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記憶の子守歌  作者: 瀬尾優梨
本編
6/25

アイカンラのシスティナ

 アイカンラは現在も復旧作業に勤しんでいる。数年前、フォルスが復興の指揮を執るようになってからその勢いは年々活気を増してきていた。

 国民たちは一番に王城の復興を申し出たのだがこれはフォルスが却下した。まずは国民全員分の宿を確保しろと、我が身を差し置いて自ら土木作業の地に立った。謁見の間として必要な王座も、余り木で作った簡素な椅子に赤い布を垂らしただけのもの。


 フォルスはその手製の椅子に座って毎日、国民たちの話に耳を傾けていた。彼は大人たちからの報告を聞くことはもちろん、子どもの話もきちんと聞き入れた。忙しい中でもアイカンラの子どもが笑顔で語ってくれば、疲れを見せぬ表情で静かにその話を聞いてくれるのだ。

 城下町は半分ほど形を取り戻したがまだ焼け野原が目立っている。同盟諸国の厚意で材木を格安で譲ってもらえているものの、いつ国庫が尽きてもおかしくはない。そもそも十三年前に金目のものや国の財産はあらかたグラディールに奪い取られ、隠し金庫に雀の涙ほどの金が残っている限りであった。


 そんな中グラディール侵略が成功し、戦争の勝利金としてかなりの額が舞い込んできた。グラディールの全責任を一身に負わされたシスティナ王女はフォルスの要求全てに首を縦に振り、国の金庫も進んで開放した。おかげでアイカンラの復興作業は格段に進み、グラディール国民もまた、誠実なフォルスの加護下に置かれることで落ち着きを取り戻してきた、のだが。




 夜遅く、アイカンラ城の城門を一台の馬車がくぐった。フォルスの執務室で書類整理をしていた黒衣の青年は窓からそれを見、重い腰を上げた。そしてぐったりして戻ってくるだろう主を迎えるべく、慣れない手つきで茶の用意をする。


 数分後、執務室のドアが開かれて憔悴しきった顔のフォルスが入ってきた。

「お帰りんさい、フォルス。えらく疲れた顔してんな」

「……カークか。書類整理ご苦労」


 フォルスはお付きの兵士に後を任せ、ぼすっとソファに身を沈めた。

「……おまえも予想していただろうことを実行してきた」

 フォルスのつぶやきに、熱い紅茶を淹れていた青年カークは目を丸くし、そして微かに嘆息した。

「……そうかい。そりゃあ大儀だったな。で、何人?」

「……十四人。こちらとて、極力手は出さないようにはした。だが奴らは王女を返せ、国を返せ、金を返せと喚き立てるのみ。挙げ句グラディールの民を盾に脅しを掛けようというものだから……こちらも然るべき手を取らせてもらった」


 カークは表情を変えず、ひとつ頷く。今日一日で十四人の首を飛ばして墓を掘るのはさぞ骨の折れる作業だったことだろう。

「その仏さんは貴族ばっかだろう?」

「ああ、全員な。どうやらグラディール国王が逃亡時、取り残されていた者がいたようだ。国王は最初から彼らを見捨てるつもりだったんだろう。彼らは襲撃時、国王の命令で避難したのだそうだ。もちろん、王たちの脱出経路とは真逆の方向へな」

「うへぇ、とことんえげつない王だな。末娘を人柱にした挙げ句、貴族も捨て駒、かぁ」


 フォルスは俯き、気分を変えるようにカークが淹れた茶を一気に飲み干し、しばし何かを握るように右手を開いたり閉じたりしていた。が、すぐに顔を上げて深いため息をつき、ごろんとソファに横になった。

「おい、寝るならベッドに行けよ。風邪引くぞ」

「いや、仮眠を取るだけだ。明け方までに済ませないといけない書類がある」

 そして長いあくびをし、ふと思い出したように眠そうな目でカークを見上げた。


「王女と侍女はどうしている? 相部屋にさせてから後、何か異変はあるか?」

「いんや、特に? むしろ 別部屋にしてた時より姫さんが元気になったみたいだ。話し相手ができて嬉しそうだな」

 カークはフォルスの腹にブランケットを放り、文机の書類を片付けながら言う。

「おまえが最初に付けた侍女よりもずっと安心してるっぽいな。あの侍女は口は悪いしじゃじゃ馬だが仕事はできるみたいだ。姫さんも望んでいるみたいだし、姫さんの大半の世話はあの侍女に任せた方がいいだろうな」

「……」


「グラディール国民は何よりも、システィナ王女の安全を願っている。同郷人を侍女に付ければ間違いはないだろうし、何より姫さん自身のためにもなるだろう。人質の王女を孤独死させたら後先悪いしな」

