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記憶の子守歌  作者: 瀬尾優梨
本編
9/25

再会

 システィナとサイシェイに子守歌禁止令が出て早十日。基本的にすることもなく、図書館の本を読むことで暇を潰していたシスティナは兵士の連絡を受けてベッドから身を起こした。

「システィナ王女。グラディールから要人が来ている。仕度を調え、フォルス殿下の執務室に向かうよう」


 システィナは了解し、サイシェイが身支度用のブラシを取ったところで兵士は思い出したように付け加えた。

「セイシェール・ミシェ。おまえも仕度して王女と共に来るよう言われている」

「私も?」

 不可解そうなサイシェイ。システィナもサイシェイも十日前に子守歌の件で呼び出されてからあまりフォルスによい感情は持っていなかった。だが兵士は少し考えるように俯き、頷いた。

「ああ。ミシェが来たなら必ず喜ぶだろうと……殿下のお言葉だ」




 システィナについてフォルスの執務室に参上したサイシェイは兵士の言った通り、飛び上がらんばかりに喜んだ。執務室に集められたグラディールからの客人の中に、会いたいと願っていた人物を見つけたからだ。


「父さん!」

 サイシェイは声を上げ、父親に駆け寄ろうと片足だけ持ち上げ――己の立場を思い出してすぐさま、侍女の顔に戻って失態を詫びた。

「失礼しました、陛下。出過ぎた真似を……」

「よい。イゴール・ミシェもおまえたちと会いたいと願っていたことだろう。しばし再会を果たせ」


 意外なことにフォルスは表情を緩めてそう言った。それまで他のグラディール貴族と同様、追いつめられたような硬い表情をしていた中年の男性――サイシェイの父、イゴール・ミシェはフォルスの言葉を聞き、はっと目を瞬かせた。そしてその場に跪き、絞り出すような声を上げる。

「……再びこの目でお目に掛かれるとは思ってもおりませんでした。よくぞご無事で……システィナ様」

「イゴール……」


 てっきり親子の再会が果たされるのかと思っていたシスティナだったが、自分に言葉が向けられると知って頭を切り換えると背筋を伸ばし、イゴールと同様にその場で跪くグラディール貴族たちに一歩歩み寄った。

 自分のすぐ脇でぴしりと固まったように動かなくなったサイシェイを、視界の隅に捉えながら。

「どうか顔を上げて。イゴールも皆様も、今日この日まで頑張ってくださりありがとうございました。わたくしがふがいないばかりにあなた方に心労をお掛けして……謝罪すべきはわたくしの方です。グラディールを支えてくれてありがとう」


 にこやかに労りの言葉を掛けるシスティナを見、イゴール以外の貴族は気まずげに面を起こした。それもそうだろう。幼少期からシスティナの面倒を見ていたイゴールはともかく、他の貴族は式典以外でシスティナと顔を合わせたことはないのだ。弱気でおつむの弱い役立たず王女と思っていた王女にねぎらいの言葉を掛けられ、内心戸惑っているのだろう。


 イゴールは面を起こし、真剣な面持ちで頷く。

「もったいないお言葉です。それから……」

 そしてようやくイゴールは娘に視線を寄越した。それも父が娘を見る温かい眼差しではなく、王女の侍女を見る目で。

「……セイシェール・ミシェ。この日までシスティナ様の御身をお守りしたことに感謝する。事の子細はフォルス殿下からお伺いしている。システィナ様のお心の支えとなったこと……一同を代表して礼を述べよう」


 サイシェイは格式張った父の振る舞いに戸惑った様子もなく、礼儀正しく頭を下げた。

「身に余る光栄です。わたくしの身で姫様をお助けできたことを星女神様に感謝いたします」

 酷く他人事のように接する父娘を見、フォルスは椅子の上で不可解そうに首を捻った。

「……グラディール人とは、ここまで他人行儀になれるものなのか。まあ、おまえたちがそれでいいならいいとして……」


 フォルスの咳払いで一同は彼の方へ向き直った。フォルスは文机の上で手を重ね、緩んでいた目元をきりっと引き締めた。

「……先日とある事情からグラディール管理部に調査を依頼した。その際イゴール・ミシェらが重要な証人として名が上がり、こうしてアイカンラへ招いたのだ」

 とある事情、でシスティナは一瞬首を傾げたものの、すぐに思い当たる節があって表情を暗くした。


 フォルスから「歌うな」と言われた子守歌。優しかった頃の母が残してくれた、大切な歌。サイシェイにしか教えていない、秘密の歌。


 フォルスは隣のカークから報告書を受け取り、それを細い指でめくりながらイゴールに声を掛けた。

「イゴール・ミシェ。さきほどおまえが私の前で説明したことをもう一度、システィナ王女とおまえの娘に話してもらおう」

 イゴールは娘から視線を引き剥がし、重々しく頷いた。


「……システィナ様もご存じの通り、私は十三年前のアイカンラ侵略戦争時、軍医としてグラディール軍に同行いたしました。私は端の医師であったため、アイカンラ城陥落時も陣に残り、怪我人の救護や雑用を任されておりました。アイカンラ王国が強力な軍隊を持たないこともあり、グラディール陛下が見積もったよりも負傷者は少なく済みました。よって我々駐屯軍は早めに陣を撤収し、グラディールへ引き上げることになったのです」

