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記憶の子守歌  作者: 瀬尾優梨
本編
23/25

グラディール王家来襲

 数日後、リリアーンと第三隊を連れて帰国したカークは何とも言えない表情でフォルスに接見した。

「いやぁ、何というかあの人々の思考回路は俺でもよく分からないというか……」

「どういうことだ?」


 執務室で各国への状況説明の返事を書いていたフォルスは、いまいち具体性に欠ける部下の報告に眉を寄せた。

「おまえ、いつもに増して腑抜けているな。そんなに嫌なことでもあったのか」

「腑抜け具合ならユリーエにべったりのフォルスよりかぁましだよ」


 そう茶化し、カークは傍らの書類を一枚拾い上げて一箇所をトントンと指で叩く。

「ほれ、ここの子爵の名前間違えている。色ボケするのは勝手だけどよぉ、仕事ではちゃんと頭を切り換えろよ」

「……分かってる」

 そうつっけんどんに返すフォルスの頬は赤い。リリアーンはそんな友人をほほえましく見つめた後、すっと表情を苦々しいものにした。

「……フォルス。グラディール王家の件ですが……正直、わたくしもそちらのカークさんと同意見ですの」

「ということは?」

「もうじき、ご本人自らやって参ります」

 リリアーンが告げると同時に、前庭の方が騒がしくなった。




 システィナは呆然としていた。


 昼頃に来客があり、城門付近が騒がしくなったと思った矢先、兵士が飛び込んできて「すぐに来客お出迎えの用意を!」と早口に述べるものだから何ごとかと身構えていたのだが。


「ああ、システィナ! よくぞ無事で!」

「こんなにやつれて……あなたを守れなかったお母様を許してくださいませ、システィナ」

「システィナ、お母様を泣かせないで! ……大丈夫ですよ、お母様。このティーリアが付いておりますからね」


 身支度を調えたシスティナがフォルスの執務室に入るなり、見覚えのある三人に抱きつかれ撫で回されおいおいと泣き付かれ。

「……お父様?」

「そうだとも、システィナ!」

 システィナの父――グラディール国王は感涙を目に浮かべて何度も頷いた。その背後では心底嫌そうな顔でフォルスが文机に頬杖を突いている。


「……アルケセドナ公爵が我が国に拉致られたと聞いて飛んできたそうだ。それで、システィナ王女と面会したいと言われて……」

 システィナはフォルスから家族三人に視線を戻し、涙を流す彼らを見るが、なぜ父王たちが泣くのかちっとも理解できなかった。

 そもそも三人はシスティナを人柱にして、陥落した王城から逃げだしたのではないのか。というよりもなぜ、亡命したはずの家族がここにいるのだろうか。


「……ええと、お父様。アルケセドナから遠路遙々お越しくださったそうで……」

「そうですわ! 聞いてくださいまし、システィナ! わたくしたち、あの底意地の悪い公爵に唆されましたのよ!」

 王妃が顔を上げ、しっかり化粧された顔でシスティナに詰め寄った。


「公爵はわたくしたちに恩を売り、グラディールを支配するつもりだったのです!」

「でも、もうその心配もありませんわ。公爵は己の傲慢によって失脚しました。システィナ、あなたはグラディール王国の希望の星。共に帰りましょう」

 そう、記憶の中にあるどのティーリアよりも優しい表情で言い、姉はシスティナの手を取った。


「こんなに肌が荒れて……きっと辛い監禁生活を送ったことでしょう。でも、国に帰ればもう大丈夫ですのよ。今まで辛く当たってきてごめんなさい、システィナ。これからは姉妹で仲よく暮らしましょうね」

「おお、なんという心優しい子だ、ティーリア!」

 長女の言葉においおい泣きだす国王。面を伏せ、扇子で顔を隠す王妃。事情を飲み込めず、呆けた顔で姉に手をがっちり握られるシスティナ。


 システィナが応援要請の視線を送ったため、フォルスは体を起こして気だるげに言った。

「申し訳ないが……今あなた方が手に取っている女性はシスティナ王女ではない」

 その言葉に、グラディール王家三名のみならずその場にいた者全員が凍り付いた。その冷気に挫けることなく、フォルスは続ける。

「彼女の名はユリーエ。私の幼なじみで――アイカンラ人だ」

「殿下のおっしゃる通りです、陛下」


 システィナはフォルスの言葉をバネにし、はっきりと言い切るとティーリアの手を離した。

「申し訳ありません、陛下。これには混み合った事情がございまして……」


 システィナとフォルスで、以前グラディールの要人から聞き出したシスティナの過去について、本当のシスティナ王女についてかいつまんで説明した。二人の話を聞くにつれ、グラディール国王たちの顔は赤色から青色に変わり、すぐに真っ白に染まった。

「……で、では、なんということだ? 本当のシスティナは十三年前に死に、フォルス殿下の幼なじみが身代わりにされたと……」

「ええ。グラディール貴族たちのせめてもの気遣いでしょう。彼らも王妃殿下が占いに傾倒してらっしゃることは知っていたようですし」


 王妃も事の重大さに気付いたのだろう、はっと息をのんで口元を手で覆った。

「そんな……これではグラディールの未来が! システィナをせっかく生かしたというのに、全て無駄だったというのですか……!?」

 ふらりと傾いだ母の体を支え、ティーリアも化粧の濃い顔を歪めてくわっとシスティナに噛みついてきた。


「よくもわたくしたちを誑かしましたわね! グラディールがアイカンラに滅ぼされたのも、神聖なる王家に蛮族の小娘を入れたことに星女神様がお怒りになったからですわ! 恥を知りなさい、システィナ――いえ、ユリーエとやら!」

 ティーリアがシスティナに掴みかかろうとしたが、二人の間に黒衣の青年が割り込み、システィナの首をめがけて伸ばされたティーリアの腕をぺいっとはね除けた。

「往生際の悪い奴らだなぁ。つーかグラディールは崩壊してないから。ちゃんとフォルスが管理してるから」


 カークの無礼極まりない発言にティーリアたちが絶句する中、システィナも意を決して頷く。

「こちらの方のおっしゃる通りです。わたくしの本当の名はユリーエ。今までお父様方を騙してきたことについては申し訳なく思います。そして十九の年になるまで育てていただけたことにも感謝いたします」

 けれど、とシスティナは立ちすくむ「元」家族をじっと、澄んだグリーンの目で見据えた。


「わたくしはお父様方のお考えには賛同できません。現に今のグラディールはフォルス様の統治下に置かれ、順調に発展を遂げています。グラディールに残ってくださった方々からも話は伺っております」

「加えて、我が国の名誉のために申し上げますと……確かに父はあなた方に取引を持ちかけました」

 それまで部屋の隅に佇み、じっと成り行きを見守っていたリリアーンが徐に口を開いた。


「あなた方に恩を売るつもりだったということも否定はできません。しかし……グラディールの国王陛下。あなたはお父様の取引に快く応じ、アルケセドナの城でも我が物顔で贅沢三昧してくださりましたね。それに、わたくしの弟も懐柔なさったようで。当初の予定では弟がティーリア王女を妻に迎える話はなかったのですが、よりグラディールの方へよい結果を招くために弟を取り込んだのでしょう? 弟自ら、ティーリア王女と結婚したいと言い出すくらいまで」

「お、おまえはアルケセドナの腹黒公女……!」

 きっと公女に痛い目に遭わされた過去があるのだろう、ティーリアの声は情けなく震えている。リリアーンはティーリアを冷めた目で見下ろし、ゾッとするような笑みを唇に浮かべた。


「己の傲慢で国を失い、その末期を妹姫に押しつけて逃亡した挙げ句、事が収まると平然として見捨てた娘を引き取りに行く……あなた方の思考回路には本当に、反吐が出そうですわ」

 可憐な公女からサイシェイ並みの暴言が吐かれ、実際にペッと唾を吐く真似をしてリリアーンはフォルスに向き直った。

「……わたくしとシスティナ様の言い分は以上です。どうなさいますか、殿下?」

「……私の考えも最初と変わらない」


 フォルスもグラディール王族に冷たい視線を送り、文机の上から便箋を取り出して何か書きながら言った。

「そこにいる女性が私の幼なじみユリーエであることはグラディール高官も周知のことだ。だからこそ彼女をおまえたちに引き渡すつもりはないし、国を見捨てた罪を許すつもりもない。だがユリーエが言ったように、これまでユリーエを『生かして』くれたことに関しては感謝したい。よって、処刑だけは見逃してやろう。だが、これから先おまえたちに帰る場所はないと思え。アイカンラ王国は虐殺を命じ、国を壊滅させたグラディールの王を許すつもりは毛頭ない。今後アルケセドナを含む諸国にも寄生することができないよう念書を送っておく」

「なっ……! アイカンラごとき弱小国のどこに、そんな権限が……」

「あんた、本当に何も知らないんだな」


 フォルスの決定に異を唱えたグラディール国王を制し、カークがいつも通り調子のいい声で告げる。

「あんたたちがアルケセドナに擦り寄ったのは、公国が諸国に対して巨大な支配力を持っていたからだろう? だが今、公爵と公子はアイカンラに捕らえられ、リリアーン公女は全面的にフォルスを支持している。元々諸国もアルケセドナの暴走には胃が痛い思いをしていたんだ。それをフォルスが解放してくれるってんだから、諸手を挙げて賛同してくれるだろうよ」

「……既に数国からは返事を貰っている。どの国もアルケセドナの権限を白紙にし、グラディールの統治権をアイカンラに託すことに賛同してくれた」


 さらさらと諸侯への手紙を書きながら、フォルスは抑揚のない声で言った。

「ということだ。即刻アイカンラ城から出て行け。今後、アイカンラの領土に近付くことは許さない」

「お待ちくださいませ、フォルス殿下!」


 打ちひしがれて床に両手をついた夫に代わり、王妃が哀れっぽく泣きながらフォルスに歩み寄った。

「どうか、グラディールで暮らすことはお許しくださいませ! グラディールはわたくしたちの故郷であり、生まれ育った地なのですわ! 殿下がお望みならば、娘のティーリアを殿下の正妃に差し上げますから、どうか!」

「お母様……有難きお言葉ですわ!」

 娘を差し出そうと懇願する王妃と、母の言葉で決意を固めるティーリア。うんうんと頷くばかりの国王。


「……グラディールが年々へたれてきた理由が分かった気がする」

 カークの呆然としたつぶやきにシスティナもこっくり頷いた、が。

 フォルスのペンが止まり、殺意の籠もった目が持ち上がったためヒッと小さく息をのんだ。

「……私の言葉が聞こえなかったのか? 腰抜けの王女など要らん。今すぐ、出て行け」


 ペンが机に置かれ、ぱちんと剣の鞘が払われる音がする。さしものカークもフォルスを見て目を丸くし、「あいつ、殺る気だ」と小さく言う。システィナもまた、初めて見るフォルスの姿に身を強ばらせて仰ぎ見るしかできなかった。

 それでもなお、グラディール王たちはフォルスにへつらい、システィナを侮辱する言葉を吐き出していたがついにフォルスが立ち上がって腰の剣を抜き、カークもやれやれとばかりに黒衣の裾からナイフを取り出し、お付きの兵士たちも槍を構え、なぜかリリアーン公女もドレスの襞から棍棒のような物体を取り出したため、「覚えていなさい!」「この裏切り者!」「必ずやまた、アイカンラを滅亡させてやる!」とお決まりすぎる台詞を吐きながらまろぶように走り去っていった。


 粗末な馬車が慌ただしく城門をくぐり抜けていってようやく、その場にいた者はふうっと肩の力を抜いてそれぞれの得物を腰に戻した。

「……後は諸侯への根回しが完了すれば、今後我々の国に擦り寄ってくることもないでしょう。彼らとて、一番惜しいのは自身の命でしょうから」


 リリアーン公女が棍棒をさりげなく元に戻し、豊かなブロンドの髪を掻き上げるとフォルスを見つめた。その眼差しから静かな殺意は消え、一国を担う王女としての強い輝きが灯っていた。

「フォルス殿下。わたくしはこれからアルケセドナに戻ります。父が散々かき回してくださった資料を整理し、諸侯へ謝罪の親書を送らなければなりません。以後はわたくしが祖国を率いなければなりませんわ」

 フォルスは顔を上げ、ペンを持って頷いた。


「そうだな。……だがおまえもとんぼ返りしてきたばかりだろう。もう少し休んでいったらどうだ?」

「お言葉ですが、一国でも早く公国を立て直したいので。国民たちも公爵家の行動には不信感を抱いていたようですし……彼らに事の次第を説明し、また後日、改めて報告いたしますね」

 フォルスに向かって一礼し、そしてリリアーンはシスティナに向き直って微笑んだ。

「……それに、わたくしのような者がいつまでも居座っていると、システィナ様に失礼ですもの。わたくしとて、殿下とシスティナ様のお仲を邪魔するような趣味は持ち合わせておりませんゆえ」

「……えっ?」


 一瞬あっけにとられたものの、システィナは公女の言わんとすることを察し、かあっと赤面した。助けを求めて視線を彷徨わせると、文机に向かうフォルスは顔を上げず、一心不乱に親書を書き殴っている。

 頑としてシスティナの方を見ようとはしないが、さらりとした前髪から見え隠れする両耳が真っ赤に染まっている。

 どうも、照れているようだ。

「……お幸せに、システィナ様」


 リリアーン公女は顔を赤らめるシスティナを心底愛おしそうに見つめ、ふっと風のように身を翻して執務室を後にした。

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