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記憶の子守歌  作者: 瀬尾優梨
本編
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若き指導者

 アイカンラ王国は十三年前の侵略戦争時に多くの野が焼き払われ、王城は崩壊し、城下町の大半が火の海となった。まさに地獄絵。もう、この地で人が生活することは永年ないだろうとさえ囁かれていた。


 だが十三年の年月を掛け、アイカンラ王国は順調に生まれ変わっていった。元々惰性なグラディール王からの支配を逃れ、生き残ったアイカンラ王子フォルスを筆頭として街が作り直され、城が建ち、焼けた野原に緑が戻った。


 目の前で両親を惨殺され、長い間絶望の中暮らしていたフォルス王子は徐々に回復していく祖国を見つめる。それだけで満足だった。


 本当は、両親を殺し国を奪ったグラディールに復讐したかった。だが国力を取り戻し、人々がフォルスの元へ戻ってきた今、他国へ戦争を仕掛けることへの興味すら起きなかった。

 アイカンラの国民もグラディールは憎かったが、我らが希望の星であるフォルス王子が黙っている間はちょっかいを出さないでおこうと、決めていた。


 だがフォルスがアイカンラの指導者を名乗るようになってしばらくして、彼はグラディールへの侵略を決心した。戦績のある部下に武器を購入させ、皆で訓練し、綿密な奇襲計画を立ててイグヴィル城陥落を目指した。突然の王子の気変りに国民は一瞬戸惑ったが、彼の行いに間違いはないと、我先に兵に志願した。緑豊かなアイカンラを取り戻してくれたフォルス王子のためにと、剣を取った。


 フォルスは右腕である青年と共に戦略を立て、そして見事、一夜の内に敵国を陥落させた。


 国民はてっきり、フォルスが凱旋時にグラディール王の首を持ってくるのだとばかり思っていた。だが王の帰還を出迎えた彼らは、フォルスがいつになく難しい顔をしており、しかも軍の馬車に若い女性がいるのを見て驚きの声を上げた。

 計画通りイグヴィル城を落としたというのに指揮官は不機嫌。そして話には聞いていない若い女性を連れて帰っている。


 これは何ごとなのだと、国民は疑問に思った。しかし間もなく、彼らは王子を不審に思うことを止めた。

 彼らにとってフォルスは絶対であり、自分たちの救世主なのだ。気高く美しく勇敢なフォルスの行いに間違いはない。そう信じて、民は今日も星女神に一日の無事を願うのであった。




 アイカンラに護送されたシスティナはまず、死を覚悟した。馬車の中で散々、サイシェイは生かしてくれと金髪の青年――アイカンラの若き君主フォルスに喚いた結果、「心配には及ばない」との返事をもらえた。それだけでシスティナは満足であった。


 自分もサイシェイも、グラディール国王に裏切られた身だ。だがシスティナは裏切り者の血族であり、サイシェイは渋々従っただけの赤の他人だ。システィナとサイシェイを同じ穴の狢と言うことはできない。


 だがフォルスはアイカンラ王国王座の間でひれ伏すシスティナに向かって、首を横に振った。


「おまえたちを処刑するつもりはない。……確かに私の両親や城の者たちは戦争で虐殺された。多くの国民の尊い命が奪われた。だがおまえは見たところ王女の身分も皆無に等しく、戦う力も持たない。侍女の方もやかましくて暴力的だが、おまえのためとならば大人しくする。それに王位継承権のない王女やただの侍女が、十三年前の侵略戦争に荷担したはずがない」


 おまえたちに恨みはない、とあっさりすぎるほどフォルスは言い放った。


「我が国は現在、アイカンラの修復作業に加えてグラディール城下町の統率を行っている。国民は当初、我々が国王を殺め王女を攫ったのだろうと刃向かってきたが、事実を説明するとこちらに従属した。国民曰く、システィナ王女が生きている限りはアイカンラに従う、ということだ」

 フォルスは驚きで目を見張ったシスティナを緩く見下ろし、わずかに目尻を下げた。


「調べでは、第二王女システィナは第一王女ティーリアとは天地ほど違う扱いを受けていたという。暴言侍女もそう供述していた。第二王女が市井の前に出ることはなかったが、本を愛する大人しい姫であり、あの侍女が街でおまえのことを口にしていたこともあって第二王女は国民に好意的に捉えられていたようだ。サイシェイと言ったか、あの侍女に感謝することだな」


 そうだ。小説を読めたのもシスティナのことを国民に教えてくれたのもサイシェイや、サイシェイの父ミシェ軍医たちのおかげだ。日陰で生き、国民にもその姿を見せることのなかったシスティナはとりあえず、民によい印象を与えていたのだ。


 ここ数日隔離されて会えないサイシェイを思って、システィナはぽろぽろと涙をこぼした。父たちに裏切られて人柱にされたことも祖国が陥落したことも、今はどうでもいい。サイシェイに会って、謝りたかった。


 フォルスもシスティナの涙を見てひとつ息をつき、暴言侍女のことだが、と切り出した。

「もうしばらく取り調べを続ける。完全に白であると分かったならばおまえの侍女として側に付けてもいいだろう」

「本当ですか!?」

 ぱっと顔を輝かせるシスティナ。フォルスは玉座で少し意外そうに目を見張り……すぐにいつものように目を細めて軽く手を振った。




 人質としてアイカンラに軟禁されるようになったシスティナだが、フォルス王は冷血そうな見た目に反して人情的で心があった。


 グラディールにあったシスティナの部屋よりずっと狭いが一通りの家具が揃った部屋を提供してくれ、食事や湯浴みなど、きちんと侍女を寄越してくれる。彼女たちはグラディールで父王の洗脳を受けていた者と違い、毎回丁寧に挨拶し、食事も温かい物を持ってきてくれる。朝、システィナを起こすときも洗濯物籠の角でガンガンドアを叩くことはなく、微かに鈴を鳴らせながら少しずつカーテンを引いて朝の日差しを浴びさせて起こすという、実に優雅な目覚めを提供してくれた。


