴどく叱られたけど、それでも再び迎えてくれた彼らには感謝している。旅の途中、知らないヒトたちから赤髪の不吉な魔女だなんて石を投げられたこともあったっけ。あの時は裏切る前だったな。ヘリオスや仲間たちが代わりに怒ってくれた。あたしは、耳を貸してもらえないと諦めたのに。シャウラのもとから戻ってきてからも同じようなことがあった時は、思わず泣いてしまって恥ずかしかったな。すべて最近のことのはずなのに、遠い過去のようだ。

 ——シャウラは今、どうしてるだろう。冷徹な彼は多分、準備を怠らず、彼に取っての「最善」の状態に整えてあたしたちを待っているのだろう。彼の待つ城はもうすぐだ。あたしたちが目と鼻の先にいることは把握しているだろう。

「どうしたんだ、クレイス。食が進まないな」

 赤銅しゃくどう色の髪を揺らし、右隣に座るソフィアがあたしの皿を覗き込んだ。ソフィアは女性に似つかわしくない体格と話し方で仲間以外のヒトからけなされることもあったが、あたしたちに取ってとても頼もしい存在だ。彼女が覗き込んだ先、あたしのスープ皿の中身は受け取った時の量と、そう変化がない。もう食べ飽きてしまった、淡白な味付けのスープ。近くでとれた、野うさぎの肉と木の実を煮込んだものだ。

「ちょっと、考え事してたの」

「明日のことか?」

 すぐ左に座っていたヘリオスがこちらに顔を向けた。パンを寄越してくれたので、大人しく受け取る。それから小さく頷いて、「それと、今までのことも」

「今までの……。わたしたちが出会ったのも、様々な戦いを勝ち抜いてきたことも、なんだか遠い昔のようだなあ」

 ソフィアが遠い目をする。焚き火の音が、仲間たちの声が、過去の記憶を誘起しているようだ。

 ヘリオスは少し間を置いて、それから「明日で、終わるんだな」としんみりとこぼす。覗き込んだ森のように深い緑の瞳に、決意とか、悲しみとか、希望とか、いろんな色が混じってみえた。

「本当に、いよいよ決戦なのね。少し、緊張する……」

 手元に視線を落とし、パンを頬張る。

 明日の明け方には、シャウラの城へ向かうためここを発つ。明日、すべてが終わる。そうしたら、きっとみんなともお別れだ。みんな、それぞれやるべきことがある。それを思うと、心にまで冷たい風が吹き込んでくるようだ。皿越しに感じるスープの温度もすっかり下がって、ぬるくなってしまっている。

「おれたちなら大丈夫だ。ソフィアだって、エルピスだって、みんながいる。なにより、おまえがいるだろう」

「うん。……ね、全部終わったら、これまでのこと、すべて夢のように思えてしまうのかな。みんなとも……また、会えるのかしら」

 呟くようにこぼした言葉に、何を言う、とヘリオスとソフィアが声を揃えた。

「そりゃ、戦いが終わったら、離れ離れにはなるだろうが。会おうと思えば、いつでも会えるさ」

「別れは永遠ではない。君がいい例だ」

「……ソフィア、それ、かなり遠回しに貶してない?」

 じっとりと女騎士をねめつけると、ははっと軽く笑って流されてしまった。そして、「とにかく、今は明日あすのことだけを考えて腹ごしらえを。腹を空かせて倒れたんじゃ、元も子もないからな」と、あたしの手から皿をさらった。あっ、と小さく声をあげると、ソフィアは空になっていた自身の皿に鍋から新しくスープを入れ、それをあたしに渡してくれた。「今日は冷える。わたしは大丈夫だから、きみは熱いものを飲みな」

「あ……ありがと、ソフィア。ヘリオスもね」

「も、ってついでみたいに言うなよ。馬鹿クレイス」

「馬鹿は余計よ!」

「おう、そうか? アホのクレイス」

「ヘリオス、あまりからかうなよ。おばか、で充分」

「ちょっと、ソフィアも!」

 あたしの仲間は時々一言余計だ。思わず噛み付いたあたしの頭を、ヘリオスは乱暴になでる。


 決戦前夜。明日あしたすべて終わったら、ヘリオス、あなたに伝えたいことがある。森のように深い緑色の目とか、少し薄い色合いの、クリーム色の髪。その髪色や瞳の色がよく似合う、褐色の肌も、いかにも人が好さそうな表情、特にくすぐったげに笑った顔が好き。乱暴で無骨なところもあるけど、いつも気遣ってくれてるところも。優しい嘘を吐くのはあたしの苦手分野だから、最後まで真っ直ぐに目を見て言ってしまおう。それから、ずっと信じていてくれて、ありがとうとも。

 明日あす、決戦を迎える。それが終われば、ようやく前へと進めるはずだ。だから、必ず生きて帰ろう。優しくお人好しな、大切な仲間と共に、必ず。

1年くらい前にTwitterでの企画 「#深夜の真剣文字書き60分一本勝負」で書いた作品(http://privatter.net/p/304737)の数ヶ月後のお話、のつもり。


今回投稿した作品もその企画のお題をお借りしました。使ったお題は「決戦前夜」と「かんじょう(変換可)」です。「かんじょう」は「感情」で使用(該当のツイートはこちら→https://twitter.com/freedom_1write/status/599197589926359041)

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