「……」

「……フォルス?」


 返事がない。見れば、カークが無造作に投げたブランケットにくるまってすやすや眠る金髪の青年が。いつもは涼しげで端正な表情をしている彼だが、寝顔は酷く幼く、頼りない。ずっと緊張に身を強ばらせてきつく寄っていた眉も今は力なく垂れ、一国の指導者からただの少年に戻っていた。


 カークはふうっと微笑み、音を立てないようそっと、足音を忍ばせてフォルスの部屋を後にした。




 システィナとサイシェイは名目上、グラディール王国の人質としてアイカンラ王国で暮らしている。だがフォルスは二人を部屋に閉じこめるまではしなかった。警護のため城からは出るな、と言われていたが見張りを付けておくならば城内を自由に歩いていいとお達しがあった。

 アイカンラ城も城下町と同じく建設中である。だが食堂や図書館、使用人の部屋などを優先して再建しているためシスティナが散歩に困ることはなかった。


 一番フォルスに感謝したのは、図書館の使用を許されたことだった。


 フォルスはシスティナが読書好きであることを知っており、図書館から何冊か本を借りたいと申し出ると二つ返事で了解してくれた。


 十三年前の戦争時に城の王立図書館や城下町に点在していた小さな図書館はことごとく焼き払われた。

 だが故王妃であるフォルスの母は読書家で、彼女を慕って読書に励む国民も多かった。逃亡生活から解放されて故国に帰ってきたアイカンラ国民は逃亡先で書物を手に入れている者も多く、快く城の新設図書館に寄贈してくれたのだ。

 事実、王立図書館だけはアイカンラ城の中で唯一、一般市民も気軽に立ち寄れる場所であった。図書館は王城の東端に位置し、城前の大通りから一本東に逸れた道から図書館に入ることができる。武より文を重んじるアイカンラの風土色はフォルスの時代になっても健在で、今も毎日、他国から仕入れた本が次々と登録されているのだ。


 お付きの兵士を連れて図書館へ行ったシスティナはほくほくの笑顔で自室に帰ってきた。部屋で留守番をしていたサイシェイはシスティナが両腕に抱える本の山を見、ふっと微笑む。

「よかったわね、システィナ。大量じゃないの」

「ええ! まだ図書館も建設中で、通行禁止の場所が多かったけれど蔵書数はかなりのものよ。それも、他諸国の文献や小説もあったのよ。中には絶版になった本もあったし、本当に行ってよかったわ」


 言い、システィナはベッドの上に収穫品を広げる。サイシェイの予想通り、システィナが好きそうな少女向け恋愛小説や架空伝記本のタイトルが羅列しており、サイシェイは微笑むがふと、ピンク色の小説の下敷きになっていた本を一冊引き抜いた。

「……これは」

「あ……うん、アイカンラの歴史書」


 他のものとは全く装丁の違う本をしげしげと見つめるサイシェイ。システィナは少し気まずそうに俯き、もじもじと指の先を摺り合わせた。

「ほら、グラディールではアイカンラの歴史はきちんと習わないでしょう? わたしたちはアイカンラのことをよくも知らず、敵国だ、弱小国だと嘲っていた……でも、真実を知るべきだと思って」

 サイシェイが顔を上げる。しばらく逡巡するように目を彷徨わせた後、彼女はどこか物憂げな表情でゆっくり頷いた。


「……そうね。こうなってしまった以上、アイカンラを憎む必要はないわね。それに私たちがアイカンラに対して間違った認識を持っていたっていうのも事実……考えを改めることは確かに望ましいわ」

「ええ! 頑張って毎日読むわよ!」

「……無理はしないでね。あなた、歴史の成績は悲惨だったじゃないの。涙知らずのカルベ先生を泣かせるほど酷かったって、母さんが言ってたわ」

「そ、それは昔の話よ! サイシェイだってイゴールによく叱られてたじゃない、王立学院の試験の結果を隠してたって!」

「うっ……! それは、私だってたまには失敗するし……というかあの毛無しジジイが悪いのよ! 思春期の娘の荷物をひっくり返してテストを掘り出すんだから!」

「あー、責任転嫁してる!」

「ちょっと、システィ……」


「システィナ王女」


 ドアの外から遠慮がちな声が響き、じゃれ合っていた二人ははたと動きを止めた。システィナの部屋を守っている兵士の声だ。

 年若い兵士は娘二人が掴み合ったままこちらを見てくるため一瞬戸惑ったようだが、すぐに姿勢を正して敬礼した。


「フォルス様が午後の茶の席にお呼びです。すぐに仕度をして陛下の部屋へいらっしゃってください」


 システィナとサイシェイは目を見張り、そして互いを信じられないものを見る目で見つめ合った。

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