 そして約束通り数日後、システィナはサイシェイとの再会を果たした。抱きついたサイシェイの体は以前よりは骨張っているような気がするが、ちゃんと生きている。温もりがある。


「全部洗いざらい吐いたけれど、白だって信じてくれたのよ」

 少し痩せて髪の艶が無くなったように見えるサイシェイだが、目は生き生きと輝いている。彼女も取り調べ中も規則正しい食事や睡眠を与えられていたのだろう。ほっと、システィナは安堵の息を吐き出す。

「よかった……取り調べって言うから、拷問じゃないかと心配していたの……わたしはぬくぬくと生活しているのに、サイシェイだけ酷い目に遭わされているんじゃないかと思っていたのよ」

「そんなことなかったわ。おいしいご飯も替えの服も用意してもらえたし、湯浴みもできたわ。取り調べっていうのも、あのいけ好かない男に一対一でいろいろ聞かれただけだったの」


 サイシェイの言う「いけ好かない男」は王都陥落の夜、サイシェイを縛っていた黒衣の男のことだろう。その時にあっさり捕まってしまったのが癪だったのか、それ以上に嫌なことがあったのか、露骨に顔をしかめてサイシェイは言う。

「最初は普通の取り調べだったのよ。国王からの伝言や指示を全て書き記せ、あの日の私とシスティナの行動を朝から順に言え、とか。でも途中から、年を聞いたり恋人の有無を聞いたり、挙げ句胸のサイズまで聞いてきたのよ!」


 どう思うよ! とサイシェイはいつもの調子でぶちぶちと愚痴りながらシスティナの部屋を闊歩する。システィナはぷりぷり怒るサイシェイを見、彼女のささやかな膨らみの箇所を見、そしてまたサイシェイの顔に視線を戻した。

「そんなの答えられないって言ったら、じゃあ俺が手で測ろうかって言い出すし! くうっ、私にもっと腕力があればあんなカスカス頭の男、一発で伸してやるのに……」

「……あの日も、サイシェイはその方に縛られたのよね」

「……ええ。あの男、軽薄そうな見た目に反してかなりの手練れだったわ。私も護衛術には自信があったけれど、全く歯が立たないの。取り調べ期間中も何度か殴ってやろうと思ったんだけれど、避けられるばっかりで一発も当たらなくて」


 苦汁を飲まされたような表情で話していたサイシェイは立ち止まり、鋭い眼差しでシスティナを見つめた。

「イグヴィル城陥落時も、見たでしょ? あの男や陛下を始めとしたアイカンラ軍は、音もなく裏庭に集って奇襲を仕掛けてきた。パーティー会場に紛れていたって言うけれど、グラディール貴族を装うのは並大抵の努力じゃ叶わないわ。彼ら、思っていた以上に手強いわよ」

 システィナはしばし、俯いて考え込み記憶の糸をたぐり寄せた。確かに、あの夜サイシェイが追いついてくるまでの裏庭はひっそりと静まりかえっていた。ランプが壊されていたことは不可解には思ったが、人の姿がなかったので安心していた。きっとその瞬間も彼らは息を潜めてシスティナの動向を見張っていたのだろう。


 システィナはふかふかのベッドに腰を下ろし、眉間に指を当てた。

「……十三年前の敗戦時までは、アイカンラは強力な軍隊を持たない平和主義の国家だと言われていたわ。これはお父様の武勇伝でしか聞き及んでいないのだけれど、戦力不足はもちろん、そもそも戦に関する知識の薄い人ばかりだったそうで……」

「ええ。アイカンラは昔から戦と縁の薄い国で、グラディールを始めとする諸国とも物産の交換や海路の提供などを積極的に行って極力、他諸国と不和を起こさないよう努めていたそうなの。だから……ここ最近アイカンラがぶり返したと聞いても誰も、まさかアイカンラが強力な軍力を持っているとは思わなかったのでしょうね」

「やはりフォルス王の努力の結果なのかしら」

 システィナのつぶやきに、サイシェイはわずかに目元を緩めてこっくり頷いた。


「そうでしょうね。お付きのあの男はクズだったけれどフォルス王はとても人情のある方よ。私も取り調べの後にお話しを受けたのだけれど……敵国貴族の娘に対しても平等に接してくださったわ。私が期間中にあの軽薄男からセクハラされたと零したら、対処すると言ってくださったし。平和なのが一番だけれど、祖国を守るためには剣を取らなければならない、という思想をお持ちのようよ」

「国民からの人気もあるようね」

「ええ。彼はアイカンラの敵や刃向かう者には容赦しないらしいけれど、自国民や戦う力を持たない者、大人しく自分に従う者には酷く寛容になるらしいの。騎士道精神に溢れている、ということよね」


 サイシェイは俯き、己の身を抱くように腕を回して吐息を吐き出した。

「……なんがせよ、フォルス王によって命拾いをしたことは間違いないわ。グラディール国民の生活も保障されているということだし……こちらからこれ以上の贅沢は言えないわね。生かしてもらっているだけ、感謝しないと」

「……ええ」

 システィナは椅子の上で膝を抱えて丸くなった。


 サイシェイに言われずとも分かっている。フォルスは決して、故国を滅ぼされた復讐心のみで動くような人物ではない。彼の濃いブルーの瞳は、とても優しい光を宿していたのだから。

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