 その話はシスティナもサイシェイもよく知っている。システィナは小さく頷いた。


「しかし引き上げ中、我々はとんでもない連絡を耳にしました。アイカンラ城を占拠していた本隊がアイカンラ王との契約を反故にし、年若き王子を捕らえ、国外へ逃亡しようとするアイカンラ国民を追撃する命令を下したのです」

 そしてグラディール軍は逃げまどう人々を殺し、城下町に火を放った。グラディールほど文明の進んでいなかったアイカンラの街はあっという間に燃え広がり、ほとんどの住宅街が焼け野原となった。


「我々は唖然としてグラディール軍の横行を見るしかありませんでした。幸か不幸か我々の隊に国民抹殺の指令は下りませんでした。かといってアイカンラ国民を助けることも許されません。我々は多くのアイカンラ国民を見殺しにしながらグラディールへ戻り……途中、酷い怪我を負って行き倒れている少女を発見したのです」

 サイシェイの目が驚きで見開かれる。実の娘もここからは聞いたこともないのだろう。先ほどとは違う眼差しでイゴールを見守っている。


「軍の者の中には少女がアイカンラ国民であると言う者も多くおりました。亡命中にグラディール軍の攻撃を受けたのだろうと。しかし少女の近くには他の負傷者は見あたらず、彼女がアイカンラの者であるという証もありません。……軍の者も少女を助けたいと思ってくれたのでしょう。私が上司に、少女がグラディール国民の可能性もある、自国民を見捨てるわけにはいかないと進言すると上司は少女の保護を受け入れてくれたのです。よって私は少女を介抱し、グラディールにある診療所に連れて帰りました」


 皆が見守る中、イゴールは当時を思い出すような遠い目で続ける。

「手当の末、少女は一命を取り留めました。しかしよほど辛い思いをしたのでしょう……彼女は自分の名も家族のことも一切思い出せず、魂の抜け殻のような表情をしていました。言語能力にも支障があり、片言の言葉しか話せない彼女ですが、どうしても見捨てることができませんでした。私は家族にも少女のことは隠し、素性不明の少女を保護したとだけ政府に伝えて少女の治療を続けました。……しかし戦争から一月が過ぎた頃、イグヴィル城から使者がやってきました。その娘が必要になったから引き渡せ、このことは決して誰にも口外するな、と半ば脅されるようにして少女は引き取られていきました」


 そしてイゴールは肩を落とし、残念そうに首を横に振った。

「……それから少女の消息は一向に掴めませんでした。私は家族を盾に取られ、少女のことを誰にも教えられないまま月日を過ごしました。……御年七つになられたシスティナ様を拝見するまでは」

 えっ、とシスティナはイゴールの話に自分の名が出てきて素っ頓狂な声を上げた。


「それとわたくしに何の関係があるのですか?」

「……システィナ姫七歳のお祝いの席で拝見した姫は長く髪を伸ばし、お可愛らしい服をお召しになって会に臨んでおられました。しかし……姫は以前の姫とは微妙にお顔が違いました。姫は私が一年前に保護した少女、そのものだったのです」

 重々しく告げたイゴール。


 システィナは瞬きすら忘れ、小さく口を開いて呆然と言葉を発した。

「……で、では何? わたくしは……?」

「システィナ様は六歳の時、酷い流行病に罹られました。体力のない子どもであれば高い確率で命を落とす、凶悪な風邪の一種でした。奇跡的にシスティナ様は重病から息を吹き返し、しばしの休養期間を経て復帰なさったと聞きましたが、私はシスティナ様とお会いして自分の推測に確固とした自信を持ちました。その頃からシスティナ様は陛下方から冷遇を受けるようになり……悩んだ末、娘を侍女として王城に召し上げさせたのです。影ながらシスティナ様をお守りできるように」


 ぎょっとサイシェイが目を見張る。本人も思ってもいなかった過去に、サイシェイは驚きの混じった声で父に食いついた。

「どういうこと!? 私はただ、礼儀を身につけるためだって……」

「馬鹿者。おまえのような礼儀作法皆無のじゃじゃ馬が、まともな方法で貴族界に上がれるわけないだろう」

 イゴールはぴしゃりと娘を叱咤し、ショックを受けた様子の娘に構うことなくシスティナに言う。


「案の定、システィナ様の侍女は万年不足状態でした。貴族の誰もが、娘をシスティナ様の侍女にするよりもティーリア様に付けた方が有利だと思っておりましたから。最初こそはサイシェイの存在も上層部に疑われましたが、あいにく娘は全くの白。むしろシスティナ様の世話を望む存在ができたことで感謝されたくらいでした」

 そこでイゴールは話を切り、フォルスがもったいぶって頷いた。


「これがイゴール・ミシェの証言だ。彼は述べた通り、上層部から圧力を掛けられていて介抱した少女のことを公開することはできなかった。先日調査した際、ようやっと我々に明かしてくれたのだ。感謝する、ミシェ」

 イゴールは驚いたように目を瞬かせた後、深々と頭を下げた。システィナはそんなイゴールの禿頭を、忙しなく息をつきながら見つめるしかできなかった